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「はい、終了です。痛みませんか?」
「うん、ありがとう、ロリィ」


無事バーベキューも終え、子ども達は寝静まった。
もう水に溶けてしまうんじゃないかと思うほど冷やした腕は、ロリィによる治癒魔法で跡形もなく完治した。


「本当にごめん、レイ!私がちゃんと子ども達を止めていなかったから!」
「もういいって。カミラが悪いわけじゃないし、私もぼーっとしていたから。気にしないで」
「でも・・・」
「もう治ったし、ほら、カミラも寝なよ。疲れてるでしょ?」
「・・・・う、うん。おやすみ・・・・」


カミラはもう一度ごめんね、と謝ってから自室へ向かった。ロリィもカミラに続いて、麗に挨拶をしてから部屋を出ていった。ヴィスウィル、シヴィル、リールももう寝室へ行っている。



















これで、麗一人。
















「一人、か・・・」


今までは源玉を見つけて、要素をいれることと、スルクのことで頭も身体も手一杯で、自分が地球に帰ることなんて考えている暇はなかった。いや、そんな理由をつけて考えないようにしていただけかもしれない。どちらにしろ、こんなにこのことを考えたのは初めてで、麗自身どうしたのかと自分で戸惑っていた。家族と会えなくて淋しいのか。カミラ達を見て、自分の置かれている状況を今更理解したのか。
どこをとっても腹が立つ。自分にも、こんな状況にさせた神様ってやつにも。
ああ、ここは教会の一角だった。そんなことを考えていたらバチが当たるだろうか。
そんなことを考えながら麗はいつの間にか礼拝堂まで来ていた。上を見上げれば美しい装飾の天井、壁、ステンドグラス、十字架。
そんなはずない、と思いながらも、何もかも見透かされているようで恐くなった。
何故自分だったのだろう。自分でなければいけなかったのだろうか。何故、自分がこんな目に。こんなこと、もっとふさわしい人が。
・・・・ああ、いつの間にこんなに嫌なやつになったのだろうか。少なくとも、自分が嫌なことは人も嫌だ、と教えられてきた麗は、それだけには気をつけてきたつもりだった。



















「最低すぎるな・・・・・」
「何がだ。お前の顔か?」
「・・・・・・・・・・ヴィス?」


唐突に後ろから声をかけられ、思わず肩を震わせた。暗くてよく見えないが、この澄み切った声はヴィスウィルに違いない。徐々に近づいてきて、確信が現実へと変わる。


「いつまで起きているつもりだ」
「お母さんかっつーの。ていうか、顔が最低って何よ?」


地球で言うならおそらく午前三時ごろ。動物達も寝静まっていて、もちろん、人間の声など麗をヴィスウィルくらいだ。


「ここで何してた?」
「・・・・・・・・・・別に。何となく、気が付いたらここに来てた」


地球に帰る方法でも訊きに来たのか。虫が良すぎる。普段、神様なんて信じる性質〈たち〉ではないというのに。


「お前、さっきから何を考えている?」
「んー、ちょっと、ね。私、考えたらこの世界の人間じゃないんだなあ、て思って」


今でこそたくさんの人と出逢い、易しいとは言えない修羅場を潜り抜け、レベルが上がるほど経験値も積んだが、全部新鮮で全部初めてで、それは麗がこのカシオの人間ではないということを暗に示し続けていた。
”レイ”という名前も今はもう板についてしまっているが、それに存在意義などあるだろうか。本当は自分は”ウララ”であって”レイ”など存在しない。




























「この世界の人間でなくとも、今お前はここにいるだろうが」




















































「・・・・うん・・・・・・――――うん、だから怖いんだよ」
「!」






















































ヴィスウィルは虚を突かれたような表情に一変した。彼女の口から”怖い”という言葉が出てくるとは思えなかったのだ。












































































「ここにはヴィスウィルもシヴィルも、ロリィやリールも、カティさんやイヴァンさん、マリス・・・いろんな人がいる。みんな大事だよ、みんな失えない人達。・・・・―――でもね、それは私の世界にも同様にいるの」





































このまま、別れを告げてはいけない人達が。




























































「だから、だからね、帰らなきゃいけないんだよ、いつかは」


今とは言わない。源玉を見つけ、要素をラグシールに入れてからでも。でも、それまでに帰る方法が見つかるのだろうか。

































「ねぇヴィス、帰る方法なんてあるの?」


いつになく弱気で、彼女らしくないぐっと何かをこらえるような声。


「いつか見つかる」
「いつかじゃだめなの!」


荒げた声が堂内に響いてこだまする。こんなに強く言うつもりでは、と気付いても、込み上がってきてしまった思いは自分ではどうしようもなかった。


「いつかっていつよ?それが旅の途中か、終わってすぐならいいけど、もし、もし、死んじゃってからだったらどうするの?私もうみんなに会えないの?」
「もう黙れ」
「何で、何でっ・・・・!私の世界はどこにあるの!もうどうしたらいいか分からな―――――――――――・・・!」
















































































冷たい唇が、麗の口をふさいだ。




































































暗くてもこれだけ近づけばそれが何なのかなんてすぐ分かる。
やっと顔を見せた月が背後から白銀の髪を照らした。幻想的に綺麗なのに、そんなことも考えられないほど麗の頭の中は真っ白だった。思考停止、その言葉が今の状況ほど似合う時はないだろう。








































――――――――――――数秒。


















































止まってしまっていた時間を再開させたのはゆっくりと口が開放された時だった。月が彼の顔をはっきりさせる。


「もういい、分かった」




























「・・・・・・・・・・」

























しばらく麗の顔を見つめた後、ヴィスウィルは何も言わずにその場から立ち去った。
その途端、麗の膝はかくん、と折れ、床に座り込んでしまった。


















































「・・・・・・・・・・何・・・・・・・・・・・・」







































後書き

いやあ!すっげ、楽しかった!!
この作品始めた時からやりたかった回!
やっと辿り着いたぜ!いくつもの日々を超えたぜ!
この日のためにやってきたんだぜ!(半分本気)
ああ、これからの楽しみがなくなっちゃうなあ・・・

20100106