68


















Cis国、カシスの一番西に存在する国である。温暖化進むこの世に中にはありがたいほど緑に長け、町は潤っている。永世中立国であり、一年前の戦争にも参加していない。というのも、戦争ができるほど国民がいないのだ。国面積も小さく、比例して国民も少ない。一万人のうち、仮に戦争をしていたとしても戦場へ出れるのは三千人ほどしかいない。昔からその状況の続いているCis国は永世中立国となったのだ。


「Cis国までどのくらいかかるの?」
「二時間弱だな」
「うへー・・・またそんなに馬に乗っとくの?」
「てめーは乗ってるだけだろ」
「いいわよ?私が手綱持っても。三日でこの馬、使い物にならなくしてやるわ」
「なめるな。俺は二日だ」


何やらぶっそうな会話に二人を乗せている馬はヒヒン、と鳴いた。自分がこの先どんだけ虐げられるのかと想像すると、そのまま脱走計画でも立ててやろうかとも思えてくる。


「とにかく、Cis国まで着いちまえば一日でオレジンには着く」


不安がる馬をなでてやりながらシヴィルは二人は間に入った。こうでもしなければ馬が殺される。


「エイス系はツィスには劣勢だが、ロリィは大丈夫か?」
「はい。劣勢といってもCis国は基本どの系統にも平等な系統です。他の系統の劣勢の度合いに比べたら楽な方ですよ」


ツィス系はエイス系に強く、ディス系に弱い、と一応の優劣はついているものの、それは指先ほどのものだ。無駄に魔法を使ったりしなければ普通に過ごせる。とくにロリィのように魔力のコントロールがうまい者だったら全く応えないのも同然だろう。まず、クルトと別れたとはいえ、まだここはメシュア国だ。Cis国とは反対側の国境付近で留まっていたため、目的地にはまだ程遠い。





























「落ち着いたら、かー・・・」
「何ですの?レイ。唐突に」
「あ、いや、ほらクルトが言ったじゃない。落ち着いたら連絡くれって」


旅に出られない悔しさと、短い間だったけど共に過ごした仲間といえるべき存在との別れ。それがつまった涙を精一杯こらえて大声で叫んでいた姿を思い出す。苦労してきた日々は十歳という年齢をいくつも大きく見せていた。だからこそ彼の年相応の姿は新鮮で、頭から離れはしない。


「それがどうしたんですの?」
「うん・・・いつ落ち着くかな、て思って・・・」
「それは・・・」


きっとこの後何ヶ月も旅は続く。スルクが自分達の前を行っている今、落ち着く暇はないだろう。たとえ後ろにいてもまた然り、だ。だったら一体落ち着くというのだろう。
それは多分、旅の終わりを意味しているのではないだろうか。


「ああごめん。暗くさせるつもりはなかったんだけど、何か旅してることが普通になっちゃってそうじゃない時が思い浮かばなくってさ」


誰も喋らなくなってしまった様子を見て、麗は慌てて弁解する。そこにロリィの少し淋しそうな声が降ってくる。






























「そうなったらレイ様は地球に帰られてしまうんですか?」
「!―――・・・」






























思わず息を呑んだ。
そうだ。この世界に慣れて、この世界の事情を知って、当たり前にこの世界で過ごしていたが、いずれは地球に帰らねばならない。不思議とこの世界での将来は思い浮かばなかったが、地球に帰るということも想像していなかった。


「そ・・・・うか、そうだね。帰らなきゃね。忘れてた・・・」


自分で驚いてしまった麗は手に口をあて、気持ちを落ち着けた。だが、落ち着くべきではなかったと気付いてからでは遅かった。落ち着いてからやっと思い出す問題。




































「どうやって帰ろう・・・」




































「・・・・・・・・」


誰も答えることができず、麗を皆が黙って見守る中、ヴィスウィルだけがただ黙って麗の後ろで手綱を引いていた。


「こっちに来た方法も分かんないのに、帰る方法なんてあんのかしら?」
「来ることができたんなら何かしらの方法があんだろ!探していくしかねぇよ」
「うん、まあ、そうだね」


シヴィルの言葉に勇気付けられながらも、麗は久しぶりに複雑な思いに駆られた。




































































































「あなたがラグシール国第一王子、ヴィスウィル様だと証明できるものはありますか?」
「だから!あなたヴィスウィル様のお顔もご存じないんですの?!本当失礼ですわね!」
「やめなさいって、リール」


今まではラグシール国王子と名乗るまでもなく、顔パスで入国許可をもらえたのだが、Cis国まで離れてしまうと、ヴィスウィルの顔もあまり知られていなく、入国許可証を取るのに手間取っていた。いわゆる、関所である。
リールは自分のことはおろか、愛する”ヴィスウィル様”まで知らないなんて、とギャアギャア騒ぎ立てていた。麗が必死で宥めるが、しばらくおさまりそうにない。


「でも困ったな。どうしてもここは入らねーと・・・」
「・・・・仕方ない。魔力をかなり使うからあまりやりたくなないが・・・」


そうつぶやいてヴィスウィルは右手をすっと開いてみせた。静かに詠唱を唱えると、小さな風が起こり、彼の手のひらには何やら氷で美しい模様が形作られていた。氷の結晶をつるで囲んだような、立体的な模様。


「何、これ?」
「アスティルス家の徽章だ」
「え?!初めて見るんだけど私!」
「見せてないからな」
「ははは、殴りたい」


どうやらその魔法はかなり力を要するようで、数分もせぬうちにヴィスウィルは力を収めた。


「さあ、見ましたでしょ?!今の美しい徽章!まさかそれも知らないとは言わせませんわよ!」
「・・・・・・はて?」
「・・・・なめてんですの?こいつ」


関所に立つ男はどうやら馬鹿にしているわけではなく、本当に知らないらしい。
魔力を徽章に形取ることは相当な魔力とテクニックがいるため、王族ぐらいにしかできない。この場合、イヴァンやマリスなどの例外常習犯は当然除く。
そのことも分かっていないらしく、なかなか首を縦にふろうとはしない。


「ていうか、徽章なんて大層なもの、王族しか与えられないでしょ。お願いだから通してよ」
「そう言われましても・・・・」


関所で仕事するんなら王族の徽章くらい覚えとけ、と麗までいらいらし始めたころ、一つの明るい声がが言い争いを断ち切った。


「ヴィスウィル!」
「!」


見ると一人の少女がこちらへ向かって走って来ている。
襟足が見えるくらいに短く切った赤茶色の髪をさらりとなびかせ、嬉しそうに手を振っていた。


「ヴィスウィル!どうしてここに?あ、私のこと覚えてる?!」
「・・・・・お前は・・・・」


ヴィスウィルは目の前に立つ少女を怪訝そうに上から下まで目を移した。
小さな頭、緑かかった瞳、長い手足。いかにも柑橘系の果物を思わせるその少女は言わずとモテるタイプだ。




















「・・・・・カミラ・・・・?」
「そう!嬉しい!覚えててくれえたんだ!」


記憶の奥底からかなりの時間をかけてやっとこさ搾り出した答えでも充分嬉しいらしい。覚えていた、というよりは適当に言ったのではなかろうか。














「カミラ先輩、この方たち本当に・・・・」
「何言ってんの!見りゃ分かるでしょ!ラグシール国第一王子、ヴィスウィル=フィス=アスティルスじゃない!まさかあんた疑ってたの?失礼ねー・・・」


そう言っている割には自分もしっかり王子を呼び捨てにしている。どうやらカミラはこの関所のトンチンカンな男の先輩らしい。


「ごめんね、こいつまだ始めたばっかだから何も知らなくて。許してやって?」
「あ・・・はぁ・・・」


お姉さん気質を見せるその雰囲気と、強引さにはうなずくか術はなかった。








後書き

連続更新。
あとちょっとだけストックあるぜ。
この章、実はFly Again始まって以来のゲロ甘な回。
20091225