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勢いよくもう一度少年を見た。気が付くと、一分前とは全く違う表情。別人、といっても過言ではなかった。少年のような輝く笑顔は妖艶な笑みに、爽やかな雰囲気はどこへやら、空気も寄せ付けないような確固たる威圧感。


「船長・・・?」
「申し遅れました、レイさん。私、この船の船長、パプコ、又の名をソウ=ギス=マリンと申します」


醸し出す雰囲気は全く違う。紳士的とも言える物言いに、麗は戸惑ってしまう。声も出さずに怪訝な表情を浮かべたままだ。


「いやいや、パプコの方が又の名でしょうが」
「うるせぇ。お前が変な紹介させるから戸惑わせてるじゃねーか」
「ははは。元凶は船長でしょ?」


どこから取り出したのか、謎の液が入っている注射器をピュッと押した。


「ほう。船長を脅す気か」
「船長こそ、俺を脅す気?この五年間、苦労したんじゃないですかー?」
「・・・・・・・」


黒い。黒すぎる。
アリスは医者だ。確かにいないと困る。困るには違いない。しかも、アリスほどの医者なら何としてでも船においておきたいだろう。


「お前、いつか見てろよ」
「はは、楽しみにしてますよ」


パプコこと、ソウは低く呻くと、船室の中へ入っていった。さっきまではあれほどの威圧感を持っていながら、その後ろ姿は森に帰る熊のようだった。


「おもしろいでしょ、うちの船長」
「・・・・・・」


おもしろいというか、アリスが面白がっているだけだ。船長を脅す存在って一体。
結局、アリスの立ち位置はあまりはっきりしない。だが、とりあえず危険人物だ。


「それで?」
「え?」


甲板の柵に背中を預けながら麗を見るアリス。その表情は、子どもを見るような微笑ましい、優しい笑みだった。


「決めた?仲間になるかどうか」
「そんなの・・・!」
「ならないに決まってる・・・・・いいの?それで」
「・・・・・っ」


この先、地球に帰る方法なんて見つからないかもしれない。このチャンスを逃したら、二度と。
ならば嘘でも仲間になると言って聞き出した方がいいだろうか。いや、仲間になると言ったが最後、この船から逃してはくれないだろう。だからと言って今の状況も変わったものではない。第一、約束を破るのは、敵相手であろうと嫌だった。


「もうちょっと待って」
「お?それは望み有りってこと?」
「うっさい」


麗はプイ、と首を振って外を向く。今日は波が激しく、船の揺れが大きい。三半規管の強い麗でも酔ってしまいそうだ。
それでも船室に戻る気分ではなく、ただ潮風をぼーっと浴びていた。
今頃皆はどうしているのだろう。自分を捜してくれているだろうか。
















ヴィスウィルは―――――・・・
















考えてすぐに首を振った。
助けを求めることなんてできない。あんな別れ方をしておいて。


「いるのはいいけど、落ちないでね」


アリスはそれだけ言うと、手をひらりと振って船室へ戻っていった。



















「何よ、あんなに怒んなくてもいいじゃない・・・」


確かに触れて欲しくなかったことに首を突っ込んでしまったことは悪かったけど。
何かもどかしくて、もう怒ってもいないのに腹が立つ。


















































やがて、いつものように日が沈み、いつものように夜が訪れる。
彼がいなくても当たり前に時間は過ぎていく。
















一向に甲板から動こうとしない麗に、アリスは仕方なく声をかけた。


「風邪ひくよ」
「・・・・・ん?あー・・・もうこんな時間・・・」


といっても、正確な時間など分かりやしない。ただ、周りの暗さに気が付いて、夜なのだと感じただけだ。


「何、俺が言わなかったら明日までそうしてるつもりだったの?」
「んなわけないでしょ。考え事してたらいつの間にか時間が過ぎちゃっただけ。もう戻るわよ」


どこに、と自分で訊きたくなったが、結局自分の戻るところなんてないのは知っている。口に出すことはないが、呆れてため息が出る。


「夕飯用意してるけど」
「いらない」


それだけ言って、麗は船室へ戻っていった。
もう寝よう。そうしてまた朝が来るのを漠然と待つのだ。きっと朝は来る。それだけ信じて、麗は眠りについた。










後書き

ひさびさすぎる・・・・
もうすでにキャラの性格が分からなくなるくらい日が経っていることを実感(末期) 20111203