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部屋のドアをあけると、そこはベッドと小さな机、小窓だけの殺風景な部屋だった。でも妙に落ちつく。頭上には天窓があり、そこから淡い月明かりが差し込んでいた。部屋の真ん中の床を丸く照らす。夜にしては明るかった。きっと、雪があまりに白すぎるのだろう。おかげで、部屋の中は黒ではなく青色だ。深い、海の中にいるような、神秘に満ちた色。一歩でも踏み出せばあの水の中独特の真空音と水泡に包まれそうだ。
殺風景で寂しさを感じるのに不思議と心を惹かれる。幻想的ともいえるその場所へ、麗は一歩ずつ入っていく。


「・・・?・・・ふらつくのか?」


妙に足取りの重い麗をヴィスウィルが覗きこむ。


「ううん。ゆっくり歩かないと崩れちゃいそうだから」
「?」


その黒い真珠のような瞳は、窓の外を見つめていた。部屋の中よりも少し明るい青。ヴィスウィルの瞳の色によく似ている。
積もる雪はにじんだようにその青に染められているのに、ひらひらと降ってくる雪は汚れのない純白だ。白い蛍のように光って見える。


「すごい綺麗・・・・」


麗はベッドの上に座り、すぐ横の窓から外を見つめる。あとから来たヴィスウィルは別の窓から外を見た。


「本当に異世界なんだねー」
「・・・・・・」


雪なんて、見慣れて特に珍しいものではなかったはずだ。本当に、初めて雪を見るような目で窓を見つめるこの少女を見ていると、自分まで雪を初めて見るようだった。麗も、雪を初めて見るわけではない。北海道とか東北地方ほど多いわけではないが、東京も冬になると雪が降るし、小さい頃からずっと見てきた。だが、雪がとければ大草原になるであろう広い範囲に雪が粉のように積もっている姿は初めて見る。
それから、この幻想的な雰囲気。異世界ならではなのだと思う。


「・・・・・本当に汚れていない雪の影は青いんだ・・・・」
「え?」


長い指が、窓ガラスにそっとあてられる。ヴィスウィルの冷たい手でも窓ガラスは健気に反応し、一瞬ふわっと白くなり、すぐに透明に戻る。


「昔、誰かから聞いた」
「・・・そう・・・私も聞いたことあるよ、それ」


誰から、とは聞けなかった。きっと、聞いたら今よりもっと寂しい顔をするはずだから。


「地球にいたころにね。修学旅行で北海道に行ったときに。咲哉にね」


ヴィスウィルは聞き慣れない単語があったが、きっと向こうの言葉なのだろうと、適当に理解した。


「残念ながら、それきいたのは帰りの飛行機の中で北海道の雪の影がどうだったかは覚えてないけど」


窓の外から目を離さず、はは、と笑う。


「・・・・サクヤ・・・って・・・・」
「ああ、友達!そんなに長い付き合いってわけでもないんだけど、なーんか妙に私の弱点をずばずば言い当てられちゃってさ!」


麗は初めてヴィスウィルと目が合う。いつもと変わらぬ深い、暗い青。外の色と呼応している。
知らなかった。ずっとヴィスウィルは外を見ているものだと思っていた。だが、振り向けばいつでも目を合わせることができたのだ。
一瞬、その瞳に吸いこまれそうになりながら麗はベッドの端まできて足を下ろす。


「私ね、小4のころから空手やってたの」
「ショウ4?カラテ?」
「ああ、小さい頃から武術っぽいものやってたってこと!」


言葉が通じても単語の共通性がないので話しづらい。


「それで、そのころからなんか私、他の弱い子守らなきゃーっとか、強くならなきゃーとか思ってたのね。だからあまり人に涙も見せられなかったし、落ちこむ姿も見せなくなかった」


少し下向きかげんの彼女の目は長い睫毛でよく見えない。口元は笑っているが、もしかしたら涙をめいいっぱい溜めているのかもしれない。


「練習で怪我してもずっと我慢してたし、人に言われるまで黙ってた」


誰にも弱さを見せたくなかったから。


「それまでずっとそれで通してきたんだけど、咲哉は無理だったの・・・怪我するとすぐに気付かれるし、何かあったらすぐばれる。正直、最初は苦手だったの」















自分の弱さがいくらでもあるようで。















「でもある日言われた」



































ただ一言。































「"強くならなくてもいい"」
































その場に泣き崩れた。
くやしかったわけじゃない。悲しかったわけじゃない。そんな簡単な理由で泣くような麗ではなかった。その時も、もちろんこうして笑って話す今も。


「それでも私、意地っ張りだから素直になれなかった。今回の高熱騒動もだけどさ、本当は風のオレジン出たあたりからおかしいな、とは思ってたんだけど、いつも我慢しちゃうから本当に調子悪いのかどうかわかんなくなっちゃってたんだよね」


ヴィスウィルが、麗から少しだけ離れたベッドの上に腰をおろす。麗とは逆の方を見ているが、意識はちゃんと向いている。


「でも、ここにきて、もっと素直じゃない奴見つけたわ」


麗はにっこり笑ってヴィスウィルを見る。


「・・・・俺・・・?」
「じゃなきゃ誰よ?」
「・・・シヴィル・・・」
「弟を犠牲にすんな。まああいつも大概素直じゃないけど、ヴィスの方が1枚上手でしょ」
「・・・・・」


ヴィスウィルは黙って立ちあがり、麗の肩をとん、と押してベッドに寝かす。


「!」


かけ布団を麗の下から引き出し、自分の目線のところから落とした。


「ぶはっ!!なっ何すんのよ!」
「寝ろ」
「普通に言いなさいよ普通に!」
「病人は静かに寝てろ」
「むきーーーっ!!見てなさい!明日には全快してあんたなんかめためたのけちょんけちょんに・・・!」


意外と大きな手が、黒い髪と一緒に頭にかぶさる。


「・・・・・・?」





























「・・・・・・・・・・強くなくてもいい」















「・・・・!」












二度と言われないと思ってた。まさか、異世界にまできて。


「・・・・・・あんたに言われちゃ終わりよ」


一番素直じゃないくせに。
麗は布団の中にもぐりこみ、やがて寝息をたてて眠った。それでもヴィスウィルは麗に触れている手をはなそうとはしなかった。ベッドの横に座りこみ、髪に絡めていた手を頬へ下ろしていく。少し熱を持った、桜色。








































「・・・・・・・・どうすればいい・・・・?ルティ・・・・」








































少しふせていた顔を上げ、優雅な寝顔をみつめたあと、そのまま部屋を出ていく。
パタン、と戸が閉ったあと、少女のまぶたは少し開かれた。
影を背負った目。わずかに眉をよせたあと、再び眼を閉じた。




後書き
1ヶ月ぶりの更新です!
いやあ、長かった。
今日から夏休みだからちょくちょく更新できそう。
でもレポートもたまってるしな・・・
20080710