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「ちょっとヴィス・・・」
「なんだ」
「私そろそろ吐くよ・・・?」
「だったら落とす」
「いっそそうして」


マリスの家を出た途端、ヴィスは馬をぶっ飛ばした。競馬でもやってるんじゃないかというほどの速さだ。いや、競馬より速い。
馬に乗り慣れたといっても、こんなスピードで走られたら現代人の麗は酔ってしまう。普段車なんかで酔う麗ではないが、馬は車よりも数倍揺れる。どんなに三半規管が強くても無駄だろう。


「オレジンまであとどのくらいあるわけ?」
「・・・このスピードでいけばあと3日、というところだな」
「普通のスピードなら?」
「3週間」
「・・・・・・」


どんだけ飛ばしてんだ。
ヴィスがはっ、と手綱を強く叩き、ルイはさらにスピードをあげた。麗は本当に落とされかねない、とヴィスの腰にぎゅっと抱きつく。意外と細く、筋肉で引き締まっている。服を着ていてもあれだけ細いのだ。男らしい、というか、理想の凝縮された姿だ。


(・・・何こいつ・・・細・・・)


ヴィスは自分の腰にくっついている少女をちら、と見、すぐに前に視線を戻す。































「どうしたんだよ、リール。さっきからふくれて」
「気に入らない」
「は?」
「気に入りませんわ!どうしてレイはヴィスウィル様にあんなにくっついているの?!あそこは私の定位置よ!」


リールはムキーッと歯をギリギリ言わせている。ロリィもシヴィルも苦笑いしかできない。


「そのくらい我慢しろっつの。オレだって・・・」
「え?」
「・・・い、いや。何でもない!」
「・・・・・・」
「な、何だよ」
「・・・・・・・・・いーえ!何でもないですわ!」


リールは意味深な笑顔を残したまま、シヴィルの横を抜かしていく。


「・・・くそ・・・」


多分彼女、それからロリィは自分の気持ちを知っている。





―――――と、先頭を走っていたヴィスウィルが馬を止めた。急に止まったので雪でしぶきが上がる。


「今日はここまでにしとく。明日朝早く出るぞ」
「・・・そう、だな」


皆も感じていたことだが、もうすぐするとまた天気が崩れる。ここから見える位置に野宿できそうな岩陰がある。そこで一晩明かしたほうが懸命だろう。


「ほら」
「へ?」


ヴィスウィルは馬を降りた後、続いて降りようとする麗に長い指の手を差し出してきた。


「手、が何?」
「あほか。どーせ馬酔いしてんだろーが」
「・・・まあ・・・」


正直今にも吐きそうでふらふらだ。三半規管がいかれてそうなくらい。
麗は素直にヴィスウィルの手を握った。冷たくて、温かみのある手。碧い瞳はこちらを見つめているが、きっと映しているものは違う。ここにはいない、誰かだった。麗はちゃんと分かっていたが、目を合わせないまま何も聞かずにいた。


「あ・・・りがと・・・」


本当にそう思ったのに、気持ちがこめられないのはどうしてだろう。
















































黒い背景に白い嵐が舞っている。轟音、その中でも結界の中は人の寝息しか聞こえない。それを麗は静かに聴いていた。曇っていて見えないはずの星を眺めながら。


「はぁ・・」
「眠れねーの?」
「うひょっ!」


急に足元から声が聞こえてきた。少しくもった、眠そうな声。


「何だよ、その驚き方」
「シヴィル・・・もう、脅かさないでよ。心臓止まったでしょ」
「過去形かよ」


シヴィルは上半身を起こすと、あぐらをかいた状態で座った。もう目が冴えてしまったらしい。


「馬酔いでもひどいわけ?」
「・・・ううん・・・そうじゃないんだけど、なんとなく、ね・・・・・」
「・・・・・・」


シヴィルは麗の背中を見た。強気な態度とは裏腹に弱気な背中。彼女がいつも何か考えていることは分かっていた。自分だけではないはずだ。ヴィスウィル、ロリィ、リールも多分分かっている。でも、何を考えているか分かっているからこそ何も聞かないのだ。もし聞いてしまったら、質問されたときにきっと、何も答えられないから。それならいっそ、そっとしておいた方がいい、そう思っていた。だけど、こんな麗の姿を見ると、そんな自分がどうしても許せなくて・・・


「兄貴のことだろ」
「・・・へ?」
「何だ、違うのか」
「いや、そうって言ったらそうなんだけど、違うっていったら違う気もする・・・」
「どっちだよ」


図星とは少し違う。でもヴィスウィルのことではないというとそれも違う。聞きながらもシヴィルは分かっていた。


「・・・・・・多分さ・・・」
「ん?」


シヴィルも同じように星の見えない空を見上げた。



















「多分、兄貴は望まないと思うけど、オレはお前は知っとくべきだと思うから話す」
「・・・・・・・・・・・」

















「この世界の国は五大要素でできていて、国民もその要素でできているって知ってるだろ」
「う、うん・・・」


ラグシールの場合は氷、水、火、木、風だ。その中でも一番多く自分を占めているものを系統という。


「系統ってのは多く占める要素のことで、何も他の要素が入ってないわけじゃないんだ」
「・・・え、えーと・・・空気、みたいな?」
「は?」


強いて言うなら空気の系統は窒素だ。だが窒素だけではない。酸素も二酸化炭素もある。


「よく分かんねーけど、とにかく、オレらもフィス系だとかエイス系だとか言うけど、フィス系のやつもギス(水)やディス(火)の要素も持ってるし、エイス系のやつもツィス(木)とか、五大要素の中のもんなら少しは持ってるんだよ。少なくとも3つの要素はな」
「うん、なんとなく分かった」


ちなみに、ヴィスウィルの持つ要素は氷、水、木だ。シヴィルは氷、風、水で、ロリィは風、木、水、リールは氷、火、木、水だ。リールのように4つ要素を持つものも少なくはない。だいたいは3つ、または4つ持っている。


「だがな、たまにいるんだよ。自分の中にたった1つしか要素を持たないやつが」
「1つ・・・だけ?」
「あぁ。そいつの体はたった1つの要素でしか成り立ってないんだ。純系っていって、それぞれFisis(フィスィス)、Disis(ディスィス)、Cisis(ツィスィス)、Eisis(エイスィス)、Aisis(アイスィス)、Ceses(ツェセス)、Hisis(ヒスィス)といって、各要素1000年に1人といわれている」
「1000年・・・?1000人じゃなくて・・・?」


実際、すべての要素の純系は未だ現れていない。歴史に刻まれているのはフィスィス、エイスィス、ツェセスだけだ。


「そのフィスィスの者がつい最近までいたんだよ」
「・・・・そ、それとヴィスと何の関係が・・・?」
「・・・ったく、てめーも察しがいいんだが悪いんだか・・・何回か聞いただろう」





















妙に、声が響く。




















「ルティ」
「え・・・」
「本名は・・・」
「ルティナ=フィスィス=スケルツァンド」


シヴィルよりも一音ほど低い声が割り込んできた。疲れて眠ってしまってと思っていた人の声。


「ヴィス・・・」
「兄貴・・・わり・・・レイには話すべきだと思って・・・」
「いや、いい。俺もいずれ話さないとと思っていたからな」


座ったまま眠っていたヴィスウィルはそのままの格好を保ち、首を少し動かしただけだった。相変わらず、無表情で仏頂面。声に抑揚もなければ感情もない。だが不思議と冷淡には見えなかった。

















「ルティナ・・・ルティは、貴族でも何でもない、ただの庶民の娘だった」





後書き
3ヶ月ぶりの更新!
やっとネット復活したわ!!
やっとルティの話が書けます。やっと!
多分すんごい暗くなっちゃいますが、というか、シリアスばーんってかんじです(頭打ったのかお前)
20081211