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「帰ってきませんね、ヴィスウィル様・・・」
「そのうち帰ってくるだろ。ガキじゃなるまいし」
太陽が沈み、月が昇って星が見えるようになってもヴィスウィルは戻ってこなかった。麗の方は既に起き上がり、周りに逆らって跳んだりはねたりしているが、ヴィスウィルと喧嘩したことが気になるのか、ときどき浮かない顔になっているのを他の三人も分かっていた。
「もう飯食っちまおうぜー腹減ったー」
「でも・・・」
「そうよ、ロリィ。私達これで飢え死にしたら元も子もないわよ」
「レイ様まで・・・それはないと思いますが」
とりあえずみんなで食事しようとヴィスウィルを待っているが、一向に帰ってくる様子もなく、シヴィルが最初にしびれをきらした。リールはヴィスウィルが戻ってくるまで待つ、と見事な忠誠心を発揮しているが。
「全く、少しくらい待つ、ということができないの?食い意地が張っているのね!」
「私、朝から何も食べてないんだからあたりまえでしょ。ていうか、さっきリールはお茶してたじゃない」
「紅茶をいただいただけですわ!」
「そう、クッキーはおいしかった?」
「ええ」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
リールは自爆した。
全く、からかい甲斐のあるやつだ、とくすくす笑っていると、部屋のドアがコンコン、と鳴った。
ヴィスウィルではないはずだ。自分達の泊まっている部屋に入るのにわざわざノックをする必要もなければ、そんな礼儀を持ち合わせたようなやつでもない。
「はい、どなたでしょう?」
ロリィが駆け寄ってドアをあける。こんな時間に誰か、と麗、シヴィル、リールもドアに目を向けた。
「こんばんわ」
「「「「!!!!」」」」
一瞬で空気が凍った。
全身から熱という熱が消え去り、冷や汗が背筋を伝う。総毛立った身体は動くことを拒み、代わりにカタカタと震えだした。乾ききった口からは震える声しか出てこない。
「あなたは・・・・・・・スルク・・・・・・!!!!」
「てめぇ!!」
シヴィルが自分のやることを把握したように近くに立掛けてあった剣を抜き、三人を自分の後ろに押しやる。自分ではこいつに勝つことなんてできないとは分かっていたが、この状況では多分、これが正しい。せめて、ヴィスウィルが帰ってくるまでの時間稼ぎになればいい。
「シヴィル!」
「おやおや、そんな殺気立たなくてもよいではないですか。シヴィル=フィス=アスティルス様」
スルクは人当たりのよい笑みを浮かべているが、そこから発せられるオーラは全くの別物でしかない。殺気立っているのはシヴィルだけではない。
「うるせぇ。てめーもだろうが」
「はは、これは失礼。今日はあなたたちを殺しに来たわけではないので安心してください」
「何?」
「それより、ヴィスウィル様はいらっしゃらないのですね」
部屋をキョロキョロ見回し、白銀の髪を探すが、それは見つからない。
「どこに行かれたんですか?」
その視線は麗に向けられていた。麗はそれを逸らすことなく、まっすぐスルクを見返す。
「知ってどうするの?」
「いえ、どうも?ただ少し用があっただけです。ヴィスウィル様があなたのそばを離れるなんて、と思いまして」
バカ丁寧な喋り方がいらいらし始めた麗はすでに恐さというより怒りをもち始めた。
「・・・・・・・ヴィスならトイレよ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・レイ、お前・・・・・」
「レイ様・・・・・・・」
「何よ?」
思わずスルクから目を離して全員が麗を見たが、リールだけがうつむいている。
「・・・・ない」
「何、リール何か言った?」
「・・・・ヴィスウィル様はトイレなんて行かないわよ!」
「いつの時代のアイドルよ!そんなことしてたら便秘で死ぬわよ!」
「だったらそのアイドルとやらはみんな死んでんじゃないの!・・・っていうかやめなさい!便秘じゃないわよ!」
「誰もリールが便秘だって言ってないじゃないの!」
「・・・・便秘便秘言うなお前ら」
「とにかく・・・・」
ヒロインの立場を忘れたヒロインのおかげで雰囲気はぶち壊しだったが、再びスルクが口を開くとまた空気が張り詰めた。
「ヴィスウィル様はここにはいないんですね?」
「っさきからそう言ってるじゃない!脳みそ萎縮してんじゃないのあんた」
ただ一人、いつもの調子を取り戻した麗だけがスルクに食って掛かる。
「まぁいいでしょう。今日は改めて挨拶にきただけですので」
「・・・何の・・・」
スルクの笑みがさらに深くなり、同時におぞましさが増す。
「無事要素をラグシール国に入れられたと聞いたので・・・・ゲームはこれからだ、とね」
「っ!!」
十倍に殺気をあげたスルクにロリィやリールは立っていられなくなる。
「ゲームだと?」
「ええ、そう彼に伝えて下さい」
「ふざけんな。何がゲームだ。お前の目的は何なんだ」
「この前も言ったでしょう。それは私には分かりかねます。ヒール様にしか真意は分かりません」
「・・・・ヒール・・・」
「・・・・・踵・・・?」
麗以外の三人がその名前に息を呑む。口にするだけでも恐ろしい名前。
「さて」
スルクは途端に殺気を消し、くるりと踵を返してドアノブを握った。どうやら帰るようだ。
「用も済んだことですし、私は帰ります」
「待ててめぇ!」
シヴィルが剣をギリ、と強く握る。それに反応したかのようにスルクがすっと立ち止まった。そのまま、ぽつ、とつぶやく。
「あ、でも置き土産をしたようがいいですね・・・・・・・・・・・・・レイ・・・・・・・さんといいましたか」
「うえ?!あ、は、はい?!」
”ヒール”という名前についてあーでもないこーでもない踵でもないと考えていた麗は急に名前を呼ばれたため、変な声が出る。
ぱっと顔を上げると、そこには不気味なほど細められた紅い瞳があった。
思わず息を呑むが、目が逸らせない。
「・・・・っ」
「――――――――――――――・・・・オースィラ・・・・」
「!」
低く、低くつぶやいた。
いや、だがそれは麗以外の三人には聴こえていないため、何が起こったかは把握できない。
ただ、麗にだけスルクの声が鼓膜に伝わり、脳にたどりつき、どこかではじけて消えた。それが分かるほど伝達はゆっくりで、おだやかなものだった。
「・・・・な・・・・に?」
麗にも何が起こったか全く分からなかった。身体には何も異常はない。
「レイ!何された?!」
様子の違いに気づいたのか、シヴィルがさっと麗に振り向く。
「え・・・・う・・・・ううん・・・・何も・・・・何ともない」
「え?」
麗は自分の体全体を見てみるが、確かにそこも変化はなかった。では、さっきのあれは何だったのだろう。
「そのうち、気づきますよ」
「・・・何がよ?」
スルクはそう残したまま、部屋を出て行った。
すぐにシヴィルが追いかけるが、すでにその姿はもうなかった。
「・・・・・くそっ・・・・」
「大丈夫ですか?!レイ様!」
ロリィもすぐに立ち上がり、麗の傍に駆け寄る。
「うん、本当何ともないの。失敗しちゃったんじゃない?あいつ」
「・・・・そうだといいんですが・・・・・」
それでもロリィは心配そうにうつむく。麗に何かあったのではないかと気が気ではないのだろう。
「大丈夫だから。ね?ご飯食べよ?」
「はい・・・・そいうですね」
麗の明るさに元気付けられたのか、ロリィも少し微笑み、遅すぎる夕食をとることにした。
「っあーおいしかった!」
「本当ですね。スープがおいしかったです」
結局四人とも夕食を終え、皿を一つにまとめていた。
「あれ・・・」
と、麗がヴィスウィルの分にラップらしきものをしているロリィに気づき、指差しながらつぶやいた。
「ロリィ、それ誰の分?」
「え?誰ってヴィスウィル様の分ですが?」
「・・・・え?」
「かわいそうにヴィスウィル様・・・早く帰ってこられないと食い意地の張った珍獣に夕食を食べられてしまいますわよ・・・」
ほろり、と涙をおとすリールにシヴィルもははは、と笑って見ていた。
とそこに、ガチャと音がしてドアが開いた。
「兄貴!」
「ヴィスウィル様!おかえりなさい!私っ、夕食もとらずにずっと待っていましたわ!」
結局食ったじゃねぇか。
ドアの先に立っていたのはヴィスウィルだった。いつもより少し機嫌悪そうに入ってきて、ドアを閉めた。
麗とは目をあわせようとしないが、麗はずっとヴィスウィルの方を見ていた。
「おかえりなさいませ、ヴィスウィル様。夕食、温めて参りますね」
「・・・・・ああ」
下の調理場に言えば、温めてくれるだろうと、ロリィはヴィスウィルの分の夕食をトレイにのせ、すっと立ち上がった。
「ヴィスウィル様、どこに行ってらしたんですか?!私はもうさみしくてさみしくて・・・・・・レイなんてトイレなんて言うんですよ?!」
リールなりの気遣いだったのかもしれない。どうにか、麗とヴィスウィルを仲直りさせようと麗の話を持ち出す。きっとここで、麗は反論してくるはずだ。
「ねぇ、ロリィ、シヴィル、リール・・・・・・」
「何よ?!あんたもなんかねぎらいの言葉はないわけ?!ヴィスウィル様は夕食も食べず、ずっと―――・・・」
ロリィが部屋を出て行こうとしたその瞬間だった。
「この人、誰・・・?」
「―――――――――――・・・え・・・・?」
後書き
結局今日になってしまった続き・・・(ごめんなさい)
しかもとんでもないところで切ってしまうという・・・
次回更新は何週間か後になると思います。
20090107
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