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イヴァンの家を出て、5時間ほど西に進み続け、隣国に入った。そのころにはさすがにリールも完全に覚醒していて、しっかり馬に乗っている。やっぱり、ヴィスウィルと麗が一緒に乗っているのが気に食わなかったらしかったが。


「うううう・・・ヴィス・・・」
「?」


丁度町の中心に差し掛かったころ、麗がヴィスウィルの前で呻いた。少し顔色を悪くしていて、ぐったりしていた。


「気持ち悪いいい・・・・魔力抜いて・・・・」


どうやら魔力が増発してしまってそろそろ限界が来たようだ。
とりあえず、麗の魔力を抜くために一旦馬を下りた。どっちにしろ、小腹もすいてきていたので馬を預け、魔力を抜こうとしたときだった。


「てめぇ待て!!!」


商店街の奥からここまで聞こえるような大声が聞こえてきた。麗は朦朧とした意識が一気に目覚め、ゆっくりとそちらを向いた。


「な、何?」


上げた視線の先には少年の格好をした人物が猛スピードでこちらへ向かってきている。しかもその少年だけではない。その後ろからは巨漢とまでは言わないが、少しばかり体格のいいオヤジが追っかけてきている。


「誰かそいつをつかまえてくれ!!泥棒だ!!」
「え?!え?」


誰か、と言いながらも丁度少年の進行方向にいる麗たちを見て言っているオヤジ。
戸惑いながらも麗は反射的に少年の腕を掴んでいた。


「ちょっ・・・・っは・・・なせっ・・・!!」


少年は力いっぱい抵抗するが、まだ10歳になるかならないかの非力な握力では麗には敵わなかった。


「放せって、あんた泥棒したんでしょ?一緒に謝ってあげるから盗ったもの返しなさ・・・・・あれ?前にも似たようなことなかったっけ?」
「姉上の時だろ」


横でヴィスウィルが遠い目をしてつぶやく。どうやら少年を捕まえてしまった麗に呆れているようだ。また面倒なことに巻き込まれるだろう、と。


「ああ!あの時か!私そのうち感謝状とかもらえるんじゃないかな」


少年は麗が馬鹿な独り言をしている間に、今なら大丈夫だ、と逃げ出そうとするが、腕を掴む手は緩まっていなかった。


「くそっ放せ・・・・っ!・・・て、うわっ来た!」
「こらガキ!」


すごい剣幕で走ってきたオヤジは少年に殴りかかろうとするが、少年はとっさに近くにいた麗の後ろに隠れてしまった。


「ちょっと、あんたどこ隠れてんのよ。私はお母さんじゃないっつの」
「いいからどうにかしてよ!オレ、これがないとダメなんだよ!」


薬物中毒のような発言をした少年のポケットには白い紙袋が入っていた。どうやらこれが盗ったもののようだ。


「あんた!そんな若いうちからそんなもの始めてどうすんのよ!いや、年をとってもダメなんだけど」
「じゃあどうしろってんだ!もうこの強い薬しか効かねぇんだ!」
「それはやっぱり、専門家に相談して・・・・とにかく、薬なんて身体に毒よ!」
「オイ姉ちゃん」
「は、はい!」


微妙に2人の会話がずれてきているのを悟ったのか、オヤジの方から麗に凄んできた。自分の商売道具を毒呼ばわりされたのが気に触ったようだ。


「俺の店はれっきとした薬屋だよ。病気や怪我を治す方のな!」
「あ、まじ・・・?すいませ・・・」


ヴィスウィル達4人も気付いていたようだが、入り込める会話ではなかった。


「まあいい、ガキを捕まえてくれたからな。おいガキ、早く盗ったものを出せ!」


こんな小さい子ども相手にそこまで強く言わなくてもいいだろうというほど怒鳴りつけ、右手を突きつける。少年はしばらく麗の後ろで躊躇していたが、麗にほら、と背中を押され、しぶしぶポケットから紙袋を出し、オヤジの手の上にそっと置いた。少年が置き終わるか終わらないかのうちにオヤジは紙袋を引っ掴み、次やったら監獄だ、と吐き捨てて帰っていった。
その後ろ姿を見ながらも少年は、くそ、と何度も悪態をついていた。麗はそれを見て、ぺち、と少年の頭を軽く叩いた。


「いてっ!何すんだよ!」
「あんたが悪いんでしょ、泥棒なんてするから」
「るせっ!お前に関係ない」


助けを迫ってきたのは少年の方だというのに、関係ないと言われ、むっとする麗だったが、ここでキレたら先ほどのオヤジと同じだと思い、ぐっと自分を押し込めた。笑顔は引きつっていたが。


「何で泥棒なんてしたの」
「・・・・お金がないからに決まってんだろ。薬買うお金が・・・」


少年は目を合わせないままぐっと唇を噛み締めた。悔しくてたまらない、とでも言いたそうな表情だった。


「薬って、あんた元気そうじゃない」


あんなに全力で走っていて、こんなに生意気な口をきける病人なんているのか、と不思議に思いながら少年の答えを待った。
少年はしばらく黙っていたが、諦めたようにぽつりと口を開き始めた。


「オレのじゃない・・・母さんのだ」
「・・・え?」
「オレの家、父さんがずいぶん前に家を出て行って、それからすぐに母さんが重い病気にかかった。オレ1人っ子だし、親戚もいないし、薬買うお金ももうなくなって・・・・・って、ちょ・・っおい!」
「レイ!」
「レイ様!」


しゃがんで少年と目線を合わせていた麗の身体は徐々に傾き始め、少年が気が付いたときには足元に手をついていた。


「おい姉ちゃん、どうしたんだよ?!」
「ん・・・・大丈夫、続けて」
「ウララ、先に魔力を抜くぞ。こいつの話はそれからだ」


ヴィスウィルはどこかに連れて行こうと麗の方をそっと掴んだ。だが、それは麗の手で制止される。


「待って、ヴィス。ちょっと考えがある」










































































「いいな?母さんには絶対言うなよ?」
「分かったから早くしろって、クルト。レイが死んじまうぞ」
「シヴィル、そこまでないって」


少年の名前はクルト、といった。
今はクルトの家の前まで来ている。麗の魔力でクルトの母親に治癒魔法をかけようという麗の提案だ。クルトは最初、驚いたようだったが、生意気にも母親に自分が薬を盗んだことを言わないなら、という条件で自分の家まで案内した。その間も顔色のない麗をちらちら窺っていたので根は優しいのだろう。





















「母さん、ただいま!」
「あらクルト、おかえり。早かったのね」


扉を開くとそこには一人の女性がベッドに身を起こしていた。ほっそりというより少し痩せ過ぎなくらいだが、穏やかに笑う姿は綺麗としか言いようがなかった。きっと昔は美人で名を馳せていただろう。


「学校は楽しかった?」
「まあまあだよ。いつもと同じ」


クルトは母親に駆け寄り、上着を1枚脱いでハンガーにかけた。
いつもと同じ、なんて言っていたが、学校なんて行っていないのだろう。国から支給される教育費も全て母親の薬代にかけているに違いない。
それでもクルトは心配をかけまいと母親の前では常に笑っていた。


「それより母さん、ちょっと紹介したいんだけど」
「紹介?」


クルトの母親はそこで初めて麗たちに気付いたようだ。4人もいるのに、この人は視界が狭いのだろうか。


「えーと・・・こんにち・・・は?」


麗は控えめに挨拶をする。
仏頂面の美青年、それとよく似ている少年、顔色の悪い地球人、人の良さそうな小柄な少女、気の強そうな少女。どう見ても怪しい人物らに嫌な顔ひとつせずに笑顔で迎えてくれる。


「こんにちは。クルトの母、カリスといいます。クルトのお友達ですか?」
「へ?え、えーと・・・」


何と答えていいものか、と視線を泳がせる。麗ぐらいまでは何とか友達で通るかもしれないが、さすがにヴィスウィルは無理だろう。クルトとヴィスウィルが並ぶと迷子と迷子を保護した王子様ぐらいにしか見えない。
困っていたところにクルトの助け舟が入った。


「学校の帰りに悪い人達に絡まれたのを助けてくれたんだ」


そう言って順に名前を紹介する。ヴィスウィル以外は軽く頭を下げていった。カリスは1人1人丁寧にお辞儀を返していく。


「それはお世話になりました。ありがとうございます」
「それでね、母さん。この人達、魔法が使えるらしいんだ!これで母さんの病気も治るよ!」
「魔法・・・?」


よく分からないとでもいうように小首をかしげた。
魔法は元々、魔力が強い者だけが使える特殊なものだ。存在を知らないことはないだろうが、一般人に魔法と言ってピンとくるものではない。
麗は治癒魔法のことを少し話した。


「・・・でも、大丈夫なんですか?えっと、レイさんはあまり顔色が・・・」
「ああ、大丈夫です!私の場合魔力使っちゃった方がいいんです、むしろ使わせてください!」


何だが押し売りっぽくなってきたのは気のせいだろうか。
カリスはそれなら、と麗を心配しながらも承諾した。そこでヴィスウィルがやっと口を開く。


「・・・・治すと言っても病気を完治することはできない。治癒魔法でできるのは病原体を身体の中から消滅させることだけだ」
「あとの回復はカリス様自身で頑張っていただくしかありません。もちろん私も、薬を調合しますね」


ロリィが後を続ける。そういえばロリィは医療の心得があったのだと思い出した。隠れた(?)才能ってかっこいい。


「充分です。何から何までありがとうございます」


カリスは深々と頭を下げた。本当に礼儀正しい人だ。


「では始めますね。手を貸してください」


麗がベッドの脇に膝をついて座り、カリスの右手をとった。気を集中させてぽそりと詠唱を始めるとぼう、と黄緑色の光が2人の手を包んだ。








後書き
とりあえず新章開始です。
またストックなくなったー・・・
来週は何かしら忙しいからな・・・かけるかな・・・

20090807