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「――――っく・・・・」








「兄貴・・・」


2人は亀裂の間にぶら下がっていた。
ヴィスウィルが瞬間的に剣を抜き、壁に刺して、右手にはその剣を持ち、左手には麗を掴んでいた。


「ヴィスウィル様!」
「レイ!」


それでも吹雪は結界の外から容赦なく吹きつけ、ヴィスウィルの力を奪っていく。


「・・・・っ・・・・」


右手も左手も限界が近い。


「・・・・ヴィ・・・ス・・・」
「!」


吹雪の轟音の中でかすかに麗の声がするのをヴィスウィルは確かに聞いた。忘れもしない、よく響くアルトに近いソプラノ。いつものはきはきした喋り方とは程遠い、途切れ途切れに聞こえてくる声。
















「離し・・・て」














「!!何言っ・・・」
「このままじゃ、ヴィスも落ちちゃう。2人とも落ちちゃどうしようもないよ・・・だから・・・」
「断る」
「何言ってんのよ。こんなところで意地張っても仕方な・・・―――――・・・!」


上を向いたその先には見据える眼があった。射抜くような冷ややかな、だけど温かみが感じられる視線。もう、吸い込まれてしまっているのだろうか。












































































「もう目の前で何も失いたくはない」
「――――・・っ!」


刹那、何を思ったかヴィスウィルは剣を抜いた。




































































「兄貴?!」


一瞬、体が浮いたかと思うと、そのまま真っ逆さまに落ちていった。




















「ヴィス・・・っ!!」
「目を閉じてろ」


ヴィスウィルは麗を自分の体に埋めてしまい、ぎゅっと力をこめた。













「ヴィスウィル様!レイ様!」


ロリィを始め、3人はさあっと血の気が引いていった。もうその目に2人の姿は見えないのだから。
















































































『私は、―――――好きだよ、ヴィスウィル』


そう言って帰っていったルティナ。
何故あの時その背中に声をかけてやれなかったのだろう。失うと分かっていたら、結果は違っていたのだろうか。








































































ガッと音がして、落下の感覚が止まった。









































「っ!!・・・・・・・――――――・・・ヴィス?」


おそるおそる目を開くと、麗はヴィスウィルに抱きかかえられたまま。ヴィスウィルは壁に刺した剣の上に立っていた。下は見えないほど深い。
だが、見ているのは上だけだった。


「もう、これ以上何も・・・・・」
「ヴィス・・・」


聞いたことのない声のトーンだった。
いつもより低い、珍しく熱した声。


そう誓ったはずだ。
世界に、国に、自分に、ルティナに、それから―――――・・・・















「酔いたくなければもう少し目閉じてろ」
「・・・う、うん・・・」


そういうとヴィスウィルは、ふわりと飛び上がると同時に剣を抜き、タイミングよく壁を蹴って上へ上へと上っていった。
並外れた跳躍力。上へ登るにつれて壁を蹴る回数も増えていくが、それでも何とか地上に近づいている。




















「ねぇヴィス・・・・」
「あ?」
















「一緒に、国を守ろ・・・・」




















閉じている目がこちらを向いているのが分かった。































ヴィスウィルは、タン、と壁を蹴る。































「――――――・・・・ああ・・・・」


光はもう、すぐそこだ。








































































「っ!!ヴィスウィル様!」
「え・・・」


地上に出てきた2人に真っ先に気づいたリールが叫ぶ。


「兄貴っ!!レイ!!」
「・・・・っ・・・・よかっ・・・た・・・・」


悪条件には変わりないが、とりあえず2人が生きていたことに安堵のため息をつく。
だが、そんなのもつかの間だった。現実を見たのはシヴィルだ。


「安心するのはまだ早いぜ。問題はこれからだ」
「・・・・っ」



















ヴィスウィルは息一つ切らさず、源玉がある方向を見据えた。
"一緒に国を守ろう"。それに"ああ"と答えたはずだ。


「シヴィル!!!」
「っ!!?」


珍しく声を大きくしたヴィスウィルに、近くにいた麗が一番驚いた。


「な、なんだよ?」
「姉貴に連絡して数分オレジンの要素を国に移動するよう言ってくれ!!」
「は??!連絡って・・・」
「オレジンなら交信魔術くらいできるだろ!」


普段なら交信魔術は地味に魔力を消費するため、シヴィルには少しきついらしい。だが、この要素の多いオレジンならシヴィルにも容易いこととなる。ましてや、今は無駄に要素があつまりすぎている。


「そうじゃなくて、そんなことしたら姉貴が・・・・」
「・・・・・あのバカ姉貴・・・・シヴィルにも言ってなかったのか・・・・」


ヴィスウィルがぼそっとつぶやき、舌打ちをする。周りは何のことか分からない。


「あいつは俺より魔力は上だ!!」
「は?!」
「へ?!」
「カティ様が?!」


それぞれが個々の驚き方をする。
ヴィスウィルはラグシール内でも国王に次ぐ程魔力の強い者だ。それより強いとすれば、相当なものだ。


「めったに使わねーからあまり知られてないが、数分要素の移動をするくらい訳ない!!」
「わ、わかった!」


シヴィルはすぐに交信魔術を使う。























































































「!」
「・・・・?シヴィルから連絡か?」
「ええ。私に魔力を使えって」


カティは予想してのことだったのか、あきらめがちにため息をついた。


「ふっ・・・何年ぶりだろうな。お前が魔力を使うのは・・・」
「そうね・・・・5年ぶりくらいじゃないかしら・・・・」












カティは一歩踏み出し、目を閉じ、手を広げた。
そして、いつもより半音低い声で唱える。





























「オレジンに存在する要素の一部よ、わが声を聞け。カシオのシヴァナ=フィス=アスティルスが君臨するラグシールに一刻の要素を与えよ。カティ=フィス=アスティルスが命じる、一国の第一王女として――――――・・・・


























ラグズ―――――――――ー――」




































































「―――!」
「・・・吹雪が、止んだ・・・・」


突然吹雪が止み、雪がぱらぱらと降るだけになった。


「・・・・・よし・・・」
「よしって・・・・へ?ちょっ・・・・・うきゃあああああああああああああああっーーーーー!!!」


ヴィスウィルはその瞬間に麗を抱え上げ、ものすごいスピードで源玉の元へ向かった。麗は心臓の止まる思いだった。
目の前に源玉を見た時には、同時に花畑を見たような気がした。


「・・・・・おじいちゃんが手を振ってたわよバカ・・・・」
「振り返してやればいいじゃねーか」
「ははは、死ねって言ってんの?」


麗は色のない目でヴィスウィルを見ながら源玉を手に取る。
あの時と同じ、ひんやりとした感覚。まだ何もないのにドキリとした。この玉に国民の命がかかっている、そう思うと抱えられないくらい重い。手が震える。


「悪い、ウララ。またあの痛みが・・・」
「ううん。国の人の痛みに比べると全然・・・」
「・・・・・・・・・じゃあ、始めるぞ。時間がない」
「うん」


ヴィスウィルは麗の額に中指をあて、一言つぶやく。





















































「シギル」





















































瞬間、麗の身体にあの時の痛みが走った。我慢しきれない痛さ。叫びをこらえようにも、どうしても呻いてしまう。


「―――っ!!う・・・・っ・・・・くっ・・・あ・・・・は・・・・」
「――――っ・・・ウララ・・・っ」



















































「!!!・・・っ国がっ!!」


城からは国がほとんど一望できる。
魔力を使った後、ずっと窓から国を見ていたカティが急いでシヴァナの元まで走る。
鉛のようだった空が明け、光が差した。土砂崩れは治まり、川も流れ始めた。枯れかかっていた草原はまた芽吹きはじめた。数分前の国と同じとは思えない。


「・・・・間に合ったか、あのバカ息子・・・」

ふう、と大きくため息をついた。
































































「元の・・・・オレジンに戻った」


カティの魔法はすでにやめているはずなのに、吹雪もなくなり、元のように明るさが見える。聖地のような輝きが戻り、いつのまにか亀裂もなくなっていた。地響きが水の流れに変わり、轟音が風のささやきになった。もう立っていてもこけることもない。


「・・・・終わったんですのね・・・・」









「――――っ!レイ様!」


少し視界の悪い霧の中から出てきたヴィスウィルは、意識のない麗を抱えていた。


「レイ!!」
















終わった。やっと、フィスの要素を国に入れられることができた。とりあえずは、これで国が崩れてしまうことはない。とりあえずは。
だが、まだ全て終わったわけではない。終わりは始まりを告げる。


1度着地してもまた羽ばたかなければならない。










飛び方を忘れてもなお。










だが、少しくらい羽を休めよう。







後書き
うううわああああああああいいいい!!!
フィス編ようやく終わりましたあああああっ!!!!!
え、何、あっけない?いいのです。私の中ではもうこれが精一杯です。
だってもう、できる限りの自然現象起こしたし、麗も相当いじめたし、ネタがない!(どうしたもんかこいつ)
次は何編にしようかしら・・・・
20081226