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「ん・・・」
「ロリィっ!」
「・・・・・レイ、さま・・・?」


目を開けた途端、飛び込んできた顔に驚きつつもロリィはその名を呼んだ。相当な心配をしていたのだろう。眉を寄せた厳しい表情から一変してほっとした表情になったのが驚くほどよく分かった。
周りにはヴィスウィルとリールとクルトもいた。相変わらずヴィスウィルは無表情だが、他の二人はいくらか心配もしていたようだ。ほっとため息をついたのが分かった。


「シヴィル様は・・・?」
「ああ、貧血だから少し寝るって。大丈夫そうだったよ。怪我もしっかり治ってたし」
「怪我・・・・?あっ!」


怪我、と聞いてロリィは飛び起きた。今自分がこうして無傷でいられるのはどうしてだろう。結界なんて張る余裕はなかったはずだ。
天井が崩れて自分に降りかかってくるその直前、ロリィの目の前に飛び出してきたのは・・・


「レイ様!!お怪我は?!わ、私を庇って・・・!!」


ボーっとしていた頭が一気に覚醒し、意識を失う直前のことを思い出した。
無傷なのは他の何でもない。麗が庇ってくれたからだ。
ロリィはとっさに麗の手を握り締めた。


「あ、私?大丈夫だよ、ヴィスがちゃんと治してくれた」
「あ・・・そう、ですか・・・でも、私を庇ったせいでお怪我はされた、んですよね?」
「もう、ロリィ!ロリィが落ち込むことないったら!怪我してないって言ったら嘘だけど、今は大丈夫なんだからもういいの!」
「ですが・・・」
「いいの!もうこの話はおしまい!ね?」
「・・・・・・・レイ様・・・」


ロリィの小さくなった声を上から重ねて反論をさせない。それは麗なりの思いやりだということは誰でも分かる。
ロリィは少し微笑むとありがとうございます、と本当に心をこめて言った。この人には何も逆らえない、と。




















「ロリィ」


と、ヴィスウィルが神妙に彼女を呼ぶ。


「目が覚めたばかりで悪いが、辛くないなら少しいいか?」
「・・・・・はい、大丈夫です」


きっとロリィはヴィスウィルが今から何を話そうとしているのか分かっているのだ。麗への感謝の気持ちを引きずりながらも、きりっと表情を引き締める。


「ヴィスウィル様、ヒールのことですの?」


ずっと黙っていたリールがやっと口を開いた。彼女こそ、アロイスの口から”ヒール”という名前を聞いた一証人だ。彼女なりに考えることもあったのだろう。


「・・・・そうだ。確かにアロイスは”ヒール”と言った。奴と関係があったということだろう」
「はい。私はお城に入って時間がたっていなかったので、あまりよくは知らないんですが、どうやらアロイス王はヒールに宝石に魔力を溜めるよう命じられていたようです」
「宝石を・・・何のために・・・」
「奴が直接手を下したとは考えにくいな。おそらくスルクでも差し向けたんだろう」
「ねぇ、ちょっとまって」
「何だ」


スタートラインから未だ踏み切っていなかった麗がやっとの思いで話を止めた。そこでやっと皆は後ろを振り向いてくれたのだ。


「何だ、じゃないわよ。全く意味が分からない。奴とかヒールとか誰よ?」


奴=ヒールということは話の流れでなんとなく理解できたのだが、そもそもヒールという人物が何者なのか分からないことにはどうしようもないだろう。
少し前に聞いたことある名前だったが、結局その時も分からないままだったので、聞くには丁度いい機会だ。
ヴィスウィルは、そういえばまだ話してなかったな、とため息をついてゆっくりと話しだした。






ヒール=ツェス=アクス。キルス国王、キル族現統治者であった。めったに人前にその姿を現すことはなく、容姿どころか存在までもが謎に包まれている。だが、残酷なまでのキル族の王であり、何より現に源玉で何かしようとしているのだ。とてもじゃないがいい人ではないことは分かっている。
キルス国の要素の激減期はほんの三年前にきたばかりだ。源玉でしようとしていることは少なくともいいことではないだろう。


「ヒールって確かスルクが言っていたのよね?てことはスルクの上司みたいなもんね」
「そのスルクがあの城に来てたってことだ」
「え、それって・・・」


麗にもそれは容易に想像がついた。

















「ああ、スルクは既に俺たちの前を行っている」
「―――――!」


つまり、このままでは確実に先にツィスのオレジンに着かれ、源玉をとられてしまう。そうなったら最後、ツィスの要素を入れることはできない。ラグシールのツィスの要素の割合は少ないとはいえ、やはりないと大変なことになってしまう。


「ロリィが落ち着いたらすぐにここを出るぞ」
「―――うん・・・!」






























































「なんでだよ!俺も連れてけ!」
「だからね、クルト・・・」


一時間ほどたって、クルトの家を出る時だった。すぐにCis国に向かうと聞いたクルトは麗たちが出発の準備をしている間、ずっと一緒に連れて行けと言い続けていた。もちろん、連れて行くことはできない。十歳の子どもに旅の体力などないし、第一にスルクという敵までいるのだ。危険極まりないこの旅にこれ以上巻き込むわけにはいかないのだ。
そう何度も説明したのだが、クルトはそれでもいい、と一歩も引かなかった。これがただのほんわかした観光の旅なら連れて行きたいのは山々だが、そうもいかない状況に麗たちは困り果てていた。


「あなたが思っているほど安全な旅じゃないんですのよ?いいかげんあきらめなさい!」
「リール、もうちょっとオブラートに包みなさいよ」


最初は説得なんて麗やロリィに任せようとしていたリールだが、クルトの頑固さについに口調を強めて食いかかった。


「だからそれでもいいって言ってんだろ!」
「もー・・・ヴィスも何とか言ってよ」
「・・・・・・」


ヴィスウィルは一切介入しない、と言ったようにあらぬ方向を見ていたが、麗に話を振られ少しだけクルトを見て言った。


「俺はどうでもいい」
「本当か?!じゃあ・・・!」
「ちょっとヴィス?!」
「ただな」


何を考えているのかと掴みかかろうとした麗に、少し食い気味に口を開く。


「今まではただ危険、で済んだかもしれない。だがこれからはそれに加えて世界が関わってくる。キル族は世界の敵だ。それに俺たちはこれから本気で食いかかろうとしている。もう危険、と一言では済まされない。世界を相手にする覚悟があるんなら勝手にしろ」
「――・・・っ・・・」


クルトは”世界”という言葉の重みに下唇を噛んだ。
町も出たことのない少年に、世界はあまりにも大きすぎたのだ。


「だからあんたもちょっとはオブラートに包みなさいって」
「包んだだろうが」
「あんたのオブラートどんだけ薄っぺらいのよ」


ヴィスウィルと麗がいつもの言い争いを続けている中、うつむくクルトにシヴィルが少し微笑んで話しかけた。


「それに、お前には母ちゃんもいんだろ。お前いなくなったら母ちゃんどうすんだよ」
「それは・・・」


麗が治したとはいえ、今まで病人だったのだ。そして完全に治せるほど治癒魔法は便利なものではない。未だ治療中であるとこには変わりないし、何よりカリスには今クルトしか家族がいないのだ。例え病人でなくとも、クルトは欠かせない存在。
それをクルト自身も分かっているだろうから、この話題を持ち出すのは少々卑怯だと感じたが、それが事実である以上、仕方ない。






























「わかった、残るよ・・・・」
「よし、偉い!」


麗は子どもをあやすようにクルトの髪をくしゃっとなでた。
最初は嫌がっていたクルトだが、麗の力に敵わないと分かると、しばらくされるがままになっていた。
旅に出たいのは分かる。いくつになっても、いつの時代も、たとえ世界が変わってもそれは少年の夢だろう。だからといって命を落とすかもしれない旅には連れて行けないのだ。



















「落ち着いたら!・・・・・連絡くれよ!!」


クルトは少しずつ離れていく五人の背中にめい一杯叫んだ。
ヴィスウィルは相変わらずだが、他の四人は振り返り、肯定の返事の代わりにゆっくり手を振った。








後書き

第15章、終了です!
つーか三ヶ月ぶり・・・
暇はあったのだがストックがなかったのです。
最近ちょっとためたからあとからまた更新するかも。
月一で更新していきたいよな、全く。
就職したらそんな暇ないんだろうなー・・・
20091225