65


















メシュア国。それがこの国の名前だ。五大要素は多い順にDis(火)、Cis(木)、Ces(土)、Eis(風)、Fis(氷)。リル族が多いこの世界には珍しく、リル族とマヤル族が同じくらい共生する国である。
現統治者はアロイス=ディス=バーレ。比較的潤って平和な国であったメシュア国だったが、彼が王座についてからというもの、王制は変わった。福祉国家だったことは微塵も感じられず、皆、王のために税を納めるようになった。そのため貧富の差は激しくなるばかり。さらに悪いことには王は定期的に町を見回り、気に入った町娘を連れ去って城の侍女にするのだった。逆らった者には軽いとは言えない刑が下り、またその邪魔をした者もただではすまない。


「それでロリィがさらわれるのをあいつ、黙ってみてたらしいから思わずカッとなって・・・」


その様子を想像したのか、麗は握っていた拳をさらに強く握った。王様にも、あの薬屋のオヤジも、またオヤジと同じように黙って見ていたであろう町民にもイラついていた。それがこの国の常識であろうと、麗の中ではそんなもの成り立ってはいない。たとえそれがロリィでなくても助ける努力はしたはずだ。


「ロリィ・・・」
「とにかく!」


湿きった雰囲気を断ち切るようにシヴィルが立ち上がった。


「ここでぐだぐだ言ったってしょうがねぇ!ロリィを助けに行くぞ!」
「シヴィル・・・」


シヴィルの声に活気付けられ、ロリィを助け出すための作戦会議が始まり、それは夜遅くまで続いた。






























































































































「さあお前ら、今日もこの宝石に・・・」
「アロイス様!」


玉座で威厳のある髭をはやした男は、床に跪くロリィを含む侍女5人を見下ろし、右手に手のひらサイズの水晶を持っていた。だが、水晶というには中はあまり透けておらず濁っている。とても綺麗といえるものではなく、鈍く光を放っている。


「何だ、今立て込んで・・・」
「はっ!申し訳ありません!ですが、アロイス様に是非面会を、とおっしゃる方が!」


急に入ってきた衛兵はすぐさま跪き、頭を垂れたままで歯切れよく報告した。アロイスと呼ばれた王は面倒臭そうに追い返そうとするが、衛兵の妙な言い方に眉をひそめる。


「面会とおっしゃる方・・・?」
「はい!」


険しく細められた目が自分を睨んだような気がして、下げていた頭をさらに深く下げる。しばらくはそのままで、だらだらと冷や汗が流れるが、やがてアロイスは侍女達に下がらせ、客人を通すように言った。
無駄に豪勢に飾り立てられた椅子に座りなおし、アロイスは同じ衛兵にもう一度問うた。


「それで、その客人というのは?」
「そ、それが・・・」
「私ですわ」


侍女たちが横の方に並び終えた頃、玉座の真正面の扉が開け放たれた。あまりの光にアロイスは目を細め、客人を見ようとするが逆光でよく見えない。髪が長いシルエットからしてどうやら女性であることは分かる。そしてその後ろには体型からして長身の男がいる。


「・・・・あなたは・・・?」
「お初にお目にかかります、アロイス=ディス=バーレ王。私、フィス国第一王女、リール=フィス=クレアと申します」


カツカツと前に歩き、ようやく顔が分かるようになると、よく響くソプラノの声が名を告げる。
それを見てロリィははっと息を呑むが、リールに目で黙るように言われ、焦りながらもやむなく口を堅く結んだ。


(リール様、どうしてここに・・・それに、後ろの方は・・・)
「ほう!あのフィス国の第一王女であらせられたか!申し訳ない、王になっての日もあまり深くないので顔も知らず・・・」


アロイスはとても申し訳なさそうに顔を歪める。だが、なんと演技染みたものであろう。そこからは欠片も気持ちが伝わってこない。


「いえ、私だって始めてお会いしたんですもの。謝る必要は全くありませんわ」


メシュア国は以前からフィス国の恩恵を受けていた。今も例外ではなく、少しではあるがフィス国からの支援物資や輸出入がなければ国は成り立たない。というのも、一年前の大規模な戦争で、このメシュア国も大きな被害を被り、未だ完全復興はしていないからだ。
そういうことで、メシュア国はフィス国に頭が上がらない。


「いや、寛大な心をありがたく思います。それで、そのフィス国の王女が如何様でここに?そして後ろの方は・・・」


アロイスはリールの後ろで無表情に佇む男をちら、と見た。さらりとした銀髪、見たものを凍らせそうな鋭い目は透き通った碧眼。すらっとした体格は細い線とは裏腹に筋肉で引き締められていた。
どこかで見たことある、と微かに思ったが、記憶にないのなら大した人物ではないのであろう。


「ちょっとこちらに用があったので、せっかくだから挨拶させていただこうと参りましたの。後ろの者は連れの者ですわ。どうぞお気になさらず」


最初から気に留めるつもりもなかったので、アロイスはさらっと流してしまった。リールの緊張が少しとれたのも知らず。


「それはわざわざご足労を・・・・連絡いただければ迎えの者をよこしましたのに・・・」
「いいえ、大丈夫ですわ。私が思いつきで来たんですもの。・・・ところで・・・」


よくもまあこんなにぺらぺらと気の利いたことが言えたものだ、とロリィは感心しながらきいていた。どうせでまかせだろう。まさかあのリールにこんな才能があったとは。イヴァンの修行でそれ以上のものを学んだのかもしれない。


「最近侍女を増やしていらっしゃるそうですね。何か理由が?」


噂に聞きまして、と付け加え、微かに声を低くしたのをアロイスは気付いていない。


「はは、大した事ではありませんよ。仕えていた者が里帰りしたので新しい者を雇ったまでですよ」
「あら、里帰りですか」
「ええ」


リールはにこ、と笑うが、その目はくすりともしていない。
並んでいる侍女も王の言葉に何を言うのだ、とぴくりとするが、まさか盾突く訳にもいかず、黙って見ているしかできなかった。






























「ああ、そういえば教えていただきたいことがあるんですの・・・」
「はて?何ですかな?」


にたりという下品な笑みが気に触って仕方ないが、ここでキレてしまえば計画がぱあだ。我慢するしかない。
あくまで演技を続けるリールであったが、ここからはいよいよ核心に迫るところだ。演技どころではなくなり、思わず睨みをきかせて言ってしまう。































「町娘を攫って侍女にするのは雇うってことになるんですの?」
「・・・・・っ!」
































予想外の質問にアロイスは顔を歪め、息を呑んだ。まさかそこまで伝わっているとは思っていなかったのだ。


「それからもう1つ。牢屋の鍵の番号、教えてくださいません?」
「何?!」


おそらく牢屋には今まで働いていた侍女たちがいるのであろう。アロイスは焦りでもう余裕などかましていられなかった。


「私の仲間がきっと今頃辿り着いていると思いますの」
「・・・・っ!!貴様・・・・っ!おい!お前達誰か確かめて来い!」
「はっはい!!」


アロイスは立ち上がって並んでいた侍女を指差し、大声を上げた。それにびくりとした侍女2人がパタパタと走っていく。そのうち1人はロリィで、もう1人に手を引かれている。


「・・・・・何が・・・何が望みだ・・・・」


先程まですらすら出てきていた敬語もどこへやら、今はただ憎悪しかない声色でリールを睨みつけている。


「別に望みなんてありませんわ。・・・・そうですわね、あるといえばあなたが何をしてらっしゃるのかということ・・・」


人差し指を顎に当て、かわいらしいポーズをとるリールであるが、発せられるオーラはとても愛でられるものではなかった。むしろ一歩下がってしまいそう。


「私がしていること・・・?」
「そう。侍女ばかり集めて、何をしてらっしゃるのかしら、って。もしかしてその宝石に関係するんですの?」


リールは玉座のすぐ横に飾られている水晶を見て、またアロイスに視線を戻す。














―――――――宝石。












それは簡単に言えば魔力蓄積器である。魔力をその水晶にため、体内に取り込むことで爆発的な力を手にすると言われている。ただそれは同時にかなりの危険を有するため、世界で禁術として定められていた。ただ、宝石自体は製造中止となっているものの、あらゆるところで未だ散らばっている。

































「言えないことですの?」
「・・・・・・・・・・・・・ふっ・・・・・・・いいだろう。教えてやろう」


アロイスは止まらなかった冷や汗をぬぐい、開き直ったかのように不気味に笑い出した。それに思わず、警戒心を強めてしまう。
























「侍女は名前だけだ。魔力のある者を攫い、この宝石に力を注いでもうら、そのためだよ、リール姫・・・」





















「・・・・・・・それを、どうしようというんですの?」
「どうする?そんなもの決まっている・・・・!」


アロイスは天を仰ぎ、両手を広げた。
笑った口元、焦点の合わない目。周りとは何か違うものを見ているようにしか見えない。
そして、信じがたいことを口にした――――――・・・・





















































「ヒール様に捧げるんだ・・・・!!」


























































「・・・・っ!!ヒール?!」


まさかその名前がでてくるとは思わなかったリールは取り乱してしまう。だが、アロイスは全く気付いていない。


「だがどうする?!そんなことを知っても、お前の国の一存だけでは俺は失脚させられんぞ!!いや、その前にお前も国にかえれないかもなあ!!」


アロイスは勝ち誇ったように高笑いを響かせる。
事実だった。
この世界の決まりとして、王の任をはずさせるのには他の2国の承諾を得ることが必要である。それを知っていてアロイスはリールに本当のことを話したのだ。だが、これを聞いていたのは本当にリールだけだっただろうか。


















































「・・・そう、でしたわね。じゃあ、フィス国だけじゃなければいいんですのね?」


















































「・・・何?!」


ヒールの名前にまだ動揺していたリールであったが、今はそれどころではない。今度はこちらがにやりとする番だ。
今までずっと黙って突っ立っているだけだったリールの後ろの男はそこで初めて一歩前に出た。
下げっぱなしだった視線を上げてアロイスを見る。

























「ごめんなさい。黙っているつもりはなかったんですけど、この連れの方、ラグシール国の方ですの」

























冷たい視線を向けられたアロイスは急激に青ざめ、対称にリールはにこりと笑う。


「ラ、グシール国・・・ってまさか、あんた・・・っ!」

























「お初にお目にかかる、アロイス王。私はヴィスウィル=フィス=アスティルス。お察しの通り、フィス系総代、代々リル族を統べるアスティルス家当代シヴァナ=フィス=アスティルスの第二子、第一王子です」























「――――っ!!」


知っていたはずだった。だから最初に彼を見たときに覚えがあるような気がしたのだ。アロイスもリル族である。シヴァナの顔くらいは知っていた。
―――――そっくりではないか、この男。























「まあ、フィス国が賛同しなくても、父上に知られたらおしまいだな」
「・・・・あ・・・・・あっ・・・・・」


どうしようもないことを悟ったアロイスは乾きそうなほどに目を見開き、呼吸を不規則にさせた。定まらない視点が眩暈に思われ、ふらふらと後ずさる。口では何やらぼそぼそとつぶやいていたが、はっきりとは聞こえず、ただその中に”ヒール”という言葉が含まれていることしか聞き取れなかった。


「とりあえず捕まえている人たちを解放して、それから・・・・――――――・・っ!!」







































後ずさるアロイスの腕が宝石に当たり、球状のそれは止まることなく高い台から下へ。
















































「っ!!」



































今まで溜め込んできた魔力が凝縮されるものだ。
そんなものがこの高さから落ち、割れたら―――――――――――・・・・・・





















































「リール伏せろっ!!!!!」





























城に、閃光が走った。











後書き

なーがい。
どこかで切ろう、どこかで切ろう、としているうちに結局切れなかった・・・
どうでもいいけど宝石はあの金銀パール、プレゼ・・・(削)の宝石ではありません。あたりまえですが。
全くどうでもいいことに、アクセントが違うというくそ細かい設定があります。(麗の学校名決めてなかったくせにな)
めんどくさいですねすみません・・・
なんだかんだ、この回書くの超楽しかった。
20090818