74
「!」
「ヴィスウィル?」
ようやく暇になり、座ってうつむくばかりだったヴィスウィルが突然顔をあげた。何かを感じ取ったように。
「どうかした?」
「・・・いや・・・」
教会の向こう側を目を凝らしながらヴィスウィルは首を振った。カミラはヴィスウィルが何かを気にしているのは分かっていたが、それでもチャンスは今しかない、と口を開いた。
「あのね、ヴィスウィル。私・・・っ!」
「ヴィスウィル様!」
「!」
上ずる声を必死で抑えて、もう覚悟を決めたときだった。切羽詰ったロリィの声がそれを止めた。
「ヴィスウィル様!レイ様が!レイ様が戻ってこられません!!」
「!」
「え・・・」
もう一時間半は経つというのに。
「レイ様ーー!!」
「レーーイ!!」
「レイーーー!返事しろー!」
子ども達は寝かせ、店は一時閉めて、麗の捜索に出た。どんなに時間がかかっても三十分で戻ってこれる道のりだ。もうすぐで二時間となるのに未だ見つからないのはおかしい。
「兄貴、別れて捜そう。オレはリールと、ロリィはカミラと行こう」
「見つけたら知らせろ」
「分かった」
交信魔法を使えるヴィスウィル、シヴィル、ロリィがばらばらになる組み合わせでそれぞれ別れた。
「くそ・・・っ」
ヴィスウィルは一人、誰にともなく悪態をついた。
誰のせいだ、こんなことになったのは。誰の、誰の!
――――――――・・・自分だ。
分かっていたんだ。森が危険なことくらい。だが、すぐそこだから大丈夫だと思っていた。いや、思い込ませた。どっちにしろ、あの時の麗に、自分は付いていってやれるほどの勇気はなかったのだ。
こんな意地のために。
「!!」
激しく音をたてて流れる川のすぐそばに、水の入った容器が不自然においてあった。
「・・・・これは、まさか」
川下の方は霧に隠れて何も見えない。
「ウララ・・・・!」
「どうしよう!どうしよう!」
「カミラ様、落ち着いて!」
カミラは捜しながらロリィに全てを打ち明けた。こうなったのは不本意だと。
「こんなことになるなんて!ただ私、ヴィスウィルと二人になって、それで・・・っ!」
「カミラ様!」
パニックになっているカミラをロリィは無理矢理足を止めさせ、強く手を握った。
息を切らして、やっと黙る。
「大丈夫ですから。きっと見つかります。それに」
「・・・・それに・・・?」
「レイ様はそのくらいで人をお嫌いになる方ではありませんよ」
「!」
麗の心配をしていたのも事実だ。むしろ、そればかりしていた、とカミラ自身でも思っていたのだ。だが、ロリィに言われて初めて気が付いた。麗を心配するどこかで、麗に嫌われるんじゃないかということを考えていた。
麗には気付かれていないかもしれない。自分がヴィスウィルと二人きりになるために彼女に水を汲ませにいったこと。明るく接していながら、どこかで疎ましく思っていたこと。これを彼女に知られたとき、きっと嫌われる、そう思ったのだ。
そしてもし今、危ない目にあっていたら、自分のせいだと。
「とにかく今はレイ様を見つけることが先決です。ね?」
「え、ええ!」
「魔法で何かレイを見つける方法はありませんの?!」
「・・・・難しいな。レイは交信魔法は使えねーし、もし使えたとしても、今使える状態じゃなかったら・・・」
「縁起でもないことおっしゃらないで!」
「・・・わり・・・」
考えたくないことばかりが頭をよぎる。
麗に限ってそんなことは、と何度も思うが、彼女だって普通の人間だ。確かに強い。だが同じほど脆く、儚い。ガラス同然なのだ。
「いっ・・・!」
「どうした!」
急に足を止めて座り込むリールに気が付き、シヴィルは少し後ろに戻った。
「大丈夫ですわ。少し足を切っただけ。先に行ってください」
「少しって、ざっくり切れてんじゃねーか!」
リールの右のふくらはぎは、落ちていた木の枝でかなり深く切れていた。これでは満足に走れないだろう。
シヴィルは傷口に手を当て、治癒魔法を唱える。
「シヴィル、先に行ってくださいって言って・・・」
「ばか!置いていけるか!」
「・・・っ」
ヴィスウィルの弟は、こんなに頼もしい男だっただろうか。いつも兄の陰に隠れて分からなかっただけだろうか。
「すみません・・・・」
後書き
いいんだよ、短くても。
20100222
|