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「・・・っ!」


轟音、泣き声、叫び声、うなり声。
向こうに見える町はオレンジ色に染め上げられ、真っ黒い炎と止むことのない爆音が絶えず響き渡っている。
ラグシールでは戦争が起きていた。相手は宿敵、キルス国。何百年かぶりの大きな戦争だった。何万人という兵士がかりだされ、きっとイヴァンの元を破門した弟子二人も参戦していることだろう。二人とも、大いに貢献しているはずだ。それはそれで師匠として誇りに思わなくもないが、問題は当の自分であった。
戦争が始まって第一日目こそ参加したものの、二日目からは全身に錘をつけたように身体が思うように動かなくなった。立つことも困難なくらいの眩暈と、頭痛、吐き気。これでは戦いに出ても無駄死にするだけだ、と安全なところで休養を課された。もっともな理由だっただけに、イヴァンは抵抗もできなかった。


「・・・っくそったれ・・・」


自分の身体ではないような感覚に焦りと苛立ちが入り混じる。
状況はラグシールが劣勢。初盤は優勢だったものの、イヴァンが抜けてからはだんだんと戦力が落ちている。元々、キルス国の戦員はラグシールの倍であった。そこをイヴァンのような人物が補っていたのに、いなくなってしまっては状況は悪くなるに決まっている。


「まだ動かないでね」
「マリス・・・」


部屋に入ってきたのはマリス。イヴァンの家ではとてもじゃないが危険すぎるので、とりあえず城の中で休んでいる。


「二週間もすればまた戦えるようになるはずだからそれはまでは耐えて」
「いや、一週間だ」
「・・っ無理だって言ってんだろ!自分の状況も考えろ!死ぬぞっ!」


珍しく声を荒げたマリスに一瞬驚くが、それで納得するイヴァンではない。
ベッドの中でギリ、と歯軋りをした。


「・・・・ラグシールが負けてしまう・・・」
「・・・負けても、生きていればどうにかなる」
「ダメだ!!ここで負けたら、世界は・・・・っ!」


何かを言いかけて、イヴァンは口の動きを止めた。そして、あきらめたように俯く。


「イヴァン・・?」


だめだ。まだ口に出してはいけない。時がくるまでは自分の中に抑えておけなければならない。そうでなくては戦争など関係なく、世界は滅びる。


「・・・・っ・・・・!」
「・・・・・・」


マリスも何かを感じ取ったのか、何も言わずに持ってきた水と薬をベッドの横の机へそっと置く。









そんな日々が毎日続いた。
耳をふさぐ程の轟音と、胸を裂くような叫び声を窓の外に聞きながら、ただじっと、ベッドの中で待つのだ。時にはそんな余裕もないくらい熱にうかされた日もある。
参戦したら必ずラグシールを優勢に持ち込む絶対的な力と、そうできない無力さのコントラストが激しすぎて余計に悔しさが募る。
毎日、自分に対する悪態を吐きながら、無事に次の日がくるのを祈るばかりだった。





























そして、戦争も中盤を迎えた頃、マリスから聞いた近況は喜べるものではなかった。


「魔法を使える者が限界になってきた・・・」
「何・・・」
「あのヴィスウィルがそろそろ限界っていうんだから他の者は相当やばいだろうね。王様も危ないらしいよ」


口調こそ落ち着いているものの、マリスの額からは冷や汗が流れている。この様子ではきっとマリスも魔力の供給をしたはずだ。証拠に、少々足元がおぼつかない。
















「魔法が使えなくなったら二日でこの国なんかやられ・・・・・って・・・え・・・この感覚・・・」
「!」


マリスが椅子に座った途端、二人は身体に異変を感じた。
この全身から何か抜けていく感じ。力だけではない。全身の血が一気に吸い取られたように一瞬寒気を覚え、それが眩暈へと変わる。
マリスは椅子に座ることさえできなくなって、床へへたりこんだ。


「・・・・この感覚・・・おいマリス、まさか・・・・っ!」
「間違いない。ヴィスウィル達が国の要素を取り込んでいる・・・・」
「っ!!」


もう誰もがそれしか方法は考えられなかったからこそすぐに察した。だが、イヴァンだけは、絶対にやらないと思っていた。何故なら・・・


「もうこの方法しか、ない、だろうな・・・・おいイヴァン、大丈夫・・・・」
「マリス!!すぐにやめさせろ!早く!!!!」
「っな、何言って・・・」
「いいから早く!!じゃねーとっ!!・・・っくそっ!!動けっ!!動けっ動け動けーーーーーーー!!!!!!」



















かつてないほど叫んだかもしれない。この時ほど自分を悔やんだ日はない。










喉が張り裂けそうなほど、届くはずもない声をヴィスウィルに向かって叫び続けた。






















自分しか知らない。自分しか気付けない。何でこんな役回りになってしまったんだ。











信じてもいない神様が、もし本当にいるのなら、今だけでいい。どうか、動いてくれ。
その後どうなったって構わない。

















だから



















































この悲しすぎる物語をどうか完成させないでくれ。





































































「イヴァン、一体どうし・・・」
「・・・・っ!・・・・ルティナ・・・ルティナは、純系だ・・・・っ!」
「!!」


シーツをぐっと握り締め、血が滲むほど唇を噛んだ。
まさか本当にこの時まで、このことを知っているのが自分だけとは思わなかったのだ。
彼女があまり人に言い回っていないのは知っていたが、ヴィスウィルには伝えたと思っていた。いや、彼女自身がそう言ったのだ。
だから、ヴィスウィルには要素を取り込むなんてできない。もし魔法が使えなくなったら、何か別の方法を考えなければ、と思っていた。





















昔から、彼女は嘘がうまかった。



















































































































「くそったれ!!やめろ、ヴィスウィル・・・やめろぉぉぉぉ――――――――!!!!!!!!」



















































































マリスが身体を引きずりながらもそのことを知らせに行ったが、虚しくも物語を書く筆のインクは、途切れることはなかった。































後書き
いやあ!楽しかった。
辛すぎる過去って書くの楽しいなぁ!(最低)
コメディも書くの楽しいけど、こういう話も書きやすいから好き・・・ではないが楽しい。
ただ内容的に少ないですね・・・
まあ、ここで切らなければ納得いかなかったんです。
もう少ししたら明るい話になってくると思います。
20090412