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それから、何日が経ったのだろう。麗の感覚が正しいなら、三日は優に超している。同じところに何日も止まっていると、時間の感覚も、日にちの感覚もなくなってくる。
食事は毎回アリスを中心とする船員が部屋まで運んでくれ、トイレや風呂は部屋についていた。部屋を出る言い訳さえ作らせてはくれなかった。
頭がおかしくなりそうだった。
「――――・・・強いね、レイちゃん」
「・・・・・・・・」
ノックもせずにきたアリスを睨みつける。
「常人ならこんなに生活を制限されたら狂っちゃうけどね」
「そう思うなら外に出しなさいよ」
「だーめ」
軽くそう言うと、麗の横に腰掛ける。
「まあ、でもさすがに体調がいいとは言えないみたいだけど」
「ばかね。絶好調よ」
掴まれた顎を払いのけるように顔を逸らす。
「そう?ならいいけど?」
一体何をしにきたのか、それだけ言うと、アリスは部屋を出て行ってしまった。それを見届けると、麗はベッドに転がり、天井を見つめた。
「あーあ・・・結局迎えに来てくれる人なんてないのかもしれないけどね」
だれが聞いたわけでもないのに、誰かに言い訳するように呟いた。そうでもしなければアリスが言ったのように本当に壊れてしまう。
ただ、静かな時間が流れて――――――・・・・
―――――いくはずだった。
突然耳を劈くような轟音が鳴り響く。
「な、何?!」
弾かれたように身を起こす。真っ直ぐ立っていられない程に船が揺れていた。部屋にある窓から外を見ても何が起こったのか把握できない。
耳を澄ますと、轟音の中に人の声が混じっていることが分かる。決して楽しそうな声ではない。
ふらふらと無駄な距離を歩きながらも扉を目指す。どうせ鍵がかかっている、と諦め半分でノブを回すと、それはいとも簡単に扉は開く。
「・・・・え?」
押し開くと、音がより鮮明に聞こえてくる。
麗はごくりと生唾を呑み込み、音源の甲板の方へ足を運んでいった。
「敵襲だ敵襲ーーーー!!!!迎え撃てーーー!」
「なにこれ・・・・」
ここに来るまでに誰一人として会わず、妙に中だけ静まり返っていたのは、船員が皆、この甲板へ出払っているからだった。
ざっと百名近くの男達が剣や銃を手に、船が進む先を睨んで構えていた。その視線を追っても霧が立ち込めるだけであったが、目を凝らすと徐々にそこにあるものの全貌が窺えた。
「・・・・海賊船?」
ドクロの帆、厳つい外装。どこからどう見ても海賊船だった。そういえば敵襲だという声も聞こえた。同じ海賊だからといって、愛想よく手を振ってすれ違うことはしないだろう。
彼らにとって海の上では周りは全て敵も同然なのだ。
「分かってんなお前ら。死んだら殺すからな」
「どういうことですか船長」
ソウはど真ん中の椅子に深く腰掛けて、頬杖をついていた。状況を分かっているのだろうか。
アリスの姿を捜せば、また彼も階段の手すりに座って楽しそうに微笑んでいる。だが、彼らを咎める者はいなく、それが当たり前のように気に留める様子もなかった。
「船長もたまには戦わないと腕なまっちゃいますよ」
「そりゃお前だろ、アリス。五年も平和に暮らしてたんだからな」
「何言ってんすか。俺は見ての通り、戦う気満々ですよ」
「どの辺を見たらいいんだ、それは」
そして、船と船がぶつかったその瞬間、戦いの火蓋は切って落とされた。
鮮血が飛び散る。
爆音が響く。
その度に麗は物陰で身体をびくつかせていたが、ソウは未だ座ったまま、アリスはピエロのように敵の攻撃をあしらっていた。
「すごい・・・」
その様子に見入ってしまっていると、足元に何かがドサリと倒れた。
「きゃっ!!」
それは、首筋から腰あたりまでばっさり斬られた男の遺体だった。思わず出してしまった大きな声に、アリスが気付き、小さくため息をついたのが分かった。
「・・・やっぱ鍵かけとけばよかった・・・」
今から隠れても仕方ない、と麗は人混みを掻き分け、アリスの元までたどりつく。
「何で出てくるの。危ないから中入ってなってば」
「うるさい。あんたがこんな危ない船につれてき――――・・・っ!」
後ろに気配を感じ、振り返ると、男が剣を振り下ろす瞬間だった。避けきれない、と思ったが、視界が流れるように動いたかと思うと、アリスの背中側までぐっと引き寄せられていた。
「はいはい。文句なら後で聞くから、今は中に入ってろ」
「いやよ。私はこの場に乗じて逃げ出すんだから」
「言っちゃっていいの?それ」
「いいわけないで―――――・・・ちょっと待って」
「?」
麗は何かにはっとして、人混みの中を凝視していた。男ばかりが野獣のように唸り、争い、殺し合う空間。頭が痛くなるような雄たけびや叫び声しか聞こえてこないはずだった。
だが、それを聞いているとは思えないような表情で、麗は尚もそこを見つめていた。
「何?何かいるの?」
「黙って!―――――・・・・聞こえる・・・この声・・・」
騒がしい音に紛れて、小さく、だがはっきりと麗の耳に届いてくるそれ。聞き慣れた、けれど待ち望んでいた声。
「―――――・・・っ!」
「レイちゃん!」
気付くと麗は争いの激戦の渦へ飛び込んでいった。
後書き
やっと終わりそうな雰囲気・・・?(自分でも分かっていないこの感じ)
やっぱりでもアリスは好きだなぁ。
20111230
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