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「あれ、兄貴がいねぇ」


数時間後、シヴィルたちが帰ってきた。麗はそこで初めて顔を出し、おかえり、と精一杯笑った。


「レイ様、気がつかれたのですね。よかった。気分はどうですか?」
「ん、大丈夫。もう平気だよ」


確かに身体はもう全く異常はない。きっともう立って走り回っても大丈夫だ。


「兄貴は?レイが起きるまではいたんだろ?」
「んー・・・いたけど、さっきなんか出て行ったよ。用事でもあったんじゃない?」
「・・・ふーん・・・珍しいな」


きっとシヴィルには何かあった、と気づかれている。ヴィスウィルが弱っている麗を1人にするわけないと踏んだのだ。


「レイ、起きたの?」


そこにリールも入ってきた。


「リール様、どこに行ってらっしゃったんですか?」
「服見てきたの。フィスのオレジンでボロボロになっちゃったから。まぁ、ここは物価が高くて買えそうにもないけど」


こいつ本当に一国の王女か。なんて庶民的な言葉を吐くのだろう。
この様子ではリールもヴィスウィルと一緒にいたわけではなさそうだ。辺りをキョロキョロ見回してからリールが絶対に訊くであろう疑問を口にした。


「ヴィスウィル様は?」
「ん・・・なんかさっき出てっちゃったの。用事があったんだと思うけど」


目が合わせられないのは何故だろう。何も卑しいことはやっていないはずだ。それでも麗は顔を上げることができず、うつむいてらしくない苦笑いを浮かべるばかりだった。そして他の三人も何かを感じ取ったのか、何も聞けず、沈黙が流れる。
その沈黙に耐えられなくなったのか、ギシ、と音を立てて麗は立ち上がる。


「レイ様?」
「ちょっと外出てくる。大丈夫、庭に出るだけ」
「・・・・・・・」


誰も止めることはできなかった。
パタン、と音を立ててドアが閉まるのを黙ってみていた。誰も間違っていない。だからなのだろうか、しばらくたってロリィがやっと口を開いた。


「何があったんでしょうね・・・」
「珍しく挙動不審だったな」
「いつもなら寝込んだ後は無駄に元気に振舞うはずですのにね」


リールもなんだかんだでよく人を見ているのだ。















































































何も間違ってはいないはずだった。


だが、ヴィスウィルは街中を歩きながら必死に自分の間違いを探していた。
いくら異世界だからといっても、人目を惹くヴィスウィルの容姿は、この人ごみの中、どうしても目立ってしまい、回りからは女性達のざわざわした声がする。すれ違った者も振り返り、買い物途中の者も商品から目移りしてしまう。それでもヴィスウィルは気にしない。いや、気づいていないのか。
少し早足で人ごみのなかを歩いていく。特に目的地はない。


「・・・・・・・・」


このざらついた気持ちは何だろう。自分は何を悔やんでいるのだろうか。麗の好意を汲み取ってやれなかったことか、思わず部屋を出てきたことか。
彼女に、あんな顔をさせてしまったことだろうか。


「・・・・・っ・・・」


さらに深く眉間にしわがより、切れ長の目はより細められる。
めいいっぱい開かれたこげ茶の瞳、あれだけ近づいても綺麗だといえるきめ細やかな肌、未だ手に残るさらりとした髪の感、。いつになくか細く聴こえた声。おびえた、というよりも、どこか不安が混じった、心配じみた表情だった。そんな表情にさせたのは確実に自分だ。
だが、後悔はしていても間違いはない、と思っている。あれ以上麗に無理をさせるわけにはいかなかった。いくら魔力が増発するからといって、あの疲れきった身体で魔力を使わせることはしたくなかった。
何故だろう、何故今、こんな状態になっているのだろう。
目的地はない、と分かってはいても、足を止めることはなかった。ただ、なんとなく歩き続けるしかないと思ったのだ。


































































「そんなことが・・・・」


部屋に戻ると、ロリィにはヴィスウィルとのことを話した。
シヴィルとリールにはなんとなく聞かれたくなかったので悪いが席を外してもらった。というより、シヴィルが何かを感じ取ってくれたようで、リールの腕を引っ張り、出て行ってくれた。


「傷を治そうとしただけなんだけど、ちょっと喧嘩になっちゃって・・・」


そこまでしか話さず、”押し倒された”とは言えなかった。


「レイ様に、無理をさせたくなかったんですよ、ヴィスウィル様は」
「でも!ヴィスだって無理して助けようとするじゃない!それに私はもう元気だし」


本音だった。どこもつらいところはない。ロリィやシヴィルが止めるからじっとしているが、今走っても大丈夫なくらいだった。


「それでも、レイ様は二日眠ってらしたんですから、立派な病み上がりです」
「それは・・・・そうだけど・・・・・やっと、できることが増えたから、何かしたくて・・・いつも助けられてばっかりじゃなんか嫌じゃない?」
「レイ様・・・」


ロリィは初めて麗のこんなに泣きそうな顔を見た。
ロリィの知っている彼女は、いつも笑っていて、勝気で、決して臆せずまっすぐ前を見ていた。
麗自身も、何故自分はこんなに傷ついているんだろうと思った。今、自分はどんなに情けない顔をしているのだろう。ロリィの反応を見るとそれが分かる。


「ヴィスウィル様は恐れているんだと思います」


少し下向き加減に、ロリィがつぶやいた。


「え?」
「レイ様が、ルティナ様のようになるのを恐れているんだと、私は思います」


顔を上げたロリィは今にもあふれ出す涙をぐっとこらえている。
きっと彼女も、ルティナとは面識があるはずだ。あのヴィスウィルでさえ、彼女には相当な思い入れがあるようだ。それほどルティナは大きな存在だったのだ。会っていなくとも、周りの反応を見ればそれが分かる。


「ルティナ様は自分のことを省みず、人のために命を落とされました。もう二度と、そんな人を出さないために」
「・・・・ロリィ・・・」


ロリィの目からこらえているものが溢れ出た。大粒になったそれは、頬からはじかれ、膝へと落ちる。
ルティナがいなくなって悲しんでいるのはヴィスウィルだけではなかったはずだ。


「うん・・・・それは分かるよ・・・・ヴィスが私を心配してくれて言ってくれているのもちゃんと分かる。でも、ヴィスだって同じなんだよ」
「・・・・・・」


ロリィは涙を目に溜めたまま顔を上げた。


「もちろん、ロリィもシヴィルも、ついでにリールも。ロリィ達がルティナさんを失ってつらかったように、私も、誰も失いたくないの」
「レイ様・・・」
「だから、できることはやりたい。あとになってやってればよかった、って後悔しないように」


やらなきゃよかった、よりもやってればよかった、の方が数倍悔しい。





後書き
また短い・・・・
ごめんなさ・・・このあとまたすぐ次を書きたいと思ってます!
おそらく次で下書きしていた分は全部UP完了です。
もうすぐ学校も始まるのでまた更新が遅くなるかと思います。
20090105