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「んーーー・・・ヴィスのヘタレ王子ー・・・」
「失礼な寝言だな」


常日頃思っていることは寝言にも出るようだ。
そう言いながら麗が目を覚ましたのは丸二日眠った後だった。ゆっくりと目を開けたその先には、見慣れた綺麗な横顔があった。窓枠に座り、その目は外を見ている。いつも通り、何にも興味なさそうな、冷淡な表情。


「・・・ヴィス・・・あれ、私・・・」
「とりあえず終わったんだよ。フィスの要素は」
「え・・・・あ・・・・」


言われて始めて気がついた。あまりにも長い旅路で、いろんなことが起きすぎた。だが、得たものだってあるはずだ。
麗はボーっとして、頭の中を整理する。冷静になればなるほど今までのことが夢だったのではないかと疑いもしたくなる。


「終わった・・・んだね、とりあえず」
「ああ」
「えっ・・・じゃあラグシールは?」
「なんとか無事だ。復興には時間がかかりそうだが」
「・・・そか・・・よかった」


胸をなでおろし、安堵のため息をついた。だが、そうしたのもつかの間、まだ完全に状況を把握しきれていないことに気がついた。


「・・・って、え・・・ちょっと待って。ここどこよ?」


そういえばふかふかのベッド。そういえば小奇麗な木の部屋。ヴィスウィルが座る窓からは朝の光が差して、少し冷たい風が頬をなでる。ベッドの横の棚の上にはパンとスープが用意され、かすかに湯気をあげていた。


「ここはクライナ国。フィス国の隣国だ。宿屋を借りた」
「・・・・あ・・・そう・・・それじゃ私、どのくらい眠ってたの?」
「二日」
「二日?!うっわ、最長記録だわ」


だがおかげで身体の痛みもなく、健康そうものとなっていた。そう思ってベッドから出て、立とうとしたがうまく足に力が入らない。


「無理して立とうとするな。二日も寝てりゃしばらく立てなくて当然だ」
「あ、そなの?新しい国だからいろいろ見て回ろうと思ったのに・・・」
「あとでいろいろ調達するからそのときでいいだろう」
「調達?」


フィス国が長かったため、食料やその他諸々、底をついていた。皆の体力も回復しなければならないのでしばらくここに留まることになった。


「みんなは?」
「ロリィは薬の調達、シヴィルはそれについていっている。リールはその辺にいるだろ」
「そ・・・みんな無事だったんだね」


麗は心底ほっとした顔でため息をついた。
本当は人の心配をしている場合ではない。一番心配すべきなのは麗自身なのだ。


「お前は・・・・」
「へ?」


気がつくと目の前にヴィスウィルの姿があった。麗を踏まないようにベッドに腰を下ろしている。


「ヴィス・・?どした・・・?」
「・・・人の心配をしている場合じゃねぇだろうが」
「私?大丈夫だよ、健康健康!あのくらいでくたばる奴じゃないって知ってるでしょ?」
「いくらお前だからって要素を入れた時の痛みは耐え切れるものじゃないはずだ」
「でももう終わったことだし、ね?」
「・・・・・・・・・」


ヴィスウィルはまっすぐ麗を見ていた。まるで貫くようにまっすぐ。


「どうしたの、ヴィス。なんか変だよ?」
「何が」
「何がって・・・」


長い沈黙が流れた。お互い、目を離せない。
と、麗が何かに気づいたようにかすかに目を見開いた。


「あれ、ヴィス?」
「あ?」
「ほっぺた、怪我してる」
「・・・・ああ・・・」


ヴィスウィル自身も今気づいたようで、既に血は止まっている。それでも、しみ一つない白い肌に赤い筋が通っているとさすがに知らないふりをしとく訳にもいかなかった。きっとフィスのオレジンで落ちた時か何かに作られたものだ。


「ちょっともうちょっとこっちきて。治す」


麗は手招きをしてヴィスウィルに傍によるように言うが、ヴィスウィルはこちらを見つめるばかりで動こうとはしない。
だが、しばらくそんな時間が経つと、ベッドからヴィスウィルが立ち上がった。そのまま、麗のそばによると思いきや、ベッドを通り過ぎ、出口へと向かっていく。


「ちょ、ヴィス待って。治すって!」
「・・・・」


ヴィスウィルは無言で足を止めた。見ると、いつもより冷たい目をしているような気もした。思わず麗は黙ってしまい、ヴィスウィルはすぐにまた動き出した。


「ねぇ、ヴィスってば」


麗は思わずヴィスウィルの腕を掴む。いつも通り冷たい白い肌、傷の入った顔が麗に向けられた。


「治さなくていい」
「何でよ?バイキン入っちゃうよ。ほら、しゃがんで」


ヴィスウィルの腕をぐっと下に引っ張るが、びくともしない。


「その身体で治癒魔法なんて使ったらどうなると思っている」
「大丈夫だよ、もう元気だし!」
「・・・・・・・・」
















その瞬間だった。


















ヴィスウィルの腕を掴んでいた麗の手はいつの間にか掴まれ、ぐっと引っ張られる。


「!?」


そのまま起こしていた上半身はバランスを失い、後ろへ倒れる。背中はベッドだと知っていたので倒れても大丈夫だと思っていたが、問題は後ろより前だった。
目の前には端正な顔立ち。碧い水晶の瞳。長い睫、薄く引き締められた唇、少し白い肌にかかる白銀の糸。
何が起こったか全く分からない。
こんなにも綺麗な顔があるというのに、理解できないために、なんとも思わない。


「・・・・・・・・・」
「ちょっとは自分のことを考えろ」
「・・・・・・・?」


首の後ろで髪を束ねられ、右手は手首の位置で押さえられているため、身動きが取れない。丁度腰の位置にヴィスウィルの膝が左右にある。


「ヴィ・・・・ス・・・・」


コチ、コチ、と時計の音だけが部屋に響く。それでも麗はそこで食い下がるような性格でもなく。


「何怒ってんのよ。ヴィスの怪我を治すことの何が悪いの?私ばっかり助けられるなんて嫌だよ」
「何が嫌なんだ」
「嫌なの!私だって何かしたいよ」
「今はその時じゃない」
「何よその時って!助けるのに状況なんて関係ないでしょ!」
「ある」
「ない!」
「ある」
「ないっつーの!もうどいてよ!」


麗は力いっぱい抵抗し、ヴィスウィルの胸を押すが、思うように力が入らない。
急にヴィスウィルの顔が見れなくなって自分から顔を背けた。何か言葉が降ってくるのを待つが、ただ沈黙が流れるだけだ。
気がつけば手首からなけなしの熱が離れ、髪も枕の上に広がった。部屋のドアが開き、再び閉まる音も聞いたが、そちらには顔を向けず、ただ唇を噛んで枕の中に顔を埋めていた。






後書き
非常に短くてごめんなさい・・・
ここで切らないときれが悪くて・・・
喧嘩って楽しいですね!(最低)
ていうか、新年早々このネタ・・・ 20090104