64


















「っあー!復活ーーー!」


ぐっと背伸びをして凝り固まった筋肉を伸ばした。音が聞こえてきそうなほど骨と細胞が悲鳴をあげて静かになっていく。
治癒魔法を終えたカリスはその場で気を失い、まだ眠ったままだ。慣れない魔法に身体が対処しきれなかったのだろう。クルトはしばらく不安そうだったが、麗とロリィに宥められ、やっと落ち着いたようだ。ただ、母親の顔色は以前より格段によくなって、喜んでいる部分も多少はあったようだが。


「・・・・もう1人の姉ちゃんは?」


クルトが背もたれを前にして座った椅子をわずかに揺らしながら訊ねる。


「ロリィのこと?調合する薬の材料買いに行ったわよ」
「・・・・・・・・・」
「ん?どうしたの?」


クルトは急に押し黙り、視線を下にずらした。何か言いたそうに口を開いては閉じ、開いては閉じを繰り返していた。何分かはその状態だったが、そのうち意を決したのか、少し頬を赤らめて小さくつぶやいた。


「・・・あ・・・・あ、ありがと・・・・」


話に入っていないヴィスウィルは別にして、それを聞いた3人はしばらく虚を突かれたような顔をして固まっていた。反応が遅いのでどうしていいか分からないクルトも黙っているので部屋の中はしん、と静まってしまった。
やがて、麗は口元を緩めてくすりと笑った。


「なっ何だよっ」
「えー?!聞こえなかった、もう1回ーー!!」
「なっ!!」


意地の悪い笑みを浮かべて耳に手を添える。クルトのようなまさにツンデレのキャラをいじるのが楽しくて仕方ないらしい。いつの間にこんなに腹黒い女になってしまったのだろう。


「も、もう言わねーよ、馬鹿!」
「何言ってんの!お礼は伝えてこそ意味があるのよ。はい、大きな声でもう1回!」
「聞こえてんじゃねーか!」


その後何時間も家からは騒ぎ立てる声が聞こえてきたが、それを止める役のロリィはいつまでたっても帰ってこなかった。










































































































日が傾いて空が熟れすぎた果実のようになってもロリィは戻ってこなかった。
ここから一番近い薬屋はおそらく先程のあのオヤジの店だ。そこまで時間のかかる距離ではなかったはずだが。


「私ちょっと見てくる!」


麗がしびれをきらし、立ち上がった。その勢いでガタン、と音を立てて椅子が倒れる。
シヴィルが止めるが、全く耳に入っていないようで家を飛び出して行ってしまった。


「・・・本当、落ち着きがない人ですわね・・・ヴィスウィル様?」


ヴィスウィルは無言で立掛けてあった剣を取り、扉へ向かって歩き出した。どうやら麗を追いかけるようだ。
リールもヴィスウィルが行くなら、と付いて行こうとしたが、ヴィスウィルに冷たく来るな、と言われ断念した。それをかわいそうに思い、シヴィルも一緒に残ることにしたが、クルトは言うことをきかず付いて行ってしまった。もしロリィに何かあったら自分のせいだ、とでも思ったのだろう。その顔には不安や焦りが滲み出ていた。








































「ねぇ、兄ちゃんはさ、あの姉ちゃんのこと好きなの?」
「あ?」
「っひっ!!」


とんでもなく不機嫌な顔で見下ろされ、思わずクルトは進めた足を一歩戻してしまった。
子どもならではの素朴な疑問は的を得ていることが多い。もちろん、クルトも気を利かせたのか、2人が同じ場にいる時に聞かないようにしていた。今も全速力で駆けていってしまった麗を2人で追っている最中だ。


「だ、だって、そんな感じしたからっ!兄ちゃんはあんま話さないけど、その分、姉ちゃんのこと心配してるだろ?」
「・・・・・・・・・」


会ったばかりでもなんとなく分かる。ヴィスウィルが麗を大切に思っていること。自分自身より守りたい人だということ。でもまだ、本人に自覚はないだろう。ただ単に、守らねばならないという懸念に駆られているだけだ。その後ろにはルティナの姿が浮かんでいるのかもしれない。


「ね、どうなんだよ?」
「・・・・・・誰があんな奴・・・・・」


反吐が出る。
”好き”なんて感情、捨てるどころか最初から持ち合わせていない。


「ふぅん・・・・あ!いた!」


訝しげにヴィスウィルを見た後、クルトは視界の端に麗を見つけ、駆け寄っていく。だが、見つけたのは良かったものの、何故か彼女は例のオヤジに首元を締め上げられていた。






























「何だとてめぇ!!もう1回言ってみろ!!」
「耳が遠くて聞こえなかったの?あんたはただの腰抜けだっつってんよ!!」


襟元を思いっきり掴まれ、足が地面から離れようが、ものすごい顔で凄まれようが、麗はお構いなしに大層な剣幕で食って掛かる。気が付けばみるみるうちに周りには人だかりができていた。


「女の子が連れさらわれるのを黙って見ていたなんて、あんたのその無駄な筋肉、何のためにあんのよ!!」
「けっ!俺は王に逆らおうなんて馬鹿なことはしねぇ主義なんだよ!あの女のことはあきらめな!」


薬屋のオヤジは麗をさらに締め上げていく。それでも麗は一瞬眉を寄せるものの、あまり応えてはいないようだった。























「おいっ!姉ちゃん助けねえのかよ!大切な奴なんだろ!!」


どうみても麗が劣勢であるのに動こうとしないヴィスウィルにクルトは怒鳴りつける。それでも彼は黙って野次馬の中心を見ているだけだ。それも、まるで他人事のように。
もしかしなくても彼は強いはずだ。雰囲気だけで分かる。この人が行かないのならば格なる上は自分が行くしかない、とクルトは覚悟を決めた。勝つことはできなくても、標的を自分に変えることくらいはできるだろう。
腰抜けはオヤジじゃなくてこいつだ、くそったれ。


「もういいっ!オレが行・・・・っ!」
「待て」
「何だよっ!!」


今にも飛び出そうというクルトの肩を引っ張ってヴィスウィルは彼を止めた。クルトはその手をめいいっぱい引き剥がす。


「やめておけ。ウララの邪魔になるだけだ」
「邪魔?」


瞬間、麗の手は締め上げるオヤジの手首をぱしっと掴んでいた。
何だ、とオヤジが言葉に出す暇もなく後ろに大きく揺れた彼女の膝が鈍い音を立ててオヤジの顎に叩き込まれた。いや、めり込んだ。


「がふっ・・・・・っ!!」


獣がえさを食い損ねた時のような声を出し、オヤジの身体は折れた歯を残し、綺麗に弧を描いて頭から後ろに倒れていった。
自由になった麗はくるりと1回転して、すた、と地面へ着地する。同時に、周りからは拍手が沸き起こった。



























「いっ・・・・・?!」
「あのくらいの輩、あいつの敵じゃない」


今までの麗を見てきたヴィスウィルだからしれっと言えるだろうに、クルトには信じられる状況ではない。華奢な身体の麗が1,5倍ほどある男を蹴り飛ばしたのだから。



























「いっつも3人組だったからね、やられっぱなしだったけど、あんたぐらいの男1人だったらちょろいわよ」


何のことかと野次馬もクルトも失神寸前のオヤジも首を捻るが、どうやらここ最近(?)絡んでくる男達のことを言っているらしい。要するに半分八つ当たりだ。


「てめぇ・・・一体っ・・・」


倒れた際に降りかかってきた自分の商売道具を顔に浴びて微かな意識を保ちながらつぶやいた。
怒りが頂点に達している麗は悪の帝王かのようにオヤジを見下ろして声高らかに言い放った。





















「紅漣麗17歳!又の名をレイ!東京都立第一天明高等学校2年、元天明中学空手部主将!!」
「・・・・カ・・・・ラ・・・・テブ・・・?」


彼女の言った半分以上のことが何のことだか理解できず、結局名前が”麗”か”レイ”かのどちらかで、17歳ということしか分からぬまま彼は気を失った。


























「姉ちゃん!」
「!クルト、ヴィスウィル!!」


呼ばれて初めて気が付いたようだ。駆け寄るクルトの後ろからゆっくりとヴィスウィルが付いてくる。
クルトが何度か大丈夫だったかときいてきたが、その度に大丈夫、と笑って答え、とりあえず事情を話すためにクルトの家に戻ることにした。





後書き

ここにきて初めて麗の高校名登場。笑
そういえば全然考えていなかった、と初めて気付き、超適当に付けました。
実際にあったら面白いよね、て思って調べたらあったよ・・・
東京ではないかもだけど、天明高校のみなさん、ごめんなさい・・・(適当とか言ったよなお前)
20090817