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「何でついてきたのよ」
「ボケたのか?スルクがまだいるかもしれんと言っただろ」
「ボケてないわよ。だから別についてこなくてもよかったのに」


麗はヴィスウィルより前を行こうと早足で歩くが、どうにも足の長さが違うのか、ヴィスウィルにとって普通の速さで歩かれてしまう。
いずれあきらめて、自分の速さで歩く。ヴィスウィルには少し遅いようだ。


「まいっか。一人でいるよりは楽しいか」
「楽しさの問題じゃねーだろ」
「いいの、なんでも。あっ!ねぇヴィス、写真ある写真!撮ろ!」
「は?何でまた・・・」
「だって今は今しかないじゃない」


その何気ない言葉が妙に儚く聞こえた。その声で言うからこそ。
麗は早く、と急かし、ヴィスウィルの服を引っ張る。それに抵抗する由もなく、ヴィスウィルは導かれるがまま店の中へ入った。























中はまるで古ぼけた小さな洋館のようだった。
アンティークが揃い、木でできた壁には、モデルと客の写真がいくつか飾られている。笑った顔、すました顔、家族写真、一人で写った写真、恋人、友人、それぞれが思い思いの雰囲気を醸し出し、この建物のパーツとなっていた。
麗はわぁ、とゆっくり歩きながら一枚一枚の写真を食い入るように見ていった。その後ろからついていくようにヴィスウィルが足を進めていく。ただ、見ているのは写真ではなく、目の前を歩く自分を知らない少女だった。


「あれ?!」


麗が急に一枚の写真の前で足を止め、高い声をあげる。


「これ、カティさんじゃない?!ねぇ、あんたシヴィルのお兄さんてことはカティさんとも兄弟なのよね?これカティさんでしょ?」


間違いなく、そこに写るのはカティ=フィス=アスティルスだと確信を持っていたが、念のため兄弟にも確認する。まさか、こんなラグシールと離れた土地で、彼女の写真を見るとは思わなかったからだ。


「ああ」
「やっぱり。何で?ここに来たことあるのかな?」


カティは実に美しく写っていた。ゆるやかに流れる茶色の髪を後ろで束ね、後れ毛がゆっくりとカーブを描いて肩へ落ちている。瑠璃色のドレスに身を包み、細い指には傘の柄が握られている。まるで貴族の容貌。いや、実際貴族か。だが、それを知らなくても高貴な色を思わせる彼女の姿に麗はただ呆気にとられて見るだけしかできなかった。


「やっぱ綺麗だなー・・・モデルみたい――――・・・って・・・あーー!!」
「うるさい。大きな声を出すな」
「ちょっ・・・!大きな声も出すわよ!あんたもいるじゃないヴィス!」
「・・・ち・・」


気づかれたか、とヴィスウィルは舌打ちをする。
キラキラとするカティの写真の丁度左にはヴィスウィルが写っていた。今と同じ、いや少し幼い気もするが、大して変わらない仏頂面で冷たい目。彼をよく知った人であればただ面倒くさいだけだと分かるが、何故かそれでもきまって見える顔。今来ている服よりは少し高価そうな、だが同じ白。すらりとした体型は周りに飾られるどのモデルをも一蹴していた。


「なんで写ってんのよ?ここに来たことあるの?家族旅行?」


だとしたらなんてほほえましいのだろう。


「なわけあるか。これを撮ったやつが昔ラグシールにいたんだ」
「なんだ・・・じゃあ、その人は今こっちにきてこの店を開いてるってこと?」
「・・・いや、例の戦争で命を落とし、確かここはそいつの息子が継いでいるはずだ」
「よく知ってるのね。そんな仲良かったの?」
「まぁ・・・並程度に」
「曖昧な答え方すんな」


すると、なにやら奥の方からパタパタとこちらへ向かってくる足音がした。


「すみませーん、お客様です・・・か・・・・ヴィスウィル様!」


ひょこ、と顔を覗かせた少年はまだ十二歳程度のベレー帽を被った男の子だった。ヴィスウィルの姿を見つけるなり、そばに駆け寄って顔を輝かせる。まるで芸能人に会えたような笑顔だった。


「どうしてここに?」
「ちょっと用事でな」
「ご連絡くださればよかったのに!あれ・・・」


少年は麗の姿を見ると、ぺこ、と頭を下げた。麗もあ、と頭を下げる。


「この方は?」
「・・・・・草」
「はい?」
「どこまで引っ張るつもりよ。この写真、遺影にしてやるわよ」


きっとヴィスウィルはまともに紹介してくれないだろうと麗は自分で名乗った。もちろん、レイの名前で。
少年はしばらく不思議そうな顔をしていたが、すぐに人当たりのよい笑顔を見せて、自分も名乗る。


「クラウス=ツィス=アイヒホルンと申します。ハロイ族、系統は木(Cis【ツィス】)です。よろしくお願いします、レイさん」


にこ、と笑い、ベレー帽を取った姿は実にかわいらしかった。茶色い髪と筋肉の殆どない手足、およそ年齢よりも下に見えるのはその愛くるしい顔立ちだった。
麗はハロイ族には初めて会うな、と思っていたが、一番美しいとされるリル族と大して変わらない気もした。そんな疑いを読み取ったようにヴィスウィルが口を挟めてきた。


「こいつはリル族とハロイ族の間に生まれた子だ。容姿はリル族よりだ」
「あ、そゆことね」


異種族結婚というべきか。


「それにしても何年ぶりでしょうね。ヴィスウィル様と最後に会ったのは・・・僕がまだ小さかったから六年くらい前でしょうか。父もまだ生きていたころですし」
「そのくらいになるな」


十二歳にしてはずいぶんしっかりとした物言いだった。はきはきと喋るその仕草や雰囲気が麗は嫌いではなかった。


「お父さんも写真屋さんだったの?」
「ええ、とても尊敬していました!これらの写真を撮ったのも全部父なんですよ」


クラウスは誇らしげに写真達を見上げた。本当に尊敬していたのだろう。瞳にはキラキラしたものが宿り、もう戦争のことは吹っ切れたような表情をしていた。
そのうち、ヴィスウィルとカティの写真が彼の目に留まる。


「これも、嫌がるヴィスウィル様を父が説得したって聞きました」


クラウスは、はは、と笑って頬にえくぼを作った。写真を撮る父の背中を何年も見てきた彼の姿は容易に想像できた。


「これは、戦争が始まる一週間くらい前に撮ったものです。父は最期に三枚の写真を残して戦争の火の中へ消えていきました」


それは、悲しむような声ではなく、懐かしむものだった。
どこまでも大人な彼に、麗はただ感心して見ていた。


「ヴィスウィル様と、カティ様、それからもう一人」
「もう一人?」
「ええ、こちらへどうぞ。一番よく撮れた、と部屋いっぱいに引き伸ばして現像したようで、こちらへ飾ってあるんです」


クラウスの案内で奥の方へ進んでいく。その間にもたくさんの様々な写真が飾られていた。中にはシヴィルやリール、ロリィもちらちらと写っていたように思える。
ただどれもが共通していたのは、全て、生きていた。
今にも動き出しそうな躍動感がそこにはあった。
プロとはこんなものなんだろうか、と見とれながら案内された部屋は、一番奥にある他と比べ、少し小さめの部屋だった。


「どうぞ」


クラウスによって開かれたドアを通り、麗とヴィスウィルは中へ入った。
窓ガラスを通して光が入り、電気を点けずとも自然な明るさが生み出されていた。

















そして、すぐに気がついた。




















「あ――――――・・・・・」








































言葉もでなかった。












入ってすぐ右手には、壁いっぱいに広がる少女の写真。
こんなことを言ったらバカにされるだろうが、一瞬、天使かなにかかと思ったほどだった。
草原の上で裸足でたたずむ姿。こちらまで感じてしまうほど風が彼女の長い髪をゆらし、少し下めにうつむいて微笑む表情は、どこか淋しさを覚える気もした。
これにタイトルをつけるなら"白"。麗は瞬時にそう思った。
不思議と目を離せず、クラウスもこの写真に見入っているようだ。その後ろでヴィスウィルがただ一人、麗とクラウスとは違う目で写真を見ていた。
































































そう、この白い少女、ルティナ=フィスィス=スケルツァンドを。































































「彼女は・・・」
「・・・ルティナ=フィス=スケルツァンドさん・・・彼女も戦争で亡くなりました。本当に綺麗な方でした」
「この人が・・・・」



なんとなく麗もこれがルティナだと感じたらしい。


「ヴィスウィル様、彼女はきっとこの時、あなたを思って写られたんですよ」
「・・・・・・・・・・・」
「え?何、ヴィス、ルティナさんと知り合い?」


ああそうだった、とヴィスウィルの表情が元に戻る。


「ルティナさんて戦争で自分を犠牲にして国を救った人でしょ?何で知ってんの?」
「まぁ、いろいろな」
「何よその含みのある言い方」


視線を合わせようとしないヴィスウィルを不思議に思い、不審な目で彼を見る。だがすぐに本来の目的を思い出し、顔を輝かせた。


「あっ!!そう、クラウス!写真撮ってほしいんだけど、いいかな?」
「あっ、はい!喜んで!!」


クラウスは嬉しそうに撮影室に案内した。






後書き
何気にちょっと重い話。いや、ヴィスにとってだけ笑
そろそろルティの顔も出していいころだろう、と(いやこれ小説だから)
不本意でない麗の元気に心労を増やすヴィス。
あれ、ヴィスってこんなキャラだっけ?と、もうなんかグダグダです。
次回あたり返上します。
20090129