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今日は天気がよかったので殆どの星が天空に見える。人工的な光などなくても十分明るかった。ただ、フィス国がまだ近いためか、冷え込む。


「寒・・・」


麗は羽織っていた上着を手繰り寄せて身を震わせる。
時間は二時くらいだ。目が覚めて起きてきたのだが、窓の外に綺麗な景色を見つけて思わず外に出てきた。他の五人はぐっすり眠っているはずだ。特にリールは修行を終えて土偶のような顔をしていたので、ちょっとやそっとの物音では起きないだろう。
麗はリールの修行をずっと見ていたが、とても常人が耐えられるものではないと思った。部活も相当きつかったが、そんなの比じゃないと思った。それもそうだ。一ヶ月かかるものを一週間に縮めるのだ。解除魔法自体は簡単なのだそうだが、自分の系統でない魔法を使うのだ。体力も相当使うだろう。


「・・・ごめん、リール。ありがとう」


まさか彼女があそこまでしてくれるとは思わなかった。
自分のために苦しむリールを思い、空を見上げて言った。届くはずもないのだが。


「本人に言ってやれよ」
「!」


後ろから声がして、振り向くとそこには寒そうに肩をすくめるイヴァンがいた。そのまま麗の横に腰を下ろす。よっこらせ、と掛け声をかけていたが、こいつは一体何歳なのだろう。


「眠れねーの?」
「あ、いえ・・・ちょっと目が覚めちゃっただけです。イヴァンさんは?」
「俺もそんな感じだよ」


それにしては眠そうに欠伸をして涙を少し溜めている。
眠くないわけない、と思った。イヴァンもリールの修行に付き合ってかなりの量の魔力を消費しているはずだ。身体も疲れているだろう。


「本当ですか?」
「何でだよ。悪いのか」
「そうじゃないですけど、イヴァンさんも疲れてるでしょ?リールの修行で」
「なめんな。あいつらとは魔力も体力も違うんだよ」


出会ったときから思っていたことだが、イヴァンは自分に自信を持ちすぎている。いわゆる、ナルシストだ。だが、それも、それだけの人物であるから仕方ない、いや、何も言えないのだが。
でも今回こそは強がりだと麗でも分かった。昨日までの顔色とは違う。


「っけほっ・・・」
「・・・?風邪、ですか?」


唐突に顔を背けて軽く咳をしたイヴァンを覗き込む。やはり顔に色がないのは夜だからなわけではないようだ。


「・・・・だったら、いいんだがな」
「え?」
「あれ、あいつらから聞いてねぇの?」
「だから何をですか」
「俺の病気のこと」
「・・・え・・・」

この人の口から初めてこんな後ろ向きなことを聞いた気がした。
口を開けばポジティブ発言が並べ立てられ(自分のことのみ)、ヴィスウィル以上に偉そうだったこの人の口からそんな言葉が出るとは思わなかった。


「病気って・・・誰が、何の・・・・」
「だから俺がだって。病名は不明。マリスが分かんねーんだから世界中どこ探しても分かる奴はいねーだろうな」


そう言うイヴァンだが、病名は分からずとも原因は、自分の中にない要素の魔法を使うことの影響だと分かっていた。マリスもそう言っていたが、あくまでイヴァンとマリスの考えであって、本当にそうであるのかは調べても分からなかった。
治る見込みはなさそうだが、死期が近くなりそうでもない。これも、イヴァン自身がそう思っているだけだが。


「まあ、調子のいい時と悪い時の差が激しくてな。今日は良かったんだが、夜になるとちょっと、な」


そう言って、また一つ二つ咳をする。
イヴァンはきっとそれで起きてきたのだ。眠りたくても眠れなかったのだろう。


「酷い時になると起き上がれねーからな。今はまだいい方だ」
「・・・・いつから?」


麗はイヴァンの背中をさすりながら控えめに訊いた。


「さあ、いつからだっけな。少なくともあいつらの修行のときはすでにそうだったからな」
「そんな前から・・・」


ヴィスウィルが五、六歳のころにイヴァンの元で修行していたらしい。それから考えても十年以上になる。その時から良くも悪くもなっていない。ただずっと長い間、この苦しみに耐えなければならなかったのだ。











そう、これからも。





















「何でお前がそんな顔するんだよ」
「へ?」


イヴァンは麗の頭をくしゃ、となでた。
乱れた髪を手ぐしでとかしながらイヴァンを見上げる麗。
自分はどんな顔をしていたのだろうか。以前どこかで誰かに言われた台詞だと頭の片隅で思ったが、どこで聞いたかも誰が言ったかも全く思い出せない。


「何そんなに自分の身に起こったことみたいな顔になってんだって言ってんだよ。いいんだよ、これは代償なんだから」
「代償・・・」
「そうだ」


自分は"強さ"を手に入れた。その代わりにこの代償をもらった。当然の報いだと思っているし、後悔もしていない。むしろこれで済んだのならいい方だ。命を落とす覚悟で魔法を会得した。それから考えたら幸運である。


「俺は世界を知っている。知っている代わりにその荷は重い。うっかり口を滑らそうものなら生きていけない。それと一緒だ」
「・・・・・・・・・」


今までの彼を見ていて、そんな素振りは一ミリたりとも匂わせなかった。彼が意図的に避けていたのか、それとももうそれが癖になっているのであろうか。どちらにしろ、毎日にこんなに気を使わないといけない人はそういないであろう。
































「ま、でもこの役が俺でよかったよ」










































他の奴らには重過ぎる足枷だ。


そう言うイヴァンは昼間とは別人の表情だった。どうしたらあの魔王みたいな顔つきがこんなにも優しそうな大人な表情になるのだろう。まさか病気とは性格も違えてしまうのだろうか。
































「こう言ったら失礼かもなんですけど、私もそう思います」
「?」
「というより、あなたがイヴァンさんでよかったな、って」
「・・・・・・・」


もし、違う者がイヴァンの立場だったらどうなるであろう。
ヴィスウィルだったら、荷物に押し潰されそうだ。シヴィルでも同様、リールなんかうっかり喋ってしまって世界を滅ぼしかねない。そして、スルクやヒールという奴だったら・・・















――――――もう今ここはこんな平和なところではないはずだ。
だからイヴァンが適役であるし、彼が彼でなければこの世は維持されない。

































「――――・・・一年前の戦争のこと、知ってるか?」
「・・・・あ、はい・・・あの、ルティナさんが亡くなったっていう・・・」
「・・・そこまで聞いてるのか・・・初めてだな」
「え?」
「いやいや、こっちの話」


ヴィスウィルがルティナのことを話すなんて初めてのことだと思った。今まではどうあっても口を閉ざしていたし、思い出すことさえ拒んでいたようだったのに。


「それで、その戦争がどうかしたんですか?」
「ああ、それに俺も参加したのは知っているな?」
「はい、イヴァンさんの活躍でラグシールが勝ったって・・・」
「・・・・ん・・・まあそうなんだが」


特に謙虚な否定もなく、いつも通り自信あり気な返答だったのだが、今回は少し思うところがあるようだった。

















「俺は、途中から参加したんだ」

















「・・・・途中から・・・・もしかして・・・・・」
「ああ、このくそったれな身体のおかげでぶっ倒れてたよ」


彼にこんな表情があるとは思っていなかった。こんな、自分を恨んでいるように嘲笑う表情。
人生最大の失態だったのだろう。その時の気持ちが手に取るように分かる。






































自分の服をぎゅっと握るイヴァンの手は震えていた。

















































後書き
やっと書ける!ヴィスウィルの修行時代!
前々から超書きたかったの!イヴァンはヴィスウィルをいじめる様、書きたかったの!
なんかイヴァンは書きやすいなぁ・・・
一番書きにくいのはヴィスやろうですこのやろう(致命的)
シヴィルとリールは勝手に動いてくれるからいいし、麗は適当に強気に書いてればいいし。
ヴィスったらもう私の今までのキャラ至上一番の根暗です。
20090309