princess 3
「きゃーっ!おいしー!!やっぱりおばさんの料理は昔から変わらないね!」 「あら、うれしいこと言ってくれるじゃない?メルナちゃん」 おばさんは昔から料理が上手で、よくシンと一緒にこの食卓で食べていた。 「本当、おばさんのこのシチューはいつも絶品だよ」 カイル兄も何度か食べたことがあり、おばさんの得意料理がシチューであることを知っている。 「カイルくんもありがとう。あ、メイルちゃんは初めてだったかしら?私の料理」 「うん!でもおいしいよ!!」 メイルはまだ5歳なので今日が初めてララおばさんの料理を食べる日だ。いい記念日だね。 「このシチューはシンも好きだったからねー。この日には必ず作るようにしているのよ」 おばさんは目を細めて話す。昔話でも語っているようだ。いかん、メイルが寝てしまう。 「そういえばあいつ、シチューを落としちゃって火傷したっけ!!あははーーっホントバカ!」 しまった。母親がいる前でバカなんて言ってしまった。 「お行儀が悪かったからね、あの子は!」 良かった。ララおばさんが親バカでなくて。 シンもララおばさんもさっぱりした性格で、誰からも好かれるタイプだった。 ララおばさんは明るい人で、めったに落ち込んだところを見せない。 でもあの日、あのお葬式の日には眼を真っ赤にして泣いていた。あんなおばさんをみたのは初めてだった。 「どーお?国を治めるのは大変?」 未成年は家に帰る時間だが、カイル兄は未成年でないのでまだおばさんの家に残っていた。 「え?あ、うん。そうだな。俺は今までこんなに多くの人をまとめるなんてやったことないから…」 「大丈夫よ、カイルくんならやれるわ。メルナちゃんも、ちゃんと引っ張っていってあげてね」 まるで母親である様にいう。 「あいつはまあ、今は自由にさせてあげたいよ。まだ17だ。女王なんて名前だけで充分だ」 「優しいのね、カイルくん。メルナちゃん大好きなのね」 「…っ!?あんな生意気娘を誰が…!!」 本気で嫌がっている。そんなに嫌いだったのか。 「でもあの時は本当にアイツどうなるかと思った…」 「え?」 「シンが死んだ時」 ちなみにシンは駄洒落で死んだわけではない。 「慰めようにも、触れるだけで壊れそうだった。誰にも見せなかったけど、あいつ声も出さずに毎晩泣いてたんだよ」 だって声なんて出して泣いたら余計涙止まらなくなるじゃない。 「結局、あの子最後までメルナちゃんの泣き顔見れなかったわね」 「へ?」 カイル兄は何のことだか分かっていない。 「いつかあの子言っていたのよ。メルナちゃんの泣いている姿を見たことがないって。結局見れなかったんだなーって思って」 「あいつ人前で泣くの嫌いだからなあ…」 私は泣くのが嫌いだった。泣くこと自体も嫌いだし、人前で泣くのはもっと嫌だ。例えそれが家族であろうとも。 だから当然友達の前でも、あんなに一緒だったシンの前でも泣いたことはない。 「きゃぁぁぁぁっ!!」 ダァーーーーーーーーン!!!!!!!!!! 「うっわ!!メルナ!!」 私は2〜3m上から落ちた。木登りをしていて、足を滑らせたのだ。 「いったーー…」 「大丈夫か、メルナ。どこも怪我してねぇか?」 シンは心配して私の顔を覗き込んでくる。いつも冷たいくせに。 「う、うん。大丈夫だと思う。立っても平気…いったーーーっ!!!」 立って大丈夫なところを見せようとしたが、右足首に激痛が走り、すぐに座り込む。 まだ10歳なので関節痛とか更年期障害ではないだろう。 「見せてみろ。っあー…これひねってんじゃねぇか?」 そう、まだ10歳なのに私の怪我の具合を見て捻挫と判断する。恐るべし10歳。 「いたいーーーっ!!いたいいたいいたいいたいたいたいたいたいーーーっ!!」 私はまるでシンのせいであるかのように叫んだ。それでも泣かない。 「てめーの注意不足だろ!!俺に当たるな!立てないってことは歩けねぇよな…ホラ乗れ。とりあえず帰って手当てするぞ」 そう言ってシンは座っている私に座って背中を向けた。私はただ素直にシンの背中に乗った。 帰る途中、ずっと痛いと嘆いている私にシンが問う。 「お前さ、泣かねぇよな。今もだけどさ、前にも何度か怪我とかしたじゃん?あの時も泣いてねぇし」 シンと遊ぶと結構怪我は日常茶飯事となっていた。それも一度も泣いていない。 「だって嫌いなんだもん。泣くの」 「それでもさぁ、泣く時は泣くだろ?この前とか骨折れてただろ?!」 それも木登りをして落ちたときの話だ。あれは4、5m上から落ちた。 「でも泣かないの!!絶対泣かないんだから!!一生泣かない!」 「あっそー。お前ならできそうな気もするけどな。  ま、俺はビービー泣いてるよりも笑ってる方が性に合ってると思うけどな、お前は」 シンはこういうことを恥ずかし気もなく、サラリという。 まだ私は10歳だったのでそこまで気にしなかったが、あと何年か経っていたらまちがいなく頬を赤らめているだろう。 でもそれでも私はその言葉がうれしかったのか、本当に一生泣くもんかと誓いを立てた。 4年後、その誓いが崩れるとも知らずに。 「俺たちの前でもめったに泣かねぇもん。てかあの時泣いたの多分赤ちゃんの時以来じゃねぇの?」 「どうしてメルナちゃんはそんなに泣くことを嫌うの?」 涙は女の特権なのに、なんて続いたらどうしよう。ララおばさんの性格を疑う。 「どうしてなんだろうな。元々あいつ、自分を心配されたり、気を使われたりするのが嫌いなんだよ。いい意味でな。  多分せめて人前では明るく振舞っていたいと思ってるんだ」 カイル兄は何でも知っていた。私が打ち明けないこともすべてばれている。 「メルナちゃんは自分よりも他人の幸せを願ういいこだからね」 私は昔からそれが普通だと思っていた。 いい人になりたいとか、評判のいい子になりたいとか、そういうものではなく、 ただ単に他人が傷ついていくのは嫌で、みんなが幸せでいてほしかった。 もちろんそれは王女としてでもあるが、大半は私自身がそう思わせていた。だから戦争とかも嫌いだったのかもしれない。 後書き  私の描くヒロインはいつも泣くことを嫌います。泣かないヒロインって好きなんです。