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「あ、兄貴!リール!こっち!!」
ヴィスウィル達が待ち合わせ場所に行ってみると、シヴィルが手招きをしていた。麗やロリィの姿はなく不思議に思ったが、とりあえずはそちらへ足を運んだ。
「ウララ達は?」
「それが・・・何て言ったらいいかな。とりあえず、こっちきてくれ」
麗がなりゆきとはいえ、知らない男の家に入ったといったら、ヴィスウィルはどう思うだろう。きっと一緒にいたシヴィルはただでは済まされない。ロリィとアリスを味方にして本人の前で説明する方がいくらかましだろう。
シヴィルに促されて家の中に入ると、麗とロリィと見知らぬ青年が和やかにお茶を飲んでいた。
「あ、ヴィス。お疲れ様・・・え、な、何?」
麗がヴィスウィルに顔を向けると無言でつかつかと歩み寄ってきた。
「どうかしたのか」
「へ?何がよ?」
「顔色が悪い」
「あ、ああ・・・いや、ちょっとね」
あんたのことを考えて倒れました、なんて言えるわけもなく、麗は曖昧に返事をして苦笑いをする。
ヴィスウィルは眉を寄せ、ふと青年の方を見た。
「あ、初めまして。レイちゃんはただの貧血。今起きたばっかりだから顔色は戻ってないけど、しばらくすれば大丈夫だから」
「・・・・・・・・お前は」
「僕はこの町の医者で、アリス=ギス=リュウトっていうんだ。よろしく」
愛想のいい笑顔で手を差し出すが、ヴィスウィルがその手を取ることはなかった。じと、とアリスを睨むと視線を麗に戻す。
「ちょっとヴィス、挨拶くらいしたら?ごめんなさい、アリス。せっかく助けてもらったのに」
「いやいや、恩を売ろうと思って助けたわけじゃないし、そりゃあ知らない男が彼女と仲良くしてたら警戒もするよ」
「かっ彼女って!誰が?!誰の?!」
青白かった麗の顔が一気に朱に染まった瞬間だった。これまでのこともあり、動揺せずにはいられない。
ヴィスウィルも怪訝そうな顔をする。
「え?レイちゃんがこの人の、えと、ヴィスウィルって言ったかな?」
「ちちちちちちち違いみゃっ、あ痛!違います!」
「そうなの?噛んでまで動揺してるのに?」
「アリスが変なこというから!ね?ヴィス!」
「・・・・・・・・・」
「何で無言?!」
彼に振ったのが間違いだった。ああ、そういえばこんな話に適任がいるではないか、とそちらへ視線を送った。
「そ、それにヴィスには許婚もいるんだから!ほら、あそこのリールって人!ね、リール!」
当然食いついてくるだろうとヴィスウィルの後ろにいるリールを覗く。きっと高笑いしながらしゃしゃり出てくるはずだ。
「・・・・・まあ、名目上、ですけど。だいたい、契約も何もしていないからあってないようなものですわ・・・」
「え、どうしちゃったの、リール」
まさかの暗い顔でネガティブ発言。彼女こそアリスに診てもらったほうが良くないか。
誰か味方はいないのかと麗が辺りを捜していると、黙ったままだったロリィが口を開く。
「ヴィスウィル様、アリス様は倒れられたレイ様を助けてくださったんです。優秀なお医者様です」
「倒れた?」
「あー・・・えーと・・・」
ヴィスウィルがさらに眉を寄せて麗を睨む。耐え切れず、麗は目線をはずし、宙を仰ぎ見た。
「昨日ちょっと寝れてなかったから!」
「何で」
「何でって・・・・ほら、いろいろあったのよ!」
あはは、と笑って誤魔化すが、ヴィスウィルは逃してはくれなかった。
アリスとシヴィルが横でひそひそと声を潜めて話している。
「このヴィスウィルって人、意外と過保護なんだな」
「意外と?見た目通りだろ」
リールは例によって落ち込んでいるし、ロリィは会話に入る隙間もなく困ったように見ているだけだ。二人の会話は続き、問いただすヴィスウィルに麗がイライラし始めていた。
「いいから答えろ」
「―――っ!あーもう!ヴィスがあんなことするからじゃない!!」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
墓穴。
数秒、時間が止まった。
「あんなこと?」
何も知らない四人が何だろう、と二人を凝視し、答えを待った。
二人は何も言わず、動く気配すらなかった。
そして、最初に口を開いたのはヴィスウィルだった。
「どのことだ?」
「殴られたいの?」
思わず麗は握った拳に力を込めた。とぼけている目の前の端正な顔を完膚なきまでにぶちのめしたい。それとも何か、思い当たる節が多すぎるのか。
とりあえず誤解を生みそうな返答に否定だけはしておきたいが、事が事だけに否定もできない。
「とりあえず」
麗の導火線を止めたのはアリスだった。
「レイちゃんは落ち着いて。また倒れるよ」
後ろから軽く麗の肩を押さえ、思わず立っていたところを座らせる。
その行動にヴィスウィルはアリスを睨む。決していやらしくない手つきが逆に癇に障る。
アリスはその視線に気付いていたが、肩をすくめるだけで、楯突こうとはしなかった。
「まあそれだけ元気ならもう大丈夫だろうけど、心配なら休んでてもい・・・」
「帰るぞ」
「ちょ、ちょっとヴィス!」
アリスの言葉を聞き終える前にヴィスウィルはドアを開いていた。
「世話になった」
それだけ言うと、さっさと外へ出て行ってしまった。慌ててシヴィル、麗、リール、と続き、ロリィだけが一礼をして扉を閉めた。
アリスは怒りもせず、にこやかに手を振って送り出していた。
宿に着いてからもヴィスウィルは口をきこうとはしなかった。明らかに怒気を含むオーラを醸し出しているし、兄弟であるシヴィルでさえ話しかけてはいけない雰囲気だったのだ。それでも、これではいけないと、四人だけでも会話をしようと健気にシヴィルが話を振る。
「そ、それにしてもびっくりだったな。あいつがマリスと知り合いだったとは」
我ながらいい話題振りだったと思う。案の定、ヴィスウィルがぴくりと反応してきた。
「・・・・・・・マリスと知り合い?」
「あ、ああ。なんかよく知ってる風だったぜ」
「そうですね。マリス様がどんな性格の方かまでご存知でしたし」
ヴィスウィルも昔の記憶を引っ張り出し、マリスの交友関係を探ってみるが、アリスらしき人物は見当たらない。とはいっても、マリスは世界的に有名だし、口だけなら何とでも言える。
信用ならないな、とヴィスウィルはため息をつく。
「でもさ、本当にマリスと知り合いだったら・・・」
「なおさら信用できない」
「同感だな」
「同感ですわね」
「ま、まあね・・・」
否定はできない。
「でもほら、ね、助けてくれたし、ね?」
何故かマリスとの関係が発覚してから、アリスへの風当たりが一層強くなり、麗がなんとか宥めようとしていた。ロリィも助言をしてくれるが、ヴィスウィルは黙って口を閉ざしたままだった。
「ヴィスってば」
「・・・・・・・何故そんなにあいつを庇う?」
「え?」
ヴィスウィルの射貫くような視線が麗に刺さった。なるほど、これだけの眼力で睨まれたら悪さをする輩も逃げ出すだろう、とこれまで絡まれてきた奴らにほんの少し同情した。このままだときっと凍ってしまうだろうという冷たい、針のような鋭い視線。
「だって、助けてくれ・・・」
「違うだろ」
「何がよ?」
麗自身、全くの無意識であった。何を思ってか、アリスを必死で庇おうとしている。本人は全く意識していなかったが、彼に言われて自分を不思議に思っているようだ。
「違うって何が・・・」
「もっと特別な感情で庇っているはずだ」
「はずって何よ。そんな決め付けないでよ。・・・・・・・・だったら」
麗はぐい、とヴィスウィルに近づいた。
陰りのない、透き通った黒がヴィスウィルの瞳に反射する。
「ヴィスは、ルティナさんのこと、どう思ってたの」
「・・・・・・・・」
周りの三人が驚いて顔を上げる。まさかの展開にシヴィルが声を漏らした。
「豪速球だな」
「レイ様らしいですが・・・」
ヴィスウィルはひとしきり黙った後、眉を寄せて彼女から眼を離した。
ヴィスウィルの中に、感じたことのない感情が渦巻いていた。それを苛立ちと感じているのか、その表情には怒気が混ざっている。
「お前には関係ない」
「・・・・・ない、けど・・・・」
直接は関係ない。だが、ヴィスウィルの過去をここまで知ってしまった今、麗にも無関係では済まされないのだ。ヴィスウィルにもそれは重々分かっているはずだ。
「だったらほっとけ」
「だって、やっぱり気になるじゃない」
彼にも話したくないことはある。それを分かっていて、これまで麗も極力避けてきた、ルティナのこと。でもこれ以上、知らない振りもできなかった。
少しずつ自分から話し始めたところ、彼自身受け止められることが増えてきたのだと思った。同時に、麗を含む仲間に心を開いているのだと思っていた。
そろそろ、訊いてもいいのだろう、と。
「ねぇ、ヴィ―――・・・」
「聞こえなかったか!」
「っ!」
一瞬、誰の声かと思った。
珍しく荒げた声に思わず肩を揺らしてひいてしまう。付き合いが長い他の三人も静止したまま声を失っていた。
これほどまでに、苛立ちを表に出すヴィスウィルを初めて見た。それも、麗に向けている冷たい眼。
「・・・・・・・何でよ・・・・・何で・・・・何で何も話してくれないのよ!アホヴィス!!」
捨て台詞のように怒鳴り、麗は大きな音を立てて部屋を飛び出していった。扉の外から走る足音が聞こえる。
「レイ様っ」
思い出したようにロリィが後を追いかけるが、ヴィスウィルは厳しく地面を睨むばかりだった。
後書き
なっかなか進まなかった、この回・・・
一人ひとりの気持ちをもっと丁寧に書きたかったんだけど、こんな中途半端になってしまった・・・
まあ、どこかでまた番外編みたいに書きたいなって思います。
20110413
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