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「おはよう、レイちゃ・・・あれ?もう起きてたの?」
「悪い?」


アリスが麗を起こそうと部屋に入ると、麗はもう起きて、ベッドに腰掛けていた。


「いや、悪くはないけど、まだ六時だよ?随分早起きだね。老化?」
「違うわよ」


外は明るくなり始めているが、まだ日は昇りきっていない。アリスが起こしにきたのも、朝食の時間が決まっているからだ。あまり遅れると食べられない。
アリスは中に入って麗に近づくと、そっとその手を麗の顎の下辺りに持っていく。


「顔色がよくないね。気分は?」
「いいわけないでしょ。こんな船に閉じ込められてるんだから」
「それもそうだね」
「じゃあ早く下ろしてよ。ここで吐いてやるわよ」


年頃の女の子が言う台詞だとは思えない。
麗はそのまますくりと立って、アリスの手から逃れ、ドアを出て行った。
さすがに空腹感を感じる。吐いてやる、なんて言ったが、吐くものなんてないくらい、胃の中は空っぽだった。

















































「おいしくない」


目の前にある肉野菜炒めを一口口に含み、座った目で遠くを見つめて言い放った。だが、周りの男どもはそんなこと関係ないとでも言うように、ばくばく食べていた。まるで、本当に絶品料理でも食べているかのようだ。


「何、私の舌がおかしいの?」
「いや?確かにまずいよコレ。まあ、男が作る料理だから仕方ないよ」
「いや、肉野菜炒めが甘いってどういうことよ」
「食べられればいいんだよ」
「食べられないっつの」


アリスは横でニコニコと食べている。まずいと言いながら、何故こうもおいしそうに食べられるのか。
麗は眉を寄せながら少しずつ料理を食べていった。残そうかとも思ったが、もったいないし、何か腹に入れておきたかったのだ。


「あれ、その割には食べるんだね」
「これしかないんでしょ。食べるしかないじゃない」
「いやあ、俺が当番の時なら良かったんだけどね。今日船長が作ったから」


船長にまで当番が回ってくるのか。威厳は一体どこに。
それに、アリスは料理が上手だとでもいうのだろうか。声には出さなかったが、アリスは麗の気持ちを読み取ったように言葉を続ける。


「俺の料理は絶品だよー。船医やめてコックにでもなろうかな」
「訊いてないわよ」


気になっていたことを言い当てられたようで、むすっと返してしまう。朝なのもあるが、今日は一段と機嫌が悪い。


「ごちそうさまっ」
「あれ?もう終わり?」


普段よりいくらか少なめの量だったためか、アリスよりも早く食べ終え、麗はさっさと席を立とうとした。だが、それはすぐに阻まれる。


「まあまあ。そんなに慌てないで、レイさん」
「・・・・船長」


いつの間に来たのか、アリスまでもが目を丸くしていた。


「慌ててません。用は済んだので戻ります」
「そんなこと言わずに。料理の感想でも聞きたいなぁ」
「まずかったですさようなら」
「待って待って!」


足早に去ろうとする麗の腕を掴み、半ば強引に椅子に座らせる。


「何ですか!」
「君とちゃんと話がしたかったんだよ。君は嫌なのだろうけど」
「分かってんならやめて下さい」


だが、ソウは立ち去る様子はなかった。むしろ、面白いとでもいうように笑みを深くしていった。
これ以上足掻いても無駄だと、麗は浅いため息をついて、椅子に深く座り直した。それを見ると、ソウは満足したようにニコリとし、机の上で指を組む。荒くれ者が集まる海賊の船長が持つ手とは思えない綺麗な指をしていた。


「まずは・・・・君の事から知りたいね」
「勝手にどうぞ」
「こいつが興味を持つ人間なんてそういないからね」


ソウはちらりとアリスに目線を向けた。当の本人は呑気に朝食を食べていたが。


「そうですか?誰にでも声かけてそうですけど」


それこそ、そのちょっと甘い顔を活用して、そこら辺の女など侍らせていそうだ。だが、ソウはいいや、と首を振る。


「確かにこいつはモテるけどな。特定の人間に深入りは滅多にしない。もちろん、攫ってくるなんて最初は驚いたよ」


言葉とは裏腹に、口元は穏やかな弧を描き、目元は細められている。この男の心境が全く掴めない。アリス以上に手ごわい人物だった。


「ここまで興味を持っているのは、君が・・・・・・二人目かな?」
「二人目?」


瞬間、アリスはぴくりと反応したが、麗は気付いていないようだった。ソウだけがその反応を楽しそうに見て、知らないフリをしていた。


「昔ね、いたんだよ。こいつがゾッコンだった女。いやー、あれは見ていて楽しかっ・・・・・もご!!」
「船長の手料理ちょーーーおおいしかったですー。ホラ、船長もどうぞー!・・・・・――――・・・いくよ、レイちゃん」


アリスはいきなりソウの口に残りの自分の朝食を全て押し込むと、麗の手を引っ張っていった。ソウはその後ももごもご言っていたが、何を言っていたのかは全く理解できなかった。周りの船員だけがその様子を苦笑いしながら見ていたのだった。


















































「ちょっと!なによいきなり!」
「あんたは聞かなくていい話。今度聞いたら殺すからね」
「っ!」


いつもと同じトーン、同じ口調で話しているはずなのに、妙に背筋が凍る思いをした。
アリスは乱暴に麗を部屋まで引っ張っていくと、そのままベッドへ投げ飛ばす。珍しく、不機嫌な表情。


「何すんのよ」


アリスは答えず、そのまま部屋を出て行った。ガチャリ、と音が聞こえたので恐らく外から鍵をかけられたのだろう。
麗は慌てるでもなく、ただそのドアを睨んでいた。どうせ、船からは下りられない。どこにいようが一緒なのだ。今更慌てる理由が見つからない。




















「早く来てよ、ヴィス・・・・・」



















ただ、信じるものは一つあった。
















後書き

久々に早めの更新。
船長とアリスのバカ騒ぎを書くのが楽しくてたまらない。
20111209