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「ヴィス、ごめん。出発する前に魔力抜いてくれる?」
麗は少し咳き込んで眉をよせながらヴィスの服をひっぱる。
「きついのか?」
下向き加減だった麗の額に手の甲を当てるヴィスウィル。熱はないが、魔力がすこし暴走しているのかもしれない。
「ん・・・そこまでないんだけど、ちょっと馬に乗っておくのはつらいかな、てかんじ」
「十分きつそうじゃねーかよ」
横からシヴィルが馬に乗ってやってくる。リールも起きてから一言も口を開いてはいないが、やるべきことは分かっているのか、荷物をまとめて自分の馬に積む。
「ケーナズ」
ヴィスウィルは麗の額に手をあてたままつぶやく。
淡い光が一瞬灯ったあと、すぐに消えた。
「・・・終わり?」
おそるおそる麗は目を開け、ヴィスウィルを見上げる。
「ああ」
「ありがと。あー楽・・」
「じゃ、出発するか。大丈夫だな、レイ」
「うん」
麗は馬に乗り、その後にヴィスウィルが乗る。
「オレジンはもうすぐですわ」
「え、もうそんなに来たっけ?」
「相当飛ばしましたからね。明日ぐらいにはつくのではないかと」
「ぶっとばして、でしょ?」
「あたりまえだ」
「えーと・・・エチケット袋どこー」
次の日、ロリィの予想通り、オレジンに着いた。
大吹雪で前も見えないくらいかと思っていたが、意外にも雪が降っているだけだった。それよりも眼を奪われたのはこの景色だ。とてもじゃないが、この世のものとは思えない美しさだ。
足元は氷で覆われ、ところどころに雪の山ができ、割れた水面には氷が浮かんでいた。まさに北極だ。熊はいるだろうか。
「わあ・・・氷の国もすごかったけど、ここもすご・・・」
「結界から出るなよ。一瞬で凍り付いて死ぬぞ」
ヴィスウィルがさらりと恐ろしいことを言う。
外は氷点下何百度という世界だという。地球のどこでも例を挙げられない気温なのだ。寒い、なんて感覚はないはずだ。その前に死んでしまうのだから。
「あ、あれ?源玉」
ふと顔を上げると風のオレジンの時のようにガラス玉のようなものがあった。中身が水色に光っているのが分かるほどに透き通っている。
「・・・いくぞ」
「う、うん」
ヴィスウィルが足を進める。いつもより大まただ。焦っているのだろうか。
そんなヴィスウィルの背中を見上げた瞬間、麗の頭の中に風景が映った。
「!」
思わず、足を止めてしまった。
後ろの足音がなくなったのに気がついたヴィスウィルも振り向く。目線の先にいた少女は不思議な顔をしてこちらを見ていた。
だが、目は合わない。
「・・・ウララ?」
「・・・・ねぇ・・・この光景、前にもあった・・・?」
「はあ?あるわけねーだろ。今が初めてだろ、お前がここに来たのは」
「・・・う、うん・・・そのはずなんだけど・・・・あれ・・・気のせいかな?」
麗は口ではそう言いながらも確信していた。
分かっている。ここにきたのも、この景色も初めてのはずだ。だが絶対に、この感覚は気のせいではない。
ヴィスウィル達に迷惑をかけないよう、その場は流そうとした。
「ごめん、なんでもない。多分気のせ・・・・あっ・・・・」
「ウララ?」
ヴィスウィルとの距離を縮めようとした麗だが、足は前に出ず、かわりにかくん、と膝を折った。
「ウララ!」
「レイ!」
「レイ様!」
頭を抱え、何かに怯えるように震えていた。
「おいウララ、どうした?」
「・・・あ・・・な・・・にこれ・・・」
忘れていた歌詞を思い出したように次から次へと記憶にない光景が頭に浮かぶ。
これは自分の記憶ではない。誰か他の人が見た景色だ。
ラグシール国、人、戦場、綺麗な草原。相反するものすべて映し出されていく。
「レイ、どうしたんですの?」
「・・・頭の中・・・に・・・・・・何か・・・・」
「何かって何だよ?」
まるで呼吸がしずらいように息が荒くなっていく。
「レイ様、しっかりして下さい!」
麗の手はしっかりヴィスウィルの服を握り締めていた。
「・・・・!・・・・風が・・・」
ヴィスウィルがふと空を見上げ、つぶやいた。
「風が、変わった・・・・」
続けて同じことを考えたシヴィルが後を続ける。
「何が起こったんですの?」
そしてみるみるうちに強くなっていく。だが、何が起こっているか誰も分かっていない。
降っていた雪は吹雪に近くなり、周りは明るさを失っていく。道中の吹雪がまた襲ってきたようだ。
「まさか・・・・」
ヴィスウィルがギリ、と歯を鳴らした。
「何?ヴィス・・・これ、何が起こってるの?」
「・・・・オヤジの魔力が限界だ。ラグシールが崩れかかっている」
「な・・・っ!」
「じゃ、じゃあ早くしませんと!」
「・・・ヴィス、早く要素を・・・!」
麗の頭の中を巡っていた知らない景色がさらに強くなった。直接脳にたたきこまれているようだ。
「くそ、レイがこんな状態じゃ・・・」
シヴィルが源玉を見ながら舌打ちをする。
と、ヴィスウィルの服を握る手が強くなった。
「大・・・丈夫・・・・ヴィス、連れてって・・・」
まっすぐヴィスウィルを見つめる黒瞳。あらがえない、離せない目線。
「・・・っ・・・しっかりつかまってろ」
ヴィスウィルは麗をすっと抱えあげた。
「うっひゃ・・・ちょ・・・この抱え方やめてって・・・っ!」
「今更だろうが」
「ま・・・そうだけど・・・」
くやしくも2回目のお姫様抱っこ。いや、本当は2回以上されているとはロリィやシヴィル、リールは言えないでいた。
「・・・くそ・・・っ」
向かい風、雪で視界が悪く、さすがのヴィスウィルでも進みづらそうだ。そうしているうちにも風は強くなる一方、そして強くなるほどラグシールの氷の要素は減っていっている。
ヴィスウィルの結界はすでもう、意味を成さない。
街の至る所で人が倒れた。
土砂崩れがおき、川の流れは止まった。相応して、城の中も混乱が起きていた。
「お父様!」
玉座に座っていた男はうな垂れ、滴るほどの脂汗を流している。それ見たカティが駆け寄り、横に跪く。
「お父様、それ以上は無理よ」
「・・・・分かっている。自分の限界くらい承知しているさ」
それでも不適に笑うその笑みは年を感じさせない。
「・・・城下は・・・?」
「混乱しているわ。もうすぐヴィスウィル達がオレジンにつくはずなんだけど・・・」
シヴァナの顎からは汗が滴り落ちる。カティも自分の父親がここまで弱っているのは初めて見た。
いつも余裕で、よくヴィスウィルやシヴィル、それからマリスをからかっていたイメージしかないのだが、そのときの表情とは大違いだ。あの時は何故あんなにも悪名高い魔王のように見えたのだろう。その時からすれば、今は更年期障害に侵されたおっさんだ。
「・・・・やばいな」
「え?」
「・・・考えてみろ。こちらがこんなに崩れかかっているということは、オレジンは要素を増している」
「・・・・あ・・・・」
考えただけで寒気がした。
「・・・急げ、ヴィスウィル・・・・!」
「兄貴!!」
「レイ様!!」
状況は最悪だった。
ヴィスウィルは麗を抱えたまま数歩しか前に進めず、その麗は未だ頭の中に流れている景色がおさまらない。源玉は見えているものの、まだ300m程先だ。吹雪は止まず、視界が狭すぎる。
本当に、追い込まれた。
「・・・っくそ・・・・っ!」
前に進まなければならないのは分かっているのにそうできない歯痒さ。手元に抱える少女は様子がおかしいのにそれでも要素を入れるために無理矢理動かし、この悪状況の中に立たせている。どうにかしたいのにどうにもできない。
ギリ、とヴィスウィルの口元から赤い血が流れた。
ああ、また自分は何もできずに、何も救えずに、このままこうして時が過ぎるのを待っておくことしかできないのだろうか。
また自ら、大切なものを壊していくのだろうか。
もう二度と、目の前で人が死ぬのは見たくないと、そう思ったのに。
それでも未だ、それは夢で終わってしまうのだろうか。
――――――――なぁルティ、どうすればいい?
もう疲れた――――――――――――――――――――――
「ねぇ、ヴィスウィル!私のことどう思ってる?」
とても恥じらんだ様子はなく、まるで好きな食べ物を訊いているかのようにルティナは笑っていた。
「どうって・・・」
「こんなに近くにこんな美少女がいるのに何も思わないってことはないでしょ!ね、どう思ってる?」
「・・・・美少女・・・」
ヴィスウィルの目は遠い。
もちろん、冗談のつもりだが、その様子に頬を膨らませたルティナは、ヴィスウィルの視界に突然顔を出した。
「な・・・・・んだよ・・・?」
「私は――――――好きだよ、ヴィスウィル」
戦争が始まる直前の話だ。
「ヴィスウィル様!!下!!」
「!!!」
リールの声が響き、気がついた時にはヴィスウィルの足元は崩れ、亀裂が入っていた。
「――――っ!!」
「ヴィスウィル様!レイ様!」
すでにもう、ヴィスウィル達のもとへ駆けつけることができなくなった3人は、2人が亀裂の間に消えていく瞬間を見ていることしかできなかった。
後書き
なんとなく面白かった笑
それにしても私、なんでこんなに回想シーンが好きなんだろう。
やっと佳境だ。とりあえず年内に下書きしてる分は書き終わりたいや。
ここでフォローしときますと、ヴィスは暗い子だけど結構芯は強い子なんです、多分(フォローになってねぇから)
20081225
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