jealousy?


















「ロリィっ!!だめだって!!私踊れないしっ」
「大丈夫です!踊らなくてもいいんですから」


ラグシールの中の純白の城(洒落ではない)の廊下を2人の少女が走っていた。いつもは人が行き交うその廊下も今はしん、と静まり返っている。いるのは警備の兵士だけだ。
麗は瑠璃色の綺麗なドレスに身を包み、ロリィに右手を引かれていた。整った顔を化粧でさらに整わせ、髪を優雅に散らせて嫌々彼女についていっている。ロリィの腕力だ。麗がえいっ、と引っ張り返せばその小柄な身体なんて簡単に転がってしまうのだろうが、そうしないのはここまで綺麗に着飾ってもらって、という後ろめたい気持ちがあるからだろう。


「でもっ!私が行っていい場所じゃないって!社交パーティなんて!」
「国王がいいっておっしゃったんですからいいに決まっています!カティ様も是非と言っておられましたし、リール様もいらっしゃっていますよ」
「リールはどうでもいい」


今日はこのアスティルス城で社交パーティが開かれていた。もちろん主催はアスティルス家。ラグシール国内のあらゆる貴族が集まり、食事やダンス、談話を繰り広げていた。
ここでは年に一度、こうして貴族間の中を深めているらしい。シヴァナの思いつきで始まったものだが、周りも結構楽しんで参加しているし、アスティルス家に取り入って損なことはない。


「わたしなんか行っても場違いでしょ!変な目で見られるのがオチよ!」
「レイ様は充分お綺麗です!さあ、着きましたよ」
「そういうことではなく・・・・・あ、ヴィス」


見上げるほどに大きな扉の前には白い正装姿のヴィスウィルがいた。麗に呼ばれて閉じていた目を少し開く。長い睫の下から碧い双眸が覗く。


「どうしたんですか、ヴィスウィル様。中、始まっていますよね?」
「ああ」


その短い返事からは疲れが窺え、同時にめんどくさそうでもある。
中からは微かに音楽が聞こえ、楽しそうな人の声がする。
アスティルス家主催のパーティだ。当主ではないとはいえ、アスティルス家長男が不参加なのは少し問題だろう。さっきまでは中にいたのだろうが、途中で出てきてしまったようだ。


「なんでこんなとこいるのよ?中入んないの?」
「人が多い」
「・・・・・・」


人ゴミに酔ったのか。


心なしか顔色が悪い。そしてなんかイライラしているようだ。
どこまでヘタレなんだ、とヴィスウィルを目で一蹴してから麗は中に入るべく扉の取っ手に手をかける。














「レイ様は行ってらして下さい。私はヴィスウィル様を」
「え、でも・・・」


ヴィスウィルなんか放っておいてロリィは一緒に来てくれると思っていたので、とどまってしまった。一人で行くには気が引ける場所だ。


「俺はいい。一緒に行け、ロリィ」
「ですが・・・」
「いいから行け。俺もすぐ戻る。オヤジにばれないうちには」
「はい・・・」


麗のためを思ったのか、ヘタレな自分をこれ以上さらしたくなかったのか分からないが、ヴィスウィルはロリィを麗を一緒に中に入らせてから、は、とため息をつく。
中はヴィスウィルにとって窮屈な場所でしかなかった。金持ちの貴族、政治家、国を担う人材達が溢れかえっている。きらびやかな装飾やそれに負けないくらいの豪華な食事も息苦しさを増殖させるだけのものでしかない。
見たか見てないか分からないくらいの大人たちが蟻のように周りに群がり、はりついた笑顔で握手を求めてくる。それでも愛想よく応えている父親は別の意味ですごいと思うが、これが社会のきまりだというのなら、到底耐え切れる自信はない。
麗は不安そうにしながらも中に入っていたが、彼女ならきっとうまくやっていけるだろう。適応力も高いし、場に慣れていないとはいえ、持ち前の強気な性格でなんとかなっているはずだ。何度も経験を重ねているヴィスウィルだからこそ息の詰まる思いをするのだろう。

























































「うわあ・・・異世界みたーい」


いや、確かに異世界なのは間違いないが。


目を細めるほどにキラキラと眩しく、見たことない料理や人ばかり。遠い昔に見た絵本の中のシンデレラの舞踏会みたいだ。まさか生きているうちに経験できるとは。


「大丈夫でしょうか、ヴィスウィル様」
「あー、ほっとけばいいのよ、あんなの。・・・全く、人ゴミに酔うってどんだけお坊ちゃんなのよ」
「あ、いや、そうじゃなく・・・ああ、それもなんですが、その、シヴァナ様に今ここにいないことがばれると・・・」
「・・・ああ・・・」


なんとなく言っていることが分かって、遠くにいるシヴァナを見る。
素晴らしい程までに素敵な笑顔を振りまいている。さすがは社会に繰り出た大人だ。


「ま、突っ立ってても仕方ないし、せっかくでも料理でもいただこうっと。一生食べられなさそうだし」
「あ、でしたら私、取って参ります」
「あ、いいよいいよ!自分で行く。何があるか見てみたいしね」


食事はバイキング制だ。朝ごはんで食べそうな軽食なものから、なんだこれ、といったようなわけの分からない料理まで幅広くある。これだけあればこの溢れかえるような参加者の好みに応えられるだろう。


「とんでもないな、この種類の量・・・」
「国屈指のシェフが作ったものです。味は保証しますよ」
「うん、じゃあこれからもらおうかな。おいしそう」


麗は一番近くにあるマリネのようなものを小皿にとった。これは、サーモンだろうか。異世界でも鮭がとれるのか。
探るように口の中にいれ、咀嚼する。


「・・・おいしい」
「本当ですか?よかった!」
「うん!よし、こんなものめったに口にできないんだから今のうちに・・・・っわっ・・・」
「レイ様っ」


貧乏性が顔を見せ始めたときだった。
ふと振り向いた瞬間にそれまで視界に入っていなかった黒い姿が急に目の前をふさいだ。気付いていなかったのはどうやら相手ものようで、麗と同時にうわっ、と声が上から降ってきた。
ぱしゃん、と水がはねる音がする。


「―――っ・・・っと・・・ごめんなさ・・・」
「いや、こちらこそ申し訳ない。怪我はないですか?」
「いえ、大丈夫で・・・・」


視線を上げると心配そうに覗き込む端正な顔立ちがあった。透き通ったエメラルドグリーンの眸に高い鼻筋、薄い唇から酔ってしまうような甘い声が響いてくる。白い肌にわずかにかかる金髪は短く、パーティ用に軽めのワックスで整えてあった。
ヴィスウィルと同じか、少し高いくらいの身長と、バランスのよいスタイルの男性であった。


「すまない、よそ見をしていて・・・」
「あ、私こそ。・・・・って、わ、ごっごめんなさいっ!ふ、服に水がっ」


麗をぶつかった瞬間だろう。男性は自身でもっていたグラスの中の水が染み一つないスーツににじんでいた。
色が着いている飲み物でなかったことが不幸中の幸いだが、ロリィが慌てておしぼりを渡している。


「ああ、大丈夫だよ、ただの水だから。君はかからなかった?」
「あ、大丈夫です。ありがとうございます」
「そ、じゃあよかった。君、名前は?」


男性はふわっと微笑む。まるで天使のような笑顔で、ヴィスウィルとは全く真逆の位置にいるようなタイプだ。どちらかといわなくてもヴィスウィルよりこちらの男性のようがよっぽどプリンスのような気質を持っている。


「あ、レイ・・・です」
「そう、レイ、ね。俺はクリスト。クリスト=ギス=ベック。よろしく」
「はい」


出会って早々呼び捨てか、と思ったが、水ぶっかけておいて怒るのも筋違いだろうと気にしないことにした。


「レイ、君はリル族かな?見たことない顔立ちをしてるけど」
「え、あ、は、はい。そういえばそうです」
「?」
「あ、あのっ、レイ様は記憶を失ってらっしゃるんです・・・」
「あ、そうそう!そういえばそうです!」
「そうなんだ・・・。ごめん、なんか失礼なこと・・・」
「いやっ!いいんです!」


異世界からきた、なんて聞いたら大事だろう。もっとも、言ったところで信じてもらえるとは思っていないが。ロリィの機転で難を逃れたが、クリストから不審な目はなくなってはいない。


「あれ、そういえば君、ヴィスウィル王子の侍女じゃないかい?」
「あっそうです。レイ様はヴィスウィル様が招待なさった方ですので、私が・・・」
「そうなんだ。ヴィスウィル王子から招待だなんて。レイ、君何者なんだい?」
「あ、えーと・・・」


ヴィスウィルの立場を考えてもめったなことは言えない、としどろもどろしていると、愉快な笑い声が聞こえた。
どうやらクリストは本気で麗の身元を明かそうとしたわけではないらしい。ちゃかすような少年の表情がそこにはある。案外、悪い人ではないらしい。


「ごめんごめん、かわいいからつい、ね」
「あ、はぁ・・どうも・・・」


かわいい、と言われても、綺麗、と言われても麗にとっては今更だった。もちろん、自分がそう認めているわけではないが、否定したところでその意見は聞き入れてもらえない。地球にいたころだって、”お前が言うと嫌味にしか聞こえない”といわれるだけだった。
だから否定するのはあきらめたし、ここは美形はびこる異世界だ。すでに美的感覚なんて失われている。


「じゃあごめんついでに一曲踊ってくれますか?」
「え?!いやっあのっ!」


どの辺がついでなのか、と突っ込みたくなるが、今はそれどころではない。人生で初めて踊りに誘われている。踊れないのに、だ。


「だめかな?」
「いや、その、だめとかじゃないんですが、私踊れないんで・・・」
「大丈夫だよ、俺がリードするから」
「そういう問題ではなく・・・」
「ほら、こっち」
「うわほっ!」
「レイ様!」


半ば強引に会場の真ん中に引っ張られ、手と腰を持たれる。決していやらしくない手つきだが、さすがに動悸が激しくなる。


「いや、ちょっ、あのっ」
「なんだ、踊れるじゃない」
「これ踊ってない!」


ただクリストの足のステップに合わせて歩いているだけだ。もともと運動神経もリズム感も悪くない麗だ。これくらい簡単なものならうまくこなせるだろう。
麗はとてもクリストの近すぎる顔を見ることもできず、ただ黙って下を向き、音楽に合わせてゆっくりステップを踏んでいた。



















































「ウララはどうした」
「ヴィスウィル様っ」


ロリィが麗を心配そうに見ていると、後ろから冷静な声が聞こえてきた。そろそろ戻らないとやばい、と踏んだヴィスウィルだ。


「その、あそこに・・・」


ロリィの指差した先で麗は優雅に揺れていた。少し困ったような、恥らったような。だが、そのうち唇が動いて、相手の男と強ち嫌そうでもない表情で話していた。


「・・・・あいつは・・・・」
「クリスト様です・・・」
「・・・・・クリスト・・・」


その名前を聞いて、整った眉が少し歪んだ。よく知っているようでも、知らないわけでもないような表情。
いや、この不機嫌な顔はクリストの名前のせいだけではないようだ。


「何やってんだ、あいつは。踊れなかったんじゃなかったのか」
「いえ、クリスト様に無理矢理・・・」















































































「君はヴィスウィル王子をどう思う?」
「え?」


どうこの場を逃れようか、何十手もの手を考えていたところ、ふとクリストが口を開いた。


「ヴィスウィル王子に招待された、てことはヴィスウィル王子と仲がいいんだろう?」
「え、ええ、まぁ・・・」


どう思う、と聞かれたのは初めてだった。そういえば聞かれたことがない。考えてみれば周りにそのようなことを聞く人間がいなかったのだ。ヴィスウィルはもちろん、シヴィルはキャラではないし、リールは聞けないだろう。ロリィは麗の気持ちなんてお見通しなのだろう。
だから改めて聞かれるとどう答えていいのか分からない。気持ちの整理がつかないのだ。


「どう、なんだろう。考えたことないですね」
「あれ?意外とあっさりしてるんだね」
「はは、よく言われます。でも、そうですね、ただのヘタレ王子じゃないですか?」
「あっははっ、初めて見たよ。一国の王子をそんな風に言う人」
「いや、だって。さっきだって人ゴミに酔ってたし、素直じゃないし、根暗だし、根暗だし」
「根暗二回言ったよね」



































「でも、ただ一人、名前を呼んでくれる人」


























「え?」


それは、自分がいつかは地球に戻れるという証明をしてくれているようで。
それがヴィスウィルが意識していてもしていなくても、麗には関係ない。
唯一、地球とこちらをつなぐ言葉に相違なかった。























「あー、いえ、なんでもないです。ただの根暗です」
「とにかく相当根暗なんだね」


おかしいとでもいうようにクリストは頬を緩ませた。そのうち、声を立てて笑う。


「?何がおかしいんですか?」
「あ、いやいや。彼をそんな風にいう人は初めてだな、て。まあ、そう言っちゃそうなんだけど」
「?」
「もっと君と話していないな。外に出ないか?」
「え・・」


向こうにはロリィも待たせている。ちら、と目を移すとその後ろに何やらいやに不機嫌そうな目つきの男がこちらを凝視している。また変な男に絡まれて、とでも思っているのだろうか。
このまま付いていったらあとでぐちぐちいわれるのがオチだろう。


「ごめんなさい、ロリィも待たせてるし・・・」
「だったら彼女も連れてきたらいいよ。三人で話そう」
「だから、そういう問題では・・・」
「ね?ここは少し空気が悪い。ほら」
「うわほっ!」


またか、と半ばあきらめた。普段なら振り切る麗だが、この格好では下手な動きはできない。


「クリストさん・・・っ!ちょっ・・・痛っ・・・放し・・・・・あいだっ!!」
「へ?」


丁度ロリィの前を通り過ぎる時だった。
クリストに握られている腕とは逆の手を思いっきり引っ張られた。そりゃもう反動でこけるほど。


「うわっちょっ、危なっ、こけっこけるっ!」
「おっと、危ない」
「あ、ごめんなさい」


とっさにクリストが肩と腰に手を回して受け止める。



















「何してんだお前」
「ヴィス・・・ちょっと、肩脱臼するかと思ったんだけど」
「してしまえ」
「残念。そんなヤワにできてないわよ」


ヴィスウィルは握った麗の手首をいまだ放さない。沈黙の睨み合いが始まり、ギスギスした空気にロリィが慌て始める。


「あ、あの?すいませーん・・・」
「あ?」


麗の腰に手を添えたままだったクリストはどうしたものかと恐る恐る声をかけた。そうでもしないとこの空気に膝を折ってしまいそうだ。


「あ、ごめんなさいクリストさん。外でお話はちょっとお断りします・・・」
「あ、うん、分かった。まあ、彼がいたらね」
「へ?」


麗からヴィスウィルに視線を移し、静かに見据える。少し馬鹿にしたような微笑みが唇に宿っている。


「クリスト、お前何してる?」
「何って、レイと踊っていたんですが?」
「見てりゃ分かる」
「じゃあいいじゃないですか」


クリストは麗から手を離し、ひらひらとさせた。とても一国の王子の前でする態度とは思えない。礼儀がなっていない男にも見えないが、それにしては親しみ深すぎる仕草だ。


「どういうつもりだった、と聞いている」
「え?狙ってたけど?レイを」
「はい?!」


爆弾発言に麗はヴィスウィルとクリストの顔を交互に見る。回転数の少ない麗の脳では処理しきれない。クリストのヴィスウィルに対する態度も、クリストが自分を狙っていたということも。
確かにかわいいとは言われたが、そんなのは社交辞令に近いものだと思っていた。


「うそー・・・っていうか、あれ?知り合い?」
「ああ、言ってなかったね。俺とヴィスウィルは友達。まぁもっとも、ここに招待してくれたのはヴィスウィルのお父さん、シヴァナ国王だけどね」
「ヴィスに友達いたんだ・・・」
「・・・なんか言ったか?」
「いいえ何も」


正確にはヴィスウィル自身は友達と思っていない。ただよく城に来ていた貴族の息子で、向こうが勝手に友達と思い込んでいるだけだった。小さいころから会っていたものの、これが三度目で、会話という会話をした記憶もなかった。というか、クリストは積極的に話しかけてはいのだがヴィスウィルが全く答えていなかった、ということをあとでロリィに聞いた。


「じゃあ行くぞ」
「も、ちょ、痛いって!」
「ルティナの時もそうだったけど――――――・・・」























今度はヴィスウィルによって連れて行かれそうになったのをクリストが止める。
意外な名前にヴィスウィルの手の体温がいくらか下がった気がした。
























「・・・・・・・」
「ヴィスウィルとは気が合うよね」


































「?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・行くぞ」
「え、ちょ!」












ヴィスウィルは再び麗の腕を強く引っ張る。
その背に向かってクリストは少し大きめの声で投げかけた。

























「ごめんね、ヴィスウィル。捕らないから安心しなよ」
「黙れ」
「何怒ってんのよ?」
「黙れ」
「八つ当たり?!」



































「成長しねぇ兄貴だな」
「レイちゃんがこけるのを自分が支えたくて仕方なかったのよきっと。あー、我が弟ながら惨めで仕方ないわ」
「カティ様、ヴィスウィル様だって精一杯ですよ」
「・・・・ロリィ、あなたたまにすごいこと言いますわよね」


様子を見ていたシヴィル、カティ、ロリィ、リールがしばらくその場で会議が始まった。







後書き

ji様からのキリリクでございます!
遅くなって申し訳ありません!
「麗に独占欲丸出しなヴィスとそれを見てうわーってなってる周りの人々」ということだったのですが・・・・
あれ、おかしいな(それはあんたの頭だ)
いや、きっと元々ヴィスに独占欲というものがないからいけないんだ。
そうだ、私のせいじゃないぞ。違うぞ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・ごめんなさい。
ヴィスには、いや、私にはこれが精一杯ですた・・・
時間軸は特定していませんので、今の関係性で旅をしていなかったら、みたいな感じで読んでいただければ・・・
わーごめんなさい・・・
いや、とにかくji様、リクありがとうございました!
なんやかんやで楽しんでいる私がここにいました(ぶっ飛ばされてぇか)
20091031