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「だから不可抗力なんだから仕方ないでしょ!どうすりゃよかったのよ!」
「何だー、一体・・・・・・・レイ?」


目をこすりながら部屋を出てきたのはシヴィルだ。まだ6時だというのに叫び声とまではいわないが、大きな声が響いていた。なにやら麗とヴィスウィルが言い争っているようだ。


「あ、シヴィルおはよ。ごめんね、起こしちゃった?」
「それはいいけど、一体何を言い争って・・」


すっかり目が覚めてしまったシヴィルはこれから寝直す気にもなれず、椅子に腰掛けた。外はだんだん明るみ始めている。


「だって、ヴィスがしょーもないこと言うから・・・」
「しょーもないこと?」
「この世界に来た時といい、この前といい、変な輩にからまれすぎだって・・・そんなの、私のせいじゃないじゃない」
「気をつけることをしろと言ってる」
「気をつけてもあっちが絡んでくるんだから仕方ないでしょ!」
「俺がいないといつもお前は絡まれているだろう」
「そんなん、王子様ならぴゅっと駆けつけてさらっと助けに来てくれればいいでしょ!」
「・・・・え・・・・ちょ、ちょっと待てレイ!」
「ん?」


シヴィルはなんとなく2人の会話を聞いていたが、だんだんと麗の様子が前と違っていることに気が付いた。前の調子に戻った、というか、いつもの麗、というか。


「も、もしかしてお前記憶が・・・」
「あーうん、戻った戻った!」
「はぁ?!」


まるで難しくて解けなかった問題をやっと解けた時かのように答える麗にシヴィルは眉を寄せた。ちなみにロリィはシヴィルより早く起きていたのでもう知っている。その時のロリィは安心で腰が抜けてしまって大変だった。同時に、こんなに心配してくれて、記憶が戻ったことを自分のことのように喜んでくれる人がそばにいてくれるのを改めて嬉しく思う麗だった。


「ごめんね、心配かけて。もう大丈夫だから」
「それはいいけど、でも急に何で・・・」
「言っただろ、記憶の箍ははずれてたんだって」
「イヴァンさん・・・」


欠伸混じりに口を出してきて、シヴィルの横に座る。まだ眠気は覚めないのか、目は半分閉じている。


「リールの魔法で鍵は開けられ、あとは扉を開くだけだったんだ。どうやら自分で開けられたみたいだな」


ヴィスウィルと麗の口喧嘩を後ろに聞きながらイヴァンは淡々と言う。それでもその口元は緩やかに弧を描いていて、安心したような顔つきだった。
だが、すぐに眉を寄せて小さく咳をする。


「大丈夫ですか?」
「・・・けほっ・・・ああ。今更心配とかすんな。気持ち悪い」


喧嘩している2人はまるで気付いていない。


「朝早いし、まだ寝てた方が・・・」
「大丈夫だっつってんだろ。あいつらの声聞いてたら目覚めたし、それに少しリールに魔力を移してやんねーと後が辛いだろうからな」


リールはまだ寝ている。疲れがとれていないのだろう。この騒がしい中でも起きてくる様子はない。
イヴァンはリールの方をちら、と見て魔力の移動は意識のあるうちにすると少し辛い、と説明した。どうやらリールが寝ている間にやるつもりだ。


「ところでお前ら、いつ出発するつもりだ?レイの記憶も戻ったんならここにいる意味もなくなるだろ?」
「さあ?兄貴しだいだけど・・・・兄貴ー」


いつもは呼ばれてもゆっくりと反応するのに、今回は麗とのやりとりがめんどくさくなったのか、結構早めに反応した。


「いつ出発すんだ?次はCisのオレジンだろ?
「・・・・そうだな。そこまでに3つ国を渡ることになるが・・・・」
「だったら早く出た方がいいだろ。今日にでもでるか?」
「・・・・・・」


少し思案して、答えるかと思ったが、そのまま黙ってしまった。

















































































とりあえず、今日まではイヴァンの家にいることになった。リールが目を開けたのは結局夕方になってだったので、それから出発ではあまりに遅かったのだ。
話し合いという程でもない話し合いの末、出発は明日の朝ということになった。ラグシールの心配はなくなったが、今度はスルクがいる。奴が源玉を手にしてしまう前までにこちらが先に手に入れなければならない。急ぐ他はないだろう。




ゆっくりできるのは今日までだ、と麗は窓から空を見ていた。どこかに地球があることを願って。


「まだ起きてたのか」
「・・・・ヴィス・・・ノックぐらいしろっつってんでしょ。レディの部屋なんだから」
「誰のことを指して言っている?」
「・・・・・・また記憶なくしてやるわよ」


本当に不思議な表情をするので余計腹が立つ。
麗はため息を1つつくと、窓を閉めてベッドに腰掛けた。ヴィスウィルは閉めた扉に背中を預けたままだ。

























「ずっとさ・・・」


口元は笑ったまま、少し目を伏せて麗は言葉を紡ぐ。
















「ずっともどかしかった。私は何を忘れているんだろうって。忘れてるのはどんなに大事なことなんだろうって」


実際忘れていることはわかっていた。
ヴィスウィル=フィス=アスティルスの存在だ。
だがそれはどんなものだっただろうか。自分の中でどのくらい大事で、どんなところにいたのか。知っているのに分からなかった。


























「ありがと、ヴィス」
「?」
「何も言わずに見守っていてくれて」
「・・・・・・・・」


彼は自分が記憶がない間、ずっと黙って見ていた。それが麗のためであって、自分のためだと思ったからだろう。


「自分で思い出して初めて気が付くんだね、こういうのって・・・」
「何を・・・」
「ヴィスの存在が私にとってどんなものかってこと!」
「・・・・・・」


あえてそれを口に出さなかったのは今はまだ面と向かって言うには恥ずかしすぎたからだ。それは言う麗にとってでもあり、言われるヴィスウィルにとってでもある。ただ、ヴィスウィルに”恥ずかしい”という感情があれば、の話だが。


「ま、ヴィスにとっちゃ私なんて草みたいなもんだろうけどさ」


少し前に言われたことを思い出して口を尖らせながらつぶやいた。


「草っていうより石?石ぐらいにしか見てないんだろうねー・・・」
「いや、草だ」
「何よそのこだわり。どっちにしろ踏みつけられる位置じゃない」


いや、草の方が生きている分、少しは喜んでいいのだろうか。まさかの返答に麗もつっこまずにはいられなかった。
















「・・・・・俺は風だと・・・・」













「え?」























「俺は風だと言われた」


































誰に言われたかなんて聞かなくても分かる。


「風は目には見えないから、そこにいることが分からない。風の存在は草が揺れて初めて分かる・・・・」
「・・・ヴィス?どうしちゃったの、熱でもある?」
「―――――・・・と、ロリィが言っていた」
「何よそれ」


一気にテンションが下がってしまったが、思い返してみればなんとなく草も嬉しいような気もした。
きっと昔はヴィスウィルが風だと言った人が草であったのだ。でももうその草は枯れて、土に還ってしまったから、また風を知らせるものがなくなってしまっていた。たとえ、彼が言ったことがロリィの言葉だとしても、草に自分を選んでくれたのはヴィスウィル自身だ。そのことが嬉しくてたまらなかった。


「うん・・・・そうね、それなら草でもいいかな。踏みつけられないように頑張るわ」
「その前に虫に食われそうだな」
「まさか見て見ぬ振りはしないわよね?」


穏やかな会話の中に渦巻く黒いオーラ。いつものことだが、ここに入り込めるのはヴィスウィルくらいだろう。














そのうち、麗はくすくすと笑い出し、ヴィスウィルはそれを不思議そうに見ていた。記憶のないころの余韻なんて全くない。











それでいい。




後書き
うがああああ!
やっと一段落ついたよママーン!(ママ関係ないから)
これで「麗、記憶がとぶ、の巻」終了です!
なんだかんだで長かったのね。
次から新しい章で新しい感じですが、まだCis編ではありません。
なんか幕間、みたいな?
でもそれでいて結構重要な・・・(それでいて、って・・・)
まぁ話自体はすんごい軽い感じなんですがね。
あ、ちなみにヴィスを風だと言った人と風は目には見えないからなんちゃらかんちゃらと言った人は別人です。
ま、後者はロリィなんですが。

20090806