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リールの言葉と麗の頭痛が始まるのはほぼ同時だった。


「・・・っあ・・・・あ・・・・いっ・・・・あああああああーーーっ!」
「レイ!!」
「レイ様?!」


頭が割れるように痛い。いや、割れるではすまないかもしれない。きっと砕ける。鐘の中に頭を突っ込んで108回鳴らされた気分だ。あの鐘を鳴らすのはあなーたーと歌っている余裕もない。
麗は倒れこんで呻く。もうこれ以上声を出したら喉が張り裂けるところまで叫んだ。そうでもしないと気が狂ってしまいそうだ。
その間にも光はどんどん強くなり、目を開けられなくなった。もう白色しか見えない。


「あ・・・・っ・・・・あ・・・・っ」


焦点が合っていない目をさ迷わせ、頭痛が治まるのを待つ。何も見えない中でイヴァンの声が聞こえてきた。


「レイ!!落ち着け!直に終わる!今は耐えろっ」
「・・・う・・・・う・・っ」


やっとのことで言葉を理解する。だが理解しても身体は正直に反応してしまうのだ。目を開けていると眩暈が酷いので強く目をつぶった。そしてそのうち徐々に光も頭痛も治まってきた。


「あ・・・・・・・おわっ・・・・・た・・・・・?」


薄く目を開けていくと、ぼやけてはいるが、景色が見えてくる。
整わない息を繰り返したまま、周りを見回す。


「レイ・・・・?大・・・丈夫か・・・?」
「レイ様っ」
「・・・・はっ・・・・はぁ・・・・」


呼ばれた名前に反応して声のした方を向くが、何も声を出さない。


「ウララ・・・・」


最後にヴィスウィルに呼ばれ、それにもきちんと反応した。
二人の視線が長い間かち合い、沈黙が流れる。


「・・・・・っ」
「ウララ!!」


視線がはずれたときには麗の身体は傾き、地面に倒れていた。そして後を追うようにリールもバランスを失った。


「リール!!しっかりしろっ」


麗の方にはヴィスウィルとロリィが、リールにはシヴィルとイヴァンが駆け寄り、上半身を起こして意識を確かめる。何度も名前を呼んで揺り起こすが、二人とも目は開けなかった。だが息と脈ははっきりしているので命に別状はなさそうだ。


「とりあえず中に運ぶぞ」


リールはイヴァンが、麗はヴィスウィルが抱えて家の中へ入った。
魔法が成功したかどうかは麗の目が覚めるまで分からない。








































































麗とリールを部屋に寝かせ、他の四人はリビングに集まっていた。ロリィの淹れたお茶が湯気をあげているが、誰も口をつけていないようだ。ロリィが作業する音が響くほど他はじっと黙っている。ただ麗とリールが目を覚ますのを待っているだけだ。


「おそらくリールは大丈夫だ。あれだけの魔力を使えば誰だってぶっ倒れる。問題はレイだな」


ぴりぴりした空気が嫌だったのか、珍しくイヴァンが沈黙を破った。


「とりあえず魔法は成功したんですか?」
「分からん。だからこうしてあいつが目を覚ますのを待ってるんじゃねぇか」
「・・・・・・・・」


シヴィルの不安の入り混じった声を冷たく一喝する。本人にそのつもりがなくともこの状況においては相当優しい口調でなければ冷たく聞こえてしまうだろう。
と、奥の方でカタン、と物音がした。
皆が一斉にそちらを向いた。
扉を開けて、ゆっくりと人が出てくる。薄暗い廊下ではそれが誰であるか分からなかった。


「・・・・・レイか?リールか?」
「私ですわよ・・・」


光がさして見えたのはリールだった。あまりいいとは言えない顔色ではあるが、足取りもしっかりしている。


「リール、大丈夫か?気分は?」
「いいわけありませんわ。まぁでも、大分良くなりました。・・・・・・レイは?」


イヴァンが様子を見ようとリールの首筋に手をあてて脈をはかる。
リールは麗の姿を探すが見当たらなかった。


「まだ寝てる。記憶が戻ったかどうかもまだ分からん」


もう大丈夫だな、とイヴァンがリールの頭をポン、と叩いた。


「レイのやつ、私がここまで頑張ったのに記憶が戻らなかったらただじゃおきませんわよ!」










































































それから、麗が目を覚ましたのは日が暮れてしまってからだった。何事もなかったかのようにロリィをみて、「あ、ロリィおはよー」と呑気に挨拶をしてきたのには驚きを通り越して呆れてしまった。
とりあえず記憶が全部なくなってしまうという最悪の事態は免れた、とロリィは今にも泣きそうな表情で安堵のため息をついた。


「他の皆は?」
「そ、外にいらっしゃいます。呼んできますね!」
「あ、ちょ・・・ロリィ、待っ・・・」


ロリィは早く知らせなくては、と慌てて他の四人を呼びにいったため、麗の声は聞こえていなかった。ロリィを止めようとした手は行き場を失ったため、そのまま下に下ろされた。


「・・・・・・・・・・」
















































「レイ!!目覚めたのか!!」
「あ、シヴィル、おはよ」
「もう夜だろ・・・っじゃなくて!お前・・・っ」


四人が血相変えて中に入ってきたのに麗はずず、とお茶をすすっていた。それをソーサーに置いてにっこりと笑う。


「大丈夫。記憶はあるよ。シヴィル、イヴァンさん、ロリィ、リール、・・・・・・・ヴィスウィル」
「!!」


何か胸の奥でつっかえていたものがさらさらと流れていった。数秒は誰も何も言えなかった。






























「・・・・・・・ウララ・・・・・」










































「でもね」


ヴィスウィルが一歩麗に近づいた時だった。麗がふいに俯く。一つトーンを落とした声でつぶやいた。






















































































「記憶は戻ってないの・・・・・」














































































「・・・・・・っ!!」


流れていったものは再びまたつかえだした。
























































































































「記憶が戻って・・・ない?」
「・・・・うん・・・・ごめん・・・ヴィスは知ってる。でもそれは記憶をなくした後のものみたい・・・あの出来事以前のこと、覚えてないもん・・・」
「・・・・どうして・・・」
「・・・ごめん、リール・・・あんなに、あんなに・・・頑張ってくれたのに・・・・っ・・・」


目が覚めた時からそう謝ることしか考えていなかったのだろう。ぐっと膝の上で握る拳は震えていた。
何もかもがもどかしくてたまらなかった。自分が何を失っているのかも分からない、リールにあれだけのことをさせておいて戻らない記憶、スルク、自分。もう何もかも投げ出してしまいたかった。いっそ、その方が楽になれる。元の世界に帰って家でご飯を食べ、お風呂に入り、朝起きて学校に行き、友達と遊んで・・・・・・
帰りたい、元の世界に。でもどうやって?


「・・・!」


弱音を吐きそうになったその時、頭にすっと手が置かれた。見上げれば記憶では探しきれないヴィスウィル。


「ヴィ・・・・」
「まだ寝てろ」
「・・・・・う・・・うん」


きっとリールと同じくらいに謝らないといけないのはこの青年。それだけは分かっていた。


































































































































「魔法は失敗したわけではないが成功したわけでもなかった、それだけのことだ」
「それだけのこと、って・・・じゃあ私の魔法は意味がなかったってことなんですの?」
「いや、全く意味がなかったわけではないだろうけどな。少なくとも記憶の箍がはずれたくらいにはなっただろう。だが、スルクの魔法が強すぎてそれだけじゃもどらないんだ」


麗が部屋にもどってから四人はまたリビングに集まっていた。


「もう他に方法はないんですか?」


ロリィは最後に自分のお茶を机においてから椅子に座った。それにイヴァンは淡々と答える。


「ない、な」
「そんな・・・・」


元々0に等しい可能性のものだったのだ。それも通用しないとなると今度こそ本当に何もしようがない。
これでもう、麗の中のヴィスウィルの記憶が戻ることはない。
当の本人はいつも以上に口を開かず、ぴくりとも表情を動かさなかった。





















後書き

いやあ!失敗しちゃったなリールくん!笑
なんかかわいそうなリールを書くのは楽しいな!(Sめ)
あ、誤解があるかもですが、リールは自分は頑張ったのに、みたいに言っておりますが、結構そんなのどうでもいいのです。
それよりも麗の記憶が戻らなかったことの方が結構ショック受けてます。
本人は自覚していませんが。
それにしてももう60話か!
この調子でいくと確実に100話越すな!
初めてだよ、こんなに続けられたの!
それもこれも読んでくださる皆様のおかげです!
ありがとうございます! 20090724