66


















アロイスに命を受けた二人の侍女は牢屋に続く道を走っていた。ロリィは手を引かれたままで、自分より足の速い前の彼女を見ながらも息を弾ませる。彼女はあまり答えていないようだが、もう自分は体力の限界が近い。それに、気が付いたらこの道の先に牢屋はない。


「ちょ・・・・っ・・・すみませ・・・こっちは牢屋じゃな・・・」
「当たり前よ。牢屋なんて目指してないもん」
「え?」


驚いたのはその事実にではない。どう考えても聞いたことのある声。それもすごく聞き慣れた。よく通るソプラノとアルトの中間くらいの音。自分の手を引っ張る細く白い腕。こげ茶の綺麗な髪。


「あ・・・あなたは・・・」
「久しぶりね、ロリィ!」
「レイ様!」


ほんの何時間か会わなかっただけだったのに、本当に久しぶりのように思えた。
前から思っていたが、こんなに心強く思えるなんて、あなたはどこまで強くなるつもりなんだ。誰よりも強く、優しく、美しく、その名の通り麗しく。
息を切らしながらもロリィはくすりと笑った。


「牢屋の人たちはシヴィルとクルトがどうにかしてる!私達はなんとかここを脱しゅ・・・何この揺れ・・・」
「・・・地震?」


突然、地面から壁へ、天井へ揺れ、だんだん激しくなっていく。地震にしては長すぎて大きすぎる。
そのうち天井や壁からボロボロと崩れたものが降りかかり、そして―――――――・・・・






























「ロリィ危ない!!!!」
「え・・・」



























麗はロリィに被さり、そのまま2人とも瓦礫の中へ埋もれていった。














































































「おいクルト!しっかりしろっクルト!!」
「ん・・・」


頬と肩に軽い衝撃を感じて、うっすらと片目ずつ開けた。鉛のような空と暗闇よりは明るい光と共に、シヴィルの整った顔が見えた。こうして見てみると、なんてヴィスウィルと似ているのだろう、とまるでどうでもいいことを思った。性格にはいくらかの違いがあるが、その端正な顔立ちといい、髪の色合いといい、その雰囲気といい、例え何km離れたところにいようとこの2人は兄弟だと断定する自信がある。
いや、今はそんな自信に浸っている場合ではない。一体何が起こったというのか。丁度最後の1人を牢屋から外へ逃がし終わった時だった。鼓膜が狂ってしまうんじゃないかという程の激しい爆音と立ってはいられないほどの揺れ。庇うように叫びながら飛び込んでくるシヴィルが意識の最後だった。情けなくもその後は気を失ってしまったらしく、今シヴィルに起こされるまで数分ではあるが記憶がない。


「・・・えっと・・・・一体何が・・・・」
「あー、まだ寝てろって。どうやら城の中で爆発が起こったみたいだ」


起きて周りの状況を確かめようとするが、シヴィルに止められた。彼はクルトを横にならせると、背後を振り返りながら言葉を濁した。助けた侍女達が怪我や恐怖ですすり泣く声、城だったとは思えない程までに崩れた瓦礫の山からはところどころ火の手が上がっている。埃と爆煙が入り混じり、何が焼けたのかも分からない鼻腔をつく匂いに思わず口を覆った。


「大丈夫か?大きな怪我は・・・・ないみたいだけど・・・・」
「うん、オレは大丈夫。ちょっとフラフラするだけ」


きっと爆音のせいで三半規管がいかれてるのだろう。それが脳にまで響いているのか、ボーとした頭で状況を整理した。
すると、今の自分の状況よりももっとまずいことがあることに気が付いた。


「!!!・・・っ!姉ちゃんたちは・・・?!・・・・っつ・・・」


思わず起こした身体にまだ抵抗があったのか、頭がずきりと痛み、再び身体を倒した。


「分からねぇ・・・それから、兄貴達ともまだ会えねぇんだ。多分、大丈夫だと思・・・・っ・・・く・・・」
「シヴィル?」


話の途中で顔を大げさなまでに歪め、どっと手をつくシヴィル。ちら、とわき腹の方に赤黒く染み込んでいるものがあった。


「っ!ちょっ・・・・お前その怪我・・・・っ!!」
「・・・大丈夫、大したことない。あとで治癒魔法でもかけてもらえば済むことだ」
「・・・でもそれ、オレを庇って・・・」


薄く笑うシヴィルの額には大粒の脂汗が滲んでいる。クルトの位置からは見えないが、シヴィルの背中は肩から腰にかけて大きく焼けただれていた。
爆発の際、とっさにクルトを自分の内側に丸め込み、爆発を背でうけてしまったのだ。


「ごめん・・・オレのせいで・・・」
「バーカ。なんでお前のせいなんだよ?意味分かんねーこと言っ・・・あ、兄貴!」
「え?」


ふと人の気配が近づいてきて、視線を上げるとそこにはリールを抱えるヴィスウィルの姿があった。
ヴィスウィルはいつものように無表情で見る限り大きな怪我はないようだ。リールも気を失っているものの、顔色が悪いわけでもなく、ほとんど無傷に近かった。
きっと爆発が起こる直前にとっさいにヴィスウィルが結界でも作ったのだろう。それでもふせぎきれなかったものが、彼の服や肌に小さく跡を残していた。
シヴィルとクルトを見つけると、クルトの横にリールをそっと寝かし、シヴィルに向き直った。


「後ろ向け」
「へ?あ・・・・お、おう・・・」


とっさのことで訳が分からなかったが、きっとシヴィルの怪我に気付いていたのだろう。半ば強引に背中を向けさせると、それはクルトの目にも充分見えたようで、はっと息を呑んだようだ。
目を背けてしまうような怪我に、ヴィスウィルも一瞬目を細めた。シヴィルは大丈夫だから見んな、と自分の手でクルトの目を覆った。戦争も経験していないであろう十歳の子どもにはいささか刺激が強すぎる。
ヴィスウィルが治癒魔法を唱えると、ただれていた皮膚が再生し、ただ血と破けて形を成さない服が残るのみとなった。燃えるような痛みももうない。


「サンキュ、兄貴。・・・・それで、レイ達は?」


軽く礼を言って向き直ると、ヴィスウィルは小さく首を横に振った。


「分からん。俺たちは結界を張ってどうにかしたが・・・」
「でも、レイにはロリィもついてるだろ?ロリィだったら結界くらい・・・」


いや、と否定し、城の中でのことを手短に伝えた。
確かにロリィは結界を張ることくらい訳ないが、今回は別だ。アロイスによって宝石への魔力の提供を強いられていたとしたら、結界を張るだけの魔力は残されていなかったかもしれない。当然麗の使える魔法は治癒魔法に限られているので、麗にも結界を張るのは無理だ。


「じゃ、じゃあ・・・」


反応を確認するために恐る恐るヴィスウィルを見上げるが、彼は無言でザッと立ち上がった。どこに行くのかと訊ねても何も言わず、追いかけようとするが、シヴィルは血の流しすぎで立てる状態ではなく、クルトもまだ意識を保っておくのがやっとだった。
麗を探しに行くのだろうということは分かっていたが、一体どこを探すのだろう。あまり大きくない城だったとはいえ、東京ドームくらいの広さが被害にあって、もはやどこがどの部屋だったのかもさえ予測すら立てられない。にも関わらずヴィスウィルは周りを注意深く見ながら奥へ奥へと進んでいった。彼には麗探知機でも備わっているのだろうか。信じられない。




























やがてヴィスウィルはある一点を見て、わずかに目を見開くと、そこへ駆け寄っていった。見れば瓦礫の中からほんの少し手が見えている。煤や泥で汚れてしまってはいるが、透き通るようなその肌の色。


「ウララっ」


見るからに軽そうではないコンクリートを片手で押し上げ、横の方へ払い、彼女の上に何もない状態にまですると、その華奢な身体を抱き起こす。


「ウララ、しっかりしろ」


彼女の下は無傷のロリィが気を失っていた。
静かに名前を呼ぶと、くっと顔をしかめ、ゆっくりとその大きな目を開いた。


「大丈夫か」
「ヴィスウィ・・・・っげほっごほっ・・・・」


聞いている方が苦しくなるような声でヴィスウィルの名前を口にしようとするが、最後まで言い切る前に咳き込み、わずかに吐血する。どうやら腹部を激しく強打したようで、内臓が少しやられてしまっているらしい。意識はなんとか保っているが、腹部を中心にあらゆるところが痛み、話せる状態ではないようだ。
ヴィスウィルは顔をしかめ、麗の状態を把握すると、彼女の腹部にすっと手を触れた。黄緑色の光を放ち、やがておさまっていく。


「あ・・・・りがと・・・一体何が・・・」
「後で話す。それ以上喋るな」


ヴィスウィルは麗を黙らせると、動けるようになったシヴィルを呼び、ロリィを運ばせた。
クルトも自分で歩けるようになり、リールも目を覚ましたので、一旦クルトの家に戻ることにした。
捕らえられていた侍女たちは警察が保護してくれるだろう。王の生死は誰も知らない。












後書き

哀れ、アロイス王。あいつちょっと書くの楽しかった。
今回ちょっとシヴィルがかっこいい(ように書いた)
ほら、いつも中途半端にかっこつけてるからかっこつかないじゃないv笑
今までのシヴィルで一番好きになったよ、シヴィル。
そしてヴィスウィルには麗探知機が付いているという噂、強ち嘘でもなかったりしてね。
20090910