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町の人がモーゼのように遠退いていく。男も女も子どももお年寄りも、鬼でも見たかのように恐怖で怯えた顔色に変わっていく。母親に抱きかかえられた赤ん坊は泣き喚き、子どもがいるであろう女性は我が子を捜した。
目を合わせてはいけない。だが、そこから目線をはずし、背中を向けてしまっても、何が起こるか分からない恐ろしさがあった。
酒屋から出てきた酔っ払いの兄ちゃんが状況を把握できず、近くにいた町人に何があったか尋ねる。町人は振り向こうとはせず、ただ一点を見つめたまま、引きつった表情で言った。
「・・・・・あ、あれ・・・・・」
指差した先に目を凝らしてみると、一瞬で全身が総毛だった。
最初は魔獣でもいるのかと錯覚した。
いや違う。
あれは人だ。それも、女だ。身長が高いわけでもなく、どちらかといえば小柄であるはずなのに、この鬼でも殺せそうな威圧感は何だろう。むしろ、彼女が鬼なのか。
「何で怒るのよ、バカヴィス!何が違うのよ!」
周りの様子に気付くはずもなく、麗はただひたすら足を進めていた。
「アホバカヴィス!ハゲろ!!」
一番近くにいた髪の寿命わずかなお年寄りがびくりと反応する。
「私が何したっていうのよ」
怒った理由も理解はしている。だが、聞いたらいけないことだったのだろうか。初めて怒鳴るほど、タブーな質問だったのだろうか。
信頼されていないようで、寂しさを感じた。というよりも、これは恐怖だろうか。今まで何をしてきたのだろうと。
「海賊だーーーーー!!!!」
突然誰かが叫び、弾かれたように顔を上げた。
海の方からあらん限りの声を出し、町人であろう男が走ってくる。
「に、逃げろーー!海賊だー!」
「か、海賊?!」
通りを歩いていた町人は、突かれたビリヤードの玉のように騒ぎ立てて散っていく。
異世界に来て、充分なカルチャーショックをうけた麗にとって、今更海賊がいると言われても驚きはしないが、まさか出くわすとは思っていなかった。
通りの先を見ると、厳ついまでの船が海辺にとまっており、ガタイの良い男達が下りてくる。麦わら帽子を被っていたら救われるかも、となんとなく思ったが、代わりに顔や身体、至る所に勲章ともいえる傷跡があるだけだった。
黒い長髪の男を先頭に、ぞろぞろと通りを歩いてくる。黒髪は後ろの男達に比べ細身だが、筋肉で鍛えられた腕や腹筋がある。
「町人の皆さん、落ち着いてください。言うことを聞いて頂ければ手荒なことは致しません」
細身の男は一歩前へ出てそう口を開く。大声を出しているわけではないのに妙に響く声であった。
「各家庭全財産の・・・そうですね、三分の二、それから食料を分けていただきたい。そう、速やかに」
やわらかい口調でバカ丁寧に話すので騙されそうだが、言ってしまえば”金と食いモンよこせ”である。
「ふざけんな!お前らなんかにやるもんはねぇ!早く帰れ!」
誰かがそう口火を切ったのをきっかけに、町中がそうだそうだとざわつき始めた。
細身の男はそうなることを予想していたかのように口元を緩めた。
「そう、ですか。ならば仕方ないですね」
瞬間、周りの音がかき消された。
「ゲームの始まりだ」
「海賊だって?」
妙に辺りが騒がしいと思って、シヴィルは窓から外を覗いた。通りの奥の方で悲鳴やうなり声が聞こえ、砂埃が上がっている。船が珍しい世界だ。当然海賊だって珍しいのだが、今はそれよりも重要なことに気が付かねばならなかった。
「まさか、レイの奴・・・」
「確実に・・・・」
「戦っていますわね・・・」
戻ってきたロリィを含め、四人は無言で部屋を出た。
「うおらあああああああああっ!!!」
「ひぃぃぃ!」
勇ましい雄たけびと共に大の男を投げ飛ばしているのは小柄な少女であった。いやまさか、この子が、まさか、と近くにいた町人や海賊は一緒になって周りを見るが、伸びてしまった男達だけで、他に見当たる人物はいなかった。八つ当たりとはまさにこのことだろう。何かを発散するように背負い投げ、回し蹴り、裏拳。そこに台風の目でもあるかのように近づいた者が吹き飛ばされていく。
「イザラさん!あの女、俺らには無理っす!!」
「ん?」
対峙していた町人を目も合わせず切り捨て、例の男――イザラは仲間の言う方に目を向けた。
一般人よりもずいぶん屈強な、それも海賊として数々の戦いを生き延びてきた男達であったはずだ。なのにその男共は、ただの少女によって打ちのめされていた。
「おやおや、威勢のいいお嬢さんですね」
「はい?!何か言った?!」
苛立ちからか、戦ったからか、少女は威嚇する小動物のように息と声を荒げていた。
「大好きですよ?元気のいい女の子は」
「うっさいわね!私は今虫の居所が悪いのよ!いいから早くかかってきなさい!」
「ふふ、それでは、遠慮なく――――――・・・」
「――――・・・っ!」
間合いはしっかりとっていたはずだった。
言いながらも相手からは絶対に目を離してはいなかった。
なのに、気が付いたらイザラという男はすぐ目の前にいた。
「ゲームオーバーですよ」
にたり、と口元から歯が見えた。
後書き
楽しかった!!
麗の怒ってるところ書くの大好きだわ!!
あの理不尽な怒り方を書くのが好きだわ!
20110413
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