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「どうしたの?大丈夫?」


シヴィルが背中をさするように支え、ロリィが水をもらいに走り出した時だった。低めの甘ったるい声が上から降ってきた。


「あんた、は?」


麗を支えながら上を見上げると、セミロングのストレートの茶髪に、前髪をポンパドールにした男がかがんでこちらを見ていた。瞳は深みのあるワインレッドで、驚くほどのタレ眼だった。地球で言えばイタリア人を思わせる。


「町医者のアリス=ギス=リュウトっていう者だよ。顔色が悪いね。僕の家そこだから、とりあえず入って」


アリスと名乗る青年は麗の肩を抱いて立たせると、すぐ近くのレンガ造りの家へ案内した。シヴィルは何もできない自分に唇を噛んでいた。
































































「ヴィスウィル様っ!どこから行きます?あ、それともあそこでお茶してから行きますか?」
「寝ぼけてんのか」
「どうしてですの?せっかく二人っきりなのに!うるさい人もいませんし!」
「・・・・・・・・・」
「ヴィスウィル様?」


そうか、言われて気が付いた。先ほどから感じるこの違和感は、いつもいるべき存在がいないせいだ。それから、彼女がいない分、リールがいつも以上に喋りまくっているからだ。半分以上は受け流しているが、そろそろそれにも疲れてきた。






























「あっ!」


ヴィスウィルより二歩ほど後ろを歩いていたリールが小さく悲鳴をあげた。振り向くと、躓いたのだろうか、足を押さえてうずくまっている。


「どうした」
「ごめんなさい、何でもないです。躓いただけ・・・・・・いっ!!」
「どの辺がなんでもないって?」
「・・・・・・足を捻りました」


駆け寄って押さえている足を見ると、みるみるうちに腫れていくのが分かる。リールも呆れたようにため息をつかれると正直に答えるしかないだろう。
リールは治癒魔法を唱えるヴィスウィルの横顔を見た。
いつ見ても恐ろしいほど整っている顔立ち。だがリールはそこだけを見て好きだといっているわけではない。















「優しいんですのね、ヴィスウィル様」
「何が」


自覚はないのか、不思議な顔をするヴィスウィル。
リールは分かっていた。彼が優しいことも、それがなかなか周りには伝わらないことも、ただ一人、麗には自分とは違う想いがあることも。
認めたくはなかった。だが、麗が記憶を失ったあの時から、それは認めざるを得なくなってしまった。
もう、覚悟はできていた。


「いいんですの?ヴィスウィル様。私と一緒にいて。レイが気になるんでしょう?」
「・・・・・・・・お前だって仲間だろう。一緒にいたらいけない理由がどこにある?」
「!」


麗に会って、リールには変わったことがある。
素直な気持ちを素直に言葉に出せるようになったことだ。傍から見れば、まだまだといった所もあるが、それでも少しずつ変わっている気がするのをリール自身感じていた。
それはヴィスウィルも同じことであった。ヴィスウィルの方がリールよりも顕著である。時には周りが眼を剥くような台詞を口走ることもある。明らかに麗の影響であった。
彼女のどこが、とは言えない。正面から向き合ってくる真っ直ぐな瞳、美しいまでの強さ、同じほどの儚さ。
何なのだろうか。思い当たる節が多すぎる。
敵わない、そう思っている。
















「・・・・ありがとうございます」



































































「軽い貧血だよ、大丈夫」


アリスは奥の部屋から出てくると、同時に立ち上がった二人を宥め、そう言った。


「それで、レイは?」
「今鎮静剤を打って眠っている。一時間もすれば元気になるよ」
「・・・・・よかった・・・・」


原因は精神的なものだね、と付け加え、アリスは自分も椅子に腰掛ける。ロリィが用意した紅茶をすすりながら彼はにこやかに笑顔を向けた。


「自己紹介をちゃんとしてなかったね。僕はアリス=ギス=リュウト。二十三歳。この町に来て五年くらい経ったと思うけど、結構有名なお医者さんになってしまったよ」


お茶目にピースまでして少年のように笑った。


「私はロリィ=エイス=メラヴィナといいます。本当、助けていただいてありがとうございました」
「オレはシヴィル=フィス=アスティルス」


ぶっきらぼうに答えるシヴィルは感謝こそすれ、アリスにあまり良い印象を抱いていないようだ。


「あれ?俺あまり良く思われていないんだな。前は結構好印象のお医者さんって言われてたのにー」


少なくともロリィは別に悪いイメージは持っていない。ただシヴィルが一人で拗ねているだけだ。それをどう伝えようか、ロリィは悩んでいた。


「まあ、俺より腕の立つ医者がいたから、俺はあまり知られてないだろうけどね」
「でも、アリス様は相当な腕をお持ちとお見受けします。私も少し医学を学んでいたので・・・なんとなくですが」


言葉ではそう言うが、アリスは間違いなく優秀な医者だ。麗を運んできてから今までの一連の動作で分かる。無駄が何一つない。貧血ひとつにしても、原因から処置まで、あそこまで的確に、迅速に行動できる者はそういない。


「ありがとう」


アリスは素直にお礼を言う。


「そのお前よりすごい医者ってどんなんだよ?」


嫌いながらもアリスの腕は認めたのか、シヴィルが小さく訊ねた。


「それが、とんでもない奴なんだけどね。マリスっていって、びっくりするくらいのドS医者。あー、考えただけでも身の毛がよだつ!」
「医者にドSっていていいの・・・・か・・・・・・・・・よ・・・・・・・・・・・・・・今何つった?」
「考えただけでも身の毛がよだつ!」
「もうちょい前!その医者の名前!」


確か、聞いたことのある、いや、それだけではすまない名前だった気がする。シヴィルもロリィも眉をひそめてアリスの答えを待つ。



























「え?マリス。マリス=フィス=カンダート。あれは人の心を持っているとは思えないね!」
























ははは、と笑うアリスに、二人は遠い目をするしかなかった。





















後書き

マリスなんだかアリスなんだか。
最後の件が気に入ってます。こういう本人が知らないところで噂されている話好き!笑
どうでもいいけど、ロリィとマリス、ファミリーネームを忘れて設定資料を見直した件・・・
あるまじきことだな!
20110405