37


















「あっ、すみませーん!そこのりんご止めてくださぁーーーい!!」


修行から城に帰る途中だった。賑やかな街並みに負けずと明るい声が響く。見ると自分に向かって1つのりんごが少し坂になった地面を転がってくる。よく熟れた、赤色。それが足元まで来るとすっとかがんでヴィスウィルはりんごを手にした。


「ごめんなさーい!落としちゃってー!」


少し小柄な少女が足を踏み出す度にりんごが紙袋の中で跳んだりはねたりしている。


「っはあっ・・・はあっ・・・っあー疲れた。ありがとう!」


ヴィスウィルのところまできた少女は膝に手をつき、荒い息を繰り返した後、ぱっとヴィスウィルに笑いかけてお礼を言う。
ふんわりとした細い茶色の髪、瑠璃色の瞳と赤ちゃんのような白い肌。程よく薄い唇からは意外にもはきはきとした言葉が生み出される。
近くで見るとさらに小さく、ヴィスウィルの体にすっぽり埋もれてしまいそうだ。


「あら?あなたどこかで見たことあるんだけど・・・気のせいね!」
「・・・・・・」


1人で納得する少女にヴィスウィルは何も言えなくなる。仮にも一国の国王の息子だ。他国ならともかく、この国で知らない人なんて初めて見た。ヴィスウィルの性格上、それでキレたり罪にしたりと何かする訳でもないが、さすがに驚かずにはいられない。


「・・・変な奴・・・」
「うわ、初対面の女の子に向かって何てこと言うのよ!よく言われるけど!」


言われるのか。
ヴィスウィルは興味なさそうにため息をつくと、ひるがえってさっさと城の方へ歩き出した。


「ちょ、ちょっと!どこ行くのよ!」
「お前に関係ない」
「かっ関係な・・・!・・・いけど・・・名前!名前は?それだけ教えてよ!」
「・・・・・・」
「私ルティナ!あんたは?」
「・・・・・・ヴィスウィル」


ヴィスウィルはそれだけ、ぼそ、とつぶやいて足を進めた。ルティナはもう止めることはせず、その後ろ姿を見ていた。
思えば見とれるほど美しかった。光に照らされて透き通る銀の髪、貫くような碧い瞳と異性とは思えないほど白い綺麗な肌。ともすれば女性にも見える。だがそれを打ち消しているのはその完璧を通り越したスタイルだ。引き締まった四肢に理想過ぎる細さ。
ルティナは自分はこんなに完璧すぎる男はごめんだな、と思った。



















それはまだ、知り合ったばかりのころ。












































「うわあ・・・すごい人ね、ルティナって人。王子様に向かってそんな口きくなんてー」
「・・・・・・」
「何よ、人の顔じろじろと」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いや」


麗と出会ったときのことを思い出していたなんて言えない言えない。自分のことは棚に上げるタイプらしいから。









































「ちょっと!ヴィスウィル!どうしたのそれ!」
「・・・・・・」
「何とか言え!」


数回目にヴィスウィルがルティナと会ったのは街外れの丘だった。
いずれ、麗とチンピラ3人が絡まれる場所だ。
ルティナは寝転がっているヴィスウィルに軽く蹴りを入れる。


「何が」
「何がって、その怪我よ!血だらけじゃない!」


せっかくの白い肌が傷だらけ、純白だった服は赤黒く染められ、破れた腹部の布からは目を背けてしまうような深い傷が見えている。決して手当てしてある訳でもなく、血が完全に止まっている訳でもないので、ヴィスウィルの下の草は赤くなっている。


「・・・・・・別に、なんでもない」
「何でもないわけないでしょ!ほら!ちょっと起きて!」
「ちょ・・・いって・・・・・」
「ほら!痛いんじゃない!ちゃんと手当てしなきゃだめでしょ」


ルティナは無理矢理ヴィスウィルの腕を引っ張る。ずっと無表情だった綺麗な顔が歪んでもおかまいなしだ。
ルティナは一番酷い腹部の傷に手をかざした。徐々にそこは温かくなっていき、黄緑色に光る。


「・・・お前・・・魔法が使え・・・・!」
「黙って。傷が広がる」
「・・・・・・・・・」


傷はみるみるうちにふさがっていく。


「・・・!」


目を見張った。
気がついたら痛みがひき、血で染められているのに傷は全くなくなってしまった。


「よし!」
「・・・お前何で・・・」
「え?何でって、別に驚くこともないでしょ。治癒魔法くらい頑張れば使えるようになるよ」
「違う。この傷はマリスの魔力と技術をもってしてでも治りきらなかったのに・・・」


ということは、あの傷より酷かったということだ。マリスのことだから、あれでも相当良い状態にしたのだろう。
ルティナは聞きなれない名前に首をかしげる。


「つーか、何でお前がここに・・・」
「足引きずってるあんたが見えたからついてきたのよ」
「・・・・・・ストーカー・・・」
「うっさい!違うわよ」
「・・・・・・・・何者なんだ・・・?」


ヴィスウィルは十分に間をとって訊ねた。
あのマリスでも治せなかった傷をこんな短時間で完全に治すなんて常人にはできない。きっと、シヴァナでも無理だろう。


























「・・・・・・秘密よ」























「は?」
「だってヴィスウィルも教えてくんないでしょ」
「・・・・・・」


きっと、怪我の理由のことだろう。教えてやらないでもなかったが、ルティナ相手では面倒になると思い、黙った。そこまでして知りたいことでもなかったし、ヴィスウィル自体、人に関心を持たない人物だったからだ。
本当は、国に敵襲が来たのだった。国境近くに、長年対立している国が突然攻めてきて、兵士の対応も間に合わず、集めれるだけ集めて立ち向かい、ヴィスウィルの活躍もあって勝ったものの、代償も大きかった。


「・・・・・・」


ヴィスウィルは一瞬ルティナを見た後、再び寝転がった。


「ちょっと、まだ全部治してないじゃない」
「もういい。勝手に治る」


実際、他の傷はほっとけば治りそうなものばかりだった。マリスが治したのだろう。


「まぁ・・・そんなに酷そうじゃないからいいけど・・・・じゃ、私戻・・・・・・・・・っ・・・!」
「お、おい・・・ちょっ・・・!」


ルティナは立ち上がった途端、ふら、と前に傾いた。ヴィスウィルはとっさに起き上がり、ぎりぎりでルティナを支えた。
思ったよりも細い腕。顔色は悪く見えたが、すぐに笑顔に戻る。見間違いだったのだろうか。


「ご、ごめんごめん。ちょっと立ちくらみ!昨日ちょっと寝てなかったからさ!ありがと、じゃね!」


ルティナはすぐにヴィスウィルから離れ、丘を下っていった。


「・・・・・?」


この時点で気づくべきだったのだ。何もかも。
敵襲のことも話して、ルティナからもう少し聞いとくべきだった。

























そのうち丘は、2人が会う場所となった。最初のうちはヴィスウィルがいて、そこにルティナがくる、というパターンばかりだったが、いつの日か、ヴィスウィルが後になって来るということも多くなりだした。


「ていうかさ、王子様だったことくらい、教えてくれたってよかったんじゃないの?」
「聞かなかっただろ」
「そりゃそうだけど・・・なーんかおかしいとは思ったのよね。あんたと歩いてると妙に視線感じるし」


ルティナがヴィスウィルが王子だということを聞いたのはずいぶん経ってからだった。それも、本人にではなく、ロリィに。まぁ、自分の国の王子を知らなかったルティナにも非はあるのだが。


「俺が王子だと問題でもあるのか」
「いーえ!別に!・・・あー・・・そーねー・・・無駄に偉そうだとは思ってたけど。王子様だったとはねぇ・・・」
「嫌味か」
「50%ね。もう半分は驚き。・・・まぁ、でもいいんじゃない?」
「?」


寝転がるヴィスウィルの横でルティナは空を見上げる。少しだけ白のある青空。
気温は高いが、冷たい風が吹く。ルティナの茶色い髪は流れるように揺れる。それを右手で押さえ、彼女は横の王子に向かってふんわり微笑んだ。


「だってヴィスウィルはすごく国想いのいい王子様じゃない!」
「・・・・・・は?」
「じゃなきゃ、体張ってまで国のために戦えないよ」
「・・・・・・気づいてたのか」
「何が?」
「しらばっくれんな。あの日・・・お前が俺の怪我を初めて治した日・・・うすうす勘付いてただろ」
「・・・・・・」


ルティナは大して驚きもせず、きょとん、としたまま少し肩をすくめた。


「・・・んー・・まぁ・・・・まさか王子様だとは思わなかったけど。きっとお国のために働いている兵士なんだろーなーぐらいには思ってたよ」


この女は意味の分からないところで勘が鋭くて嫌だ、とヴィスウィルはずっと思っていた。怪我を隠してもばれる。魔力の使いすぎで疲労しているときもばれる。戦いでたくさんの犠牲者が出たときも、何かで思いつめているときも。そのくせ、この前までヴィスウィルが王子だったことには気づかなかったし、人に注目されていたときも気づいていなかった。


「ねぇ」
「あ?」
























「この国、ちゃんと守ってね、王子様!」



















「・・・は?今更何・・・」
「だって私・・・この国が好きだから」



























強く、風が吹いた。
何もかも吹き飛ばしてしまいそうな程。






小さな身体は舞ってしまいそうだ。


「すっごい綺麗だし、みんないい人ばっかりだし・・・・・・ヴィスウィルもいるから・・・・」
「・・・・・・」


そうほほえむルティナが風に溶けてしまいそうで、少し怖かった。


「当たり前だろ。俺の国だから」
「あんたのじゃない」


こんなにも大きい存在だからこそ、儚く、脆い。


「それにね、この国を守ることは・・・・・・」












少し、息を吸った。












「・・・・・・・・・」
「何だ」


そのまま、口を閉じ、風と共にヴィスウィルを見た。


「・・・・・・・・」
「・・・?」


彼女のいつもの笑顔が、見たことないほどにくもった、気がする。それでも、口元だけは笑っていた。


「・・・・・・何でもない!」
「はあ?」


気のせいだったと確信できるほどに、笑顔が戻った。
































だが、儚く、脆い笑顔だった。







後書き
おおう!2日連続更新!どうしちゃったの私!(暇なんだろ)
どうでもいいけど長かったな、この回。
区切るタイミング逃した・・・
しばらく、このくらい暗くなります・・・
20081212