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「帰るって・・・」


元々の麗の旅の目的はそれだったはずだ。源玉の回収ももちろんそうなのではあるが、彼女自身の目的として、地球に帰る方法を見つけるというのは大前提にあったはずだ。ヒールやスルクなど、なんだかよく分からない敵が出てきて、曖昧になっていたものがアリスの一言で一気にはっきりした。以前の麗なら、二つ返事で”思う”と返していたはずだが、今まで目を逸らしてきたもの、増してやこんな状況で戸惑わずにはいられなかった。


「俺なら、帰してやれるかもしれないよ?」
「・・・・どう、やって・・・」
「そんなの教える訳ないじゃん。これは取引だよ、レイちゃん」


手当てを終え、見上げた彼の瞳は紅く、光が宿っていた。その眼光に少し身を引くが、気持ちまで怖気づくような麗ではなかった。


「――――、何よ、取引って」
「お、のるの?―――簡単だよ。俺は仲間じゃない奴には情報は売らない。ただし、仲間は大事にするよ」
「――――・・・・・仲間になれってこと・・・?」
「話が早いね」


にや、と笑って腰を上げる。暗くなってきたね、と言いながらランプに火を灯していった。


「何でそんなことするのよ?」
「ん?」
「そんな取引、あなたの何の役に立つっていうの?」
「何言ってんだか!俺はね、医者であり、研究者でもある。言ったでしょ、――――――興味があるんだよ、君に」
「―――!」


ぞくり、と寒気のようなものが麗の背筋をなでる。同時に、何か重たいものが全身にのったような感覚を覚えた。
まぶたが重い。
視界が霞む。


「まぁとりあえず休みなよ。疲れたでしょ」
「こんなところで休める・・・わ・・・・・・けな・・・・・・」


トス、と糸が切れた人形のように倒れこむ麗をアリスは片手で受け止め、空いた片手で火の灯るランプを掴む。


「わあ、このお香効き目抜群!」







































































































































































































































































また、夢をみているらしい。












麗はなんとなくそう分かっていた。でなければこんな炎に包まれるラグシール国など見るはずもない。
またこの光景か、と半ば諦めに近い感情で、その赤々と燃える街並みを凝視していた。現実ならとっくに飛び出しているはずだ。何ができるかも分からないが、とにかくこんな丘の上で呆然と突っ立っているだけどいうことはない。























だが、違っていた。




















いや、夢には変わりないはずだった。
変わっていたのは、そこに佇む二人の男女。









どうせ夢だ、失礼も何もあったものじゃない、と何となく二人の会話を聞いていた。
――――恋人、だろうか。


「――――よ、待っ―――・・・・ね、――――――じゃない、ねぇ―――!」


必死で聞こうとすれば分かっただろうが、見ず知らずの恋人の会話になど興味はなく、増してや爆音や悲鳴などで聞き取れず、内容も入ってこない。ただ、どちらが喋っているかだけははっきりと分かった。


「――丈夫、きっと―――――から・・・・――てて、きっと―――・・・・・」


男は言う。
女は答える。


「・・・きっと、――――――ないで・・・」


その言葉に男は微笑み、頷いた。











気のせいだろうか。











会ったこともないはずなのに、はっきりとしないその男の顔はどこかで見たことがあるような気がした。






































女は泣き続け、男は背中を向けて戦火の渦へ入っていく。





















































































「信用ならんわーーーー!!!!」
「おはよ。ずいぶん賑やかな目覚めだね」


勢いよく起こした身体は至る所が悲鳴を上げていた。窓を覗くと明るくなっていて、日付が変わったことと、この身体の痛みは昨日荷物扱いされたからだと悟った。いつの間にかベッドの上で、いつもより高級な布団で寝心地はよかったはずなのに疲れは取れておらず、頭が重い。そして、いつものことだが低血圧で顔色は真っ白だ。


「・・・・・うるさい」


皮肉を言いながら入ってきたアリスに言い返していると、彼が近づいてくる。肌の色を異常と思ったのか、触診しながらあくまで微笑むアリス。


「それで?何の夢見てたの?」
「・・・・・・・なんでもない」
「そう?」


言わなかった、というより言えなかった。あらすじを話すにはあまりにも漠然としていて、何を話せばいいのか分からない。


「少し低血圧だけど、何か身体に異常は?」
「頭が痛い」


アリスの医者らしい姿がどこか気に食わなくてぶっきらぼうに答える。


「ああ、それはこのお香のせいかな」
「お香って何よ?あれ、そういえば私いつの間に寝て・・・・」


確か、アリスにとんでもない取引を持ちかけられた後、徐々に意識が遠退いていって・・・・


「大丈夫、未遂だから」
「当たり前よ。犯行後だったらその前髪バリカンで刈り込んで逆モヒカンにしてやるわよ」
「わお」






















後書き

前髪は重要だよね。
20110427