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一行はツィス国の隣国、マカ国に来ていた。マカ国はカシオ屈指の工業地域で、殆どの機械類はここから産出されている。そのためか、お世辞にも空気が綺麗だとは言いがたい。空はいつでも鉛色で、晴天であった試しはない。咳き込むほどではないが、外で深呼吸はあまりしたくない。室内でも同じなのだろうが、それは気持ちの問題だ。
そんな宿屋の一角で一行は重い空気に包まれていた。


「――っくそっ!どういうことだ!」
「カミラはスルクを見てないっていうから、てっきり私達より後ろにいると思ってたのにね」


シヴィルは机を拳で叩き、逆にヴィスウィルは壁に背中を預けてじっと一点を見つめ、見た目冷静である。だが、誰も冷静であるはずがない。
スルクの行動が全く予想もつかなくなってしまったのだ。
何も知らず、麗たちはツィスのオレジンへ行き、源玉を取りに行った。だが、そこには何もなかったのだ。取られた後だった。
スルクは自分達より後ろにいるはずだったのに。
とりあえずこれで自分達よりも前にいることは確認できたが、新たな問題も生じてくる。


「スルクはどうやってメシュア国からツィス国に入ったんですの?」
「別ルートで行ったんじゃないの?」
「メシュア国にもツィス国にも港はなく、カミラ様が働いていらっしゃった関所を通らずにはツィス国には入れません。あそこは通ったはずなんですが・・・」
「となると・・・」
「本当はカミラはスルクに会っていた・・・」


嫌に冷静なヴィスウィルの声が響いた。その口ぶりはまるで予想でもしていたかのようだった。


「カミラが嘘をついていた、ってこと?」


確かに麗はカミラのせいで酷い目にはあったが、カミラは人が困ることを喜んでするようなやつではない。麗は信じられない、信じたくないとでもいうようにヴィスウィルに訊ねた。


「結果的にはそうなるな。ただ、あいつにも理由があるはずだ。考えられるのは一つ・・・」
「スルクが脅していた」


シヴィルが後を続け、舌打ちをした。
何のために、誰もがそんな疑問を抱いたが、口にすることはなかった。誰も答えられないと分かっていたからだ。
これで完全にスルクの足取りは掴めなくなった。それと、もう一つ。



















「カミラ・・・」

















気が気ではなかったはずだ。大事な家族を人質にとられ、その元凶となる人々を泊めること。スルクがその場にいたかどうかは分からないが、どちらにしろ監視の目はあったはずだ。そうとも知らず、麗たちはただ純粋にその場を楽しんでしまった。彼女が怯えていることにも気付かず。
一人で背負うには重過ぎる荷物だったはずだ。なのに表には一切出さず、一人で抱え込んでいた。


「相談してくれれば・・・・・・・・・・――――・・・できないか」


きっと言ったところで、スルクが襲ってきてもまともに渡り合えるのはヴィスウィルくらいだ。明らかに分が悪い。それなのに二日も泊まるようにカミラから言ってきたのはせめてもSOSだったのかもしれない。


「ごめんね、カミラ・・・」
「沈んでてもしょうがねーだろ!次はどうすんだ?」


こんな時に場を活気付けてくれるのはいつもシヴィルである。そんな言葉に麗は気持ちを持ち上げた。
確かに沈んでいても過ぎたことは仕方がない。今できるのは他の源玉を奪われないようにすることだ。


「次はDis(火)のオレジンだ。だが、ディス国まで行くにはハイス(His)国の港に行くしかない」
「他に港がないってこと?」
「いや、港はあるにはある。ハイス国の港しかディス国行きの船が出てないんだ」
「何でまたそんな不便な」


後から聞いた話だが、この世界で船は珍しいものらしい。船など港に行けばそこら中に見れた麗にとって、魔法の方がぶっ飛んだ存在なので、何とも言い難い。この様子だと潜水艦があると言ったら驚きそうである。


「そのハイス国まではどのくらいあるの?」
「・・・・・・・」
「なんで黙るのよ」
「急いで一ヵ月半ってところですわね」
「はい?」


耳が悪くなったのかと思わず聞き返してしまった。リールは何を言ったのだろうか。一ヵ月半?しかも急いで?


「そ、そんなちんたらしてたらまたスルクに先越されちゃうじゃない!」
「落ち着け。スルクだって同じくらいかかる。ただ・・・」


問題はディス国はフィス系のヴィスウィル達にとってあまり好ましい場所ではない。氷の要素がほとんどなく、魔法など使えたものではない。エイス系であるロリィならともかく、麗以外全滅である。
そうなると、スルクより早く源玉を手に入れても、要素を取り込むことができない。
方法はただ一つ。


「源玉をディス国外に持ち出して、そこで取り込むしかありませんね」


ロリィが深刻そうにつぶやいた。
これまではその場で取り込んできたが、源玉を持ち出して違うところで要素を取り込むとなると、その分リスクも高まる。


「その方法しかないんなら、やるしかないわよ。ドンと来い!――――って、何!」


どこかの教授になりかけたガッツポーズを掴み、ヴィスウィルは麗を椅子に座らせた。


「魔力抜くぞ」
「何かと思ったわよ。何か言ってよ」
「そろそろ察しろ」
「分かるか!読心術なんて会得してない!」
「雰囲気で分かれ」
「今のはどう見てもそんな雰囲気じゃなかったでしょ」


いつも通りの口喧嘩のはずだ。














































なのに、掴まれた腕が熱い気がするのは何故だろうか。
































































































































「大丈夫か?」
「へ?」


シヴィルが下から麗の顔を覗きこみ、険しい表情で訊ねた。


「な、にが?」
「いや、ぼーっとしてるから。まだ魔力が残ってるんじゃないかと思って」
「そうなんですか?レイ様」


ロリィもシヴィルの横から心配そうに顔を出した。人前ではあまりぼーっとしていることがない麗は、そうなっている時は体調がよくないのではないかという認識がシヴィルとロリィにはあるらしい。
曇る表情の二人に、慌てて麗はかぶりを振る。


「ううん!そんなことない!ちょっと考え事しちゃって。全然元気だよ!」


いつも通りの笑顔を見せるが、二人はどうも納得いかない様子である。
確かに嘘はついていないのだが、心まで元気かと言われるとそうではないのかもしれない。
カミラ達の所からツィスのオレジンまで半日ほどで着き、また半日で隣国の宿屋まで行く、という結構なハードスケジュールで、心も身体も余裕がなかったためか、今更になってあの川での出来事を何度も反芻していた。


あの口付けからの一連は何だったのだろう、と。


ヴィスウィルは自分に拒否をさせたかったのだ。それは麗自身分かっていた。だが、好きでもない相手にあんなことができるだろうか。ただの旅仲間に。
意外とお人良しなヴィスウィルが、麗に拒否させようと思ったなら、他にいくらでも方法はあるはずだ。確かに、男と女である限り、一番手っ取り早い方法ではあったが、好意を持たない相手、増してやあのヴィスウィルがあのような行動をとったのは予想の範疇を上回った。
単細胞と言われた麗が、いくら考えてもピンとくる答えは出なかった。本当に安易に考えれば、ヴィスウィルが自分を好・・・・


「いやいやいやいやいや!!!」
「おう?!な、何だよ?!」
「あ、ごめん、思わず」


ありえない、と麗は小刻みに震えた。
これまでの行動からして、嫌われている、ということはないだろう。だからといって、イコール好き、でない。仲間として好き、もヴィスウィルにはあるのかどうか怪しい。
この場に彼がいなくて本当に良かった、と麗は心から思った。ヴィスウィルとリールは麗たちとは別方向に買出しに行っている。あみだくじで決まったメンバーだが、リールも静かだし、一番ベストの組み合わせだったと出発前から思っていた。もしヴィスウィルが一緒だったら、気になって彼ばかり見てしまうだろう。


(あいつ、顔だけはいいからな。きっと他の女の人にもあんなことしてるんだよ、きっと!)


「あー、やだやだ、不純ー!」
「お前さっきから何言ってんだよ?」
「レイ様、お疲れならどこかで休みますか?」


本気で心配するロリィにはっとする。まさか、まさか、まさかロリィまで・・・


「ロリィ!!ヴィスに何もされてない?!」
「はい?」


きょとん、とした顔が可愛かったが、構わずその肩を力強く掴む。


「あいつ、手が早いんでしょ?!だめよロリィ!逃げて!!」
「あのー・・・」


全く意味が分からず、ロリィはされるがままに揺さぶられている。麗の目は真剣だ。


「何考えてんのか知らねーけど、兄貴はどう考えても奥手だぞ?」
「え?」
「おまけに根暗なチキンだからな。手が早いとか寝言は寝て言えよ」
「す、すみません・・・」


落ち着いて考えたらそれもそうだった。
奴は根暗だ。弟に言われるほど。
そんなかわいそうなお兄ちゃんが手が早いわけがない。第一ヴィスウィルは――――――・・・・・

































「ルティナさんだもんね・・・・・」
「?」
































いよいよ熱でも出てきたかとシヴィルが麗の額に触れる。


「ねぇシヴィル」
「あん?」
「ヴィスはルティナさんが好きだったんだよね・・・?」
「・・・・・・・・・」


彼女を思って心を痛めているところを麗は何度か見た。ふと呟く名前は彼女であって、他の誰でもない。恋惜しそうに見つめる瞳はいつも彼女を見ていて、他には何も映していない。
ただの自惚れだった。
ヴィスウィルは麗の後ろにルティナを映している。そう思う他なかった。





















「好き、だったんだろうな、多分。それを公言するほど頼もしい性格じゃねーから本当のところは知らねーけど」
「私も思います。でも、言われなくても二人は良かったんじゃないでしょうか」


自然とそれが当たり前となる関係。









































「届きそうにないなぁ・・・・・」











































「何が?」
「――――・・・え?・・・・・何が・・・・?私今何て?」


シヴィルに言われて初めて気が付いた。
何が、届きそうにないのだろうか。


(届くってもしかして、私が?ルティナさんに?)


まさか。
届いてどうするというのか。その前に、別に目指してもいないはずだ。


「私、なんかおかしいや・・・」
「レイ様?大丈夫ですか?どこか座る・・・・レイ様っ」
「お、おい!」


麗はそのままその場に座りこんでしまった。













頭の中がぐるぐるする。











何を考えていいのか分からない。

























































こんなときに思い出すのは、皮肉にも彼の顔だった。


















後書き

こ、こんにちは!
一年ちょっとぶりの更新です!
待ってくださっていた方も、そうでない方もただいま!(殴)
また、がんばりますぜ!
20110404