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「リールが倒れた?」
「ああ」


ヴィスウィルとシヴィルは組み手をし、麗とロリィはそれを見ていた。リールは別の場所でイヴァンと修行をしていたはずなのだが、数時間するとイヴァンが麗の横に座った。どうやら修行中にリールが倒れたので一旦中断し、彼女を家の中へ運んだあとでここにきたらしい。


「それで、リールは?」
「今部屋で休んでる。ただの疲労だが、熱が高くてな」


当然の結果だった。この三日間、寝る時と食べる時以外はほぼぶっ通しで魔力を使い続けたのだ。麗のように魔力が増発するのも問題だが、それは麗だけであり、魔力の使いすぎで倒れるのが一般的だ。魔力も体力も限界を超えていたはずだ。


「って、部屋にリール一人ですか?ついてなくや・・・」
「寝てるから大丈夫だ。ただ、今解熱剤がなくてな。買いに行かねーとな・・・」


イヴァンがため息をつきながら町の方を眺めた。遠くに見える町は声が聞こえなくても賑わっているのが分かる。なにかイベントでもあるのか、色とりどりの風船が浮いている。


「じゃあ私、行ってきます」


挙手までして麗が立ち上がる。リールが倒れたのは自分のせいでもある、と思っているのだろうか。
周りの意見も聞かず、でかける準備をし始める麗を近づいてきたヴィスウィルがとめる。


「やめろ。スルクがどこでうろついているか分かんねーだろうが」
「大丈夫よ。この前現れたがかりじゃない」
「規則的に現れる敵がどこにいる」
「何言われたって行くわよ」


ヴィスウィルはしばらく黙り、麗が簡単に折れないことを改めて振り返り、諦めてため息をつく。何も言わないまま剣を鞘に収め、上着をとった。ついていくしかないと判断したのだ。


「待て、ヴィスウィル」


組んでいた足を崩すと、イヴァンがその場を立った。その場にいた皆がまさか、と思った。


「俺が行く。お前はここにいろ」
「っうそ!!」
「あん?」


信じられないとびっくりする麗にイヴァンが不機嫌そうな顔を向ける。


「イヴァンさんが・・・まさか・・・」
「師匠がまさか護衛を自ら買って出るとはなぁ・・・」


弟子その1、その2、共に驚いているようだ。自分大好き、自分のためにしか行動しません、他なんて知りません、なイヴァンがまさかこんな役を買って出るとは誰も信じられないのだ。ロリィまでもが口には出さなくとも驚いた顔をしている。


「失礼な奴らだな、お前ら。お前らのためじゃねーに決まってんだろうが」
「え?何か用が?」


失礼呼ばわりした割には否定もしないことは置いておいて、めったに町に出ないイヴァンの用事を不思議に思った。


「・・・薬だよ」
「ダメ、ゼッタイ!」
「殴られてぇか。薬物じゃなくて普通の薬」
「ああ、例の病気の・・・」


シヴィルがその言葉を言って初めて麗も誤解を解いたようだ。だがそれはそれで新たな疑問が湧く。


「そのくらい俺が買ってきますよ」


どうにも、イヴァンに任せておけないのか、珍しくヴィスウィルがおつかいを買って出る。それも、こっちも珍しく、自ら買いに行くと言い出したからだ。いつもは相手の否応なしに押し付けるのに。


「珍しく名乗り出た記念に頼みたいところだが、お前には無理だ」
「は?」


まさか小学生でもできるおつかいがこの一国の王子(19)にできないというのだろうか。ドキドキ☆はじめてのおつかい!!をまだ経験していないのだろうか。


「店のおっちゃんは俺にしか売ってくれねぇんだよ。そういう約束だからな」


どうやら特別な病気には特別な薬を、ということだろう。下手すれば売り手も買い手も捕まってしまうかもしれない品物らしく、イヴァン本人でしか売ってくれないのだ。


「キルスにここがばれていない上に狙われているのはレイだとはいえ、ここが危険じゃないことにはならない。お前がいるしかねぇだろうが」
「それはそうですが・・・」


信じきれない目を向けられているイヴァンは麗とシヴィルの背中を押し、外へ出た。


「安心しろ。ついでにちゃんとこいつらは守ってやるから」
「・・・ついで・・・」


気に食わない言葉に口を尖らせながらも麗は余計な心配をかけないよう、ヴィスウィルに軽く挨拶を交わし、町へ出て行った。
だがヴィスウィルが案じていたのはキルスだけではない。
麗はあの珍しい容姿だ。いろんな目的で近づいてくる輩も少なくないはずだ。

















































































































「まだ着かないんですかー・・・」
「まだだ」


ぐったりした麗の言葉は即座に否定された。
この会話はもう七回目だ。最初は三十分歩いた時。やっと森を抜けて日の光が遮られることなく肌に当たって、じりじりと紫外線を浴びていたところだ。そして二回目はようやく町の中に入った時。大草原の中の一本道を三十分も歩かされると本当にこの先に町なんてあるのかと思っていたが、その姿を見ると同時にもう着くだろうと思っていた。
そして街中の路地を曲がりくねり、あと四回を連発して言い、やっと七回目の今に至る。
馬も街中では使えないため、途中で預けてしまった。


「もう疲れたー・・・私病み上がりですよ?一応」
「俺なんか病み中だ」
「・・・・・・・」


充分元気そうじゃねぇかとは突っ込まずにいた。この人には健康=体力があるという方程式は結びつかない。



























































































かなり入り組んだ道を歩いたのに、結局は明るい大通りにでてしまった。だが、最初に通った街とはどこか違った雰囲気。
明るく活気があるのは一緒だ。ただ、その質の問題であった。


「ここで待ってろ」


イヴァンはそう言って麗とシヴィルをある店の前に置いたままにした。
その店はレンガ造りであった。窓にはカーテンがかかっていて、中は見えない。そとが明るいからでもあるだろうが、中から明かりが漏れている様子はない。扉にはOPENとかかってあるが、本当に開店しているのかどうか怪しい。
イヴァンが店の中に消えていくのを見ながら二人は静かに待った。


「ここ、本当に開いてんの?いかにも閉まってますな雰囲気醸し出してんだけど」
「ここはいつもこうだよ。俺も中には入ったことねぇが、中も見た目通り暗いっつってたぜ」
「シヴィルも入ったことないの?ヴィスも?」


麗は目を丸くした。イヴァンの性格だから、ヴィスウィルやシヴィルも当然入ったことあると思ったのだ。


「店主が特殊でな。許可された者しか入れない。無理矢理入ろうとしても扉を開けるとそこはまた外だ。決して入れない」
「ふへー・・・」


気の抜けた声を上げた麗はその場に腰を下ろした。歩き続けて疲れてしまったのだ。
いくら体育会系とはいっても、イヴァンはシヴィルなどとは根本的なところから体力の違いがある。


「大丈夫か?」
「ん。・・・ねぇシヴィル・・・」
「あ?」
「ヴィスってどんな人?」
「・・・・・・・」


いつも忘れてしまうが、麗にはヴィスウィルだけの記憶がない。麗も気を使っているのか、そんな素振りを見せないし、ヴィスウィルも辛いなんて決して言わない。だからだんだん溝が深まっているようにもシヴィルには思えた。
それでも麗は歯痒いのか、どうにか思い出そうとしている。


「どんな人っつってもな・・・」


自分の兄を改めてどんな人かと言われると言葉につまる。シヴィルの中のヴィスウィルは、いつも前を歩いている存在であった。追いつこうと距離を縮めても、結局それは実質的なものではなかった。縮めた距離はほんの数ミリにしかならないのだから。


「私もね、無駄だって分かりながら記憶を探してるの。どうしても見つからない。でも、穴だけは見つかるの。そこに、ヴィスが入るんだなーってなんとなく分かる」


そう話す麗は泣きそうな顔をしている、と思った。だが、シヴィルの瞳に映った顔は、意外にも明るかった。何もかも受け入れたような、諦めたような微笑み。そこから負の感情は見えない。












































「風、だな」









































唐突にシヴィルは言葉を漏らす。


「え、何、シヴィル体調悪い?」
「あほ。そのカゼじゃない。吹く風」
「ああ・・・風が何?」
「兄貴のことだよ。風みたいな奴だ」


もちろん系統は氷だ。そうではなく、ヴィスウィルは風のようにすぐに通り抜けて、掴めない。そこにちゃんとあるのに、分からない。だけどあるだけで気持ちがやわらぐ。
遠い記憶を掘り起こしながらシヴィルはふける。その横顔は実年齢よりも上を思わせた。


「あ、そっか。だからヴィスは・・・」
「おい姉ちゃん」


突然上から影が落ちてきて声が降ってくる。
言いかけた言葉を飲み込んで麗とシヴィルは上を見上げた。
そこには見るも無残ないかつい顔、何人か平気で殺してそうな目をした大男が三人立っていた。


「何ですか?道でも迷いました?残念ですけど私達も分からな・・・」
「一緒に遊ばねぇか。楽しいことしようぜ」


臆することを知らない麗の言葉を遮って、真ん中にいた男は麗の手首をつかんで立ち上がらせる。男のでかさに呆気に取られていたシヴィルははっとして麗の前に出る。


「何だ、お前ら」


自分の1.5倍はあるであろう男を前にしてシヴィルはなんとか冷静に対応する。
ギロ、と睨まれるが、ひるむわけにはいかない。


「俺らか?ここらじゃちょっとは名の知れた野党よ。お前こそ何だ?」


いつの間にか周りには野次馬が集っていた。どうやら本当の名の知れた奴ららしい。事の成り行きがどうなるのか見守りたいらしい。だが決して助けようとする者はいない。


「ただの旅人だ」
「ほう、だったらこの女はもらってもかまわないな」


手首を掴む手にぐっと力をいれられ、麗はくっとうめく。だがこっちも負けてはいない。


「脈絡わかんないわよ。旅人だったら人身売買はOKだと思ってんの?」
「そう怒るな。綺麗な顔が台無しだ」
「うっさい。あんたの顔よりましよ」


食ってかかる麗が気に触ったのか、男は青筋を浮かべて麗をさらに自分の元へ引き寄せる。


「この女・・・っ」
「いった!手もげる!放しなさい!」
「レイ!」


シヴィルは思わず剣を抜いた。ここで麗をさらわれたら後が恐い。会ったばかりのイヴァンならまだしも、ヴィスウィルからのお咎めはたまったものではないだろう。


「剣が使えるのか、奇遇だな。・・・・俺たちもだ」


そう言って男達はシャッと剣を抜いた。


「あんたたち三人でやる気?卑怯よ」
「言ってろ・・・っ!」






























瞬間、麗を掴む男以外の二人は同時にシヴィルに斬りかかった。

























































「シヴィル!!!」




























後書き
ひっさびさの更新ー・・・
と思ったらすっげー長くなった気がする。
前回短すぎたしな・・・
20090701