75


















夢を見ていた。

























悲しい、麗は知るはずもない、戦争が終わった後のラグシールの夢。
麗が知る町とは全く違う、凍った世界だった。誰の顔からも笑顔は見ることができず、聞こえるのはすすり泣く声ばかり。戦争には勝ったというのに、喜ぶ者は誰一人としていなかった。
そこらじゅうで死んだ者への別れの儀式が行われている。その中で、一つ目に付いたものがあった。棺桶の周りを囲む人々は皆、見慣れた者ばかりだ。ロリィ、シヴィル、シヴァナ、マリス、イヴァン。


ただ、ヴィスウィルだけはどこを見てもいなかった。


気になって彼らに近づくと、ロリィとシヴィルの会話が聞こえてきた。


「―――ロリィ、兄貴は?」
「・・・シヴィル様・・・ヴィスウィル様は多分、あの丘だと思います」
「―――・・・やっぱりか。――ったく、怪我も治ってねぇのに・・・」


丘に向かおうとしたシヴィルをロリィが細い腕で引き止める。


「・・・シヴィル様。もう少しヴィスウィル様をあのままでいさせてあげてください」
「・・・・・ロリィ・・・・オレもそうしてあげてーけど、このままじゃ本当に死ぬぜ、あいつ」












思い出した。
きっとこれは一年前の、あの戦争だ。ルティナが死んだ、あの。
そう気が付いた瞬間、麗は丘へ駆け出していた。自分が行ってどうするのか。一年前では彼も自分のことを知らないはずだ。それに、これは夢だ。どうすることもできない。そう分かっていても足は止まらなかった。































彼はこの世界でただ一人、ウララ、と呼んでくれるから―――――――・・・

































































「――――ラ・・・・・ウララ!」
「・・・・・・ん・・・・・ヴィ・・・・っごほっごほっ!」


麗は激しく咳き込んで水を吐いた。


「気が付いたか」
「・・・あ・・・・私・・・」


白けた視界で彼が少し安堵の表情を浮かべたのが分かった。
自分は川に落ちたのでずぶぬれなのは分かったが、何故かヴィスウィルの髪からも雫が落ちている。


「滝に落ちる直前だった」


そう言いながら濡れてしまっている上着を麗にかぶせる。濡れていても少しは効果があるだろう。


「・・・・滝・・・・えっと、私・・・確かカミラに頼まれて、それで水汲んでたら意識が遠くなって・・・」


まだ状況が飲み込めず、一つずつ振り返っていった。川に落ちてしまってからは苦しむ前に意識を失ったのだろう。記憶が全くない。


「帰ってこないから皆で捜した。シヴィル達も連絡したからもうじきくるだろう」
「・・・・う、ん・・・・ごめん、ありがとう・・・」


なおも淡々と話すヴィスウィルは何も感じていないのだろう。昨日の、口付けのこと。


















「・・・はは、だめだね、私。水汲みもできな――――・・・・ん!」


最後まで言い終わる前に濡れた唇でそれをふさがれた。


「んっ・・・・ヴィ・・・はっ、ん!」


離れたかと思うとまたふさがれ、やがて侵入してくる舌。息をする間もない激しい口付け。教会でされたのなんて子どものお遊びに思えてくる。


「ん・・・・っ!」


口をふさいだまま、麗の背中にあてられていた彼の右手は腰に移動し、濡れた服の中へ入ってくる。冷たい体温で腹をすっとなでられ、徐々に上へ上へとのぼりつめていった。


「ちょ・・・ヴィ、ス・・・んっ・・・や・・・・っ、やめっ・・・っ嫌!」


右手が鳩尾まできたとき、急に彼は静止した。そして麗を無表情に見ている。








「はっ・・・・はぁっ・・・ヴィス・・・」
「言えるんなら言え」
「・・・え?」


はがれてしまった上着を再び麗にかけ、隣に座る。
何だったのだろう、今のは。
感触の残る首筋を押さえ、冷静に考えられるまで息を整えた。




























”言えるんなら言え”























彼はそう言った。
何のことだろう。自分の言ったことを一つずつ振り返ってようやく気が付く。


「・・・・・・」


”嫌”と彼はそう言わせたかったのだろう。
今までの麗なら、この水汲みも本当に嫌なら嫌だと言ったはずだ。それをここ最近はいろんなものがごちゃごちゃとしていて、断ることができなくなってしまっていた。というより、断る勇気さえ失っていたのだ。
ヴィスウィルはそのことを言っていたのだろう。


「あの、ヴィス・・・・」
「あ?」
「あ、りがと。も、大丈夫」
「何が」
「・・・・ううん、なんでもない」


それからシヴィル達と合流し、教会へ戻った。帰ってきた途端、麗は倒れこみ、そのまま朝まで眠ってしまった。

















































































































「本当にごめんなさい、レイ!」
「もういいって、大丈夫だから。ね?」


麗が目を覚ましてから、カミラは何度目かになる謝罪をしていた。麗自身はカミラの思惑なんて気付いていなかったし、川に落ちたのも自分の不注意だと思っているため、カミラに怒りを覚えることはなかったのだが、カミラは大きな責任を感じていた。


「でも、私が水汲みに行ってれば・・・・レイ、体調よくなかったんでしょ?」
「ああ、そういう訳じゃないの!ただ眠かっただけだし、私がちゃんと断ればよかったの!」
「でも私は・・・!」


すっと手を握られ、口を閉ざす。
細い指の華奢な手。そこから人をなぎ倒す裏拳や手刀が繰り出るとは誰も想像出来ないだろう。


「私は今生きてここにいるからいいの。この話はこれでおしまい!」
「・・・レイ・・・」


その一言でカミラは何も言えなくなり、また笑顔が戻った。一言、ありがとうと言って。

































「ところでレイ、昨日私達が来るまでヴィスウィルと何してたの?」
「え゛?」






































































































「じゃあカミラ、私達行くね!」
「うん、気をつけてね」


見送りにはカミラ一人が出てきていた。まだ朝の七時ごろだ。子ども達は全員寝ている。


「お元気でいらしてくださいね」
「うん。みんなも!あ、ヴィスウィル!」


気が付いたようにカミラはヴィスウィルの腕を強く引っ張り、誰にも聞こえないようにそっと耳打ちした。


「あんた、レイを大事にしなさいよ?泣かしたら泣かすわよ」
「何のことだ」
「・・・とぼけんなっつの!」


笑ってヴィスウィルの頭を一発はたき、一行の出発を見送った。姿が小さくなり、見えなくなるまで手を振ると、一つ息を吐いて子ども達の朝食の準備をするべく教会の中へ入ろうとした。


















「ご協力感謝します」
「――――・・!!」


教会に向けた身体のすぐ前に立っていたのは金髪の青年。その金色の眼に吸い込まれそうになりながらもやっと自我を保つ。


「・・・・ヴィスウィル達にはあなたがここには来ていないと言ったわ。これでいいんでしょ?子ども達には――・・・」
「ええ、大丈夫ですよ。私は約束は守りますからね。それにあなたたちに手を出す程私も暇ではないんですよ」


失礼、といって青年は姿を消した。
















































カミラが謝っていたのは、麗のことだけではなかったかもしれない。









































後書き

うあーい!
第16章完結!
だらだら続きますなー、この小説。
20100222