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「あれ・・・レイ、お前身体は・・・?」
「紙切れじゃないっつの!!」
「や、そーじゃなくて、さっきまであんな辛そうだったのに」
「!」


麗も言われて気がついた。さっきまで喋ることもままならなかったのに、今はヴィスウィルに立てついてまでいる。


「あれ、本当だ・・・何で・・・?」
「・・・まだ熱はあるようだが、大分下がっている」


ヴィスウィルが麗の額に手を当てながら言う。


「40度くらいから37度に下がった気分・・・」


動かせなかった手足、脳内もこんなにスムーズに動く。錘がとれたみたいだ。


「どういうことですの?それに、この氷の壁は・・・」


虹色に光り輝く氷を見上げる。どう考えても並の魔力で造ったとは思えない。ヴィスウィルでも。


「とにかく、マリスの所に向かうぞ。また雪崩が起きないうちに」
「そうですね」






































「あ、そういえばヴィス、これありがと」


麗は自分が着ていたヴィスウィルのコートを脱ぎ、彼に渡す。フィス系とはいえ、さすがにこの気温までくれば寒いだろう。


「いらない、着てろ」
「だからそれじゃああんたが寒いでしょ!私はもう大丈夫だから着なさいって。見てるこっちが寒いのよ」


ヴィスウィルのコートを脱いでもまだ麗の方がヴィスウィルより厚着だ。それに、同じフィス系のリールがさっきから寒い寒いと震えているのにヴィスウィルだけ寒くないということはないだろう。


「・・・・・・・・・」


ヴィスウィルは少し自分のコートと麗を見つめ、麗にほら、とコートを押しつけられると黙ってそれを受け取り、着た。
それを見たリールが、うわあ、ヴィスウィル様が言うこと聞いてるーと、物珍しそうにつぶやいていた。
吹雪は一向に弱まらず、気温も低いままだが、とりあえず麗が少し回復したことで5人の雰囲気は悪くない。あとの問題といえばマリスだ。もしかしたら家にも入れてくれないかもしれない。会った者は少ないし、会っても恐ろしくて思い出したくないと言う。治療法に問題があるようだ。一応フィス系で治癒魔法も使うのだから魔力は強いのだろうが、詳しいことはあまり知られていない。
と、先頭を行くリールの馬が足を止めた。


「ヴィスウィル様、着きましたわ」
「ここか・・・」


辺り一面白一色の景色の中にレンガ造りの家が一軒あった。一見(シャレではない)、普通の家だ。だが周りに景色を見るとあまりにも浮きすぎる。窓は当然閉めきり、カーテンがしてあるが、わずかに光が漏れている。きっと中には人がいるのだろう。
コンコン、とヴィスウィルが長い指で戸をノックする。

―――――――――――返事はない。

「・・・はあ・・・・まあ分かってはいたが・・・」


どうやらノックしても出てこないのは珍しいことではないらしい。むしろ出てくる方が珍しいのだ。
すると、ヴィスウィルはドアノブをガチャ、と右にひねる。


「え、ちょっとヴィス!何勝手に・・・!」
「おいマリス、入るぞ!」


勢い良くドアを開け、ずかずかと中へ入ってしまった。


「え、ちょっとーーーっ!」
「レイ様、入るしかないですよ。あの方は絶対にノックに応じないので」
「・・う・・・うん・・・まあここで待っとくわけにはいかないし」


仕方なく麗も中に入る。中は20度くらい違うんじゃないかというほど暖かかった。でも、それよりも麗は妙な違和感を感じた。誰かから、何か自分の中にあるものを引き出される感じ。周りは大丈夫なのかと4人を見るが、平然としている。


「・・・・っ・・・・気持ち悪・・・・い・・・」
「レイ様?!」


とうとう耐えられなくなってその場にぺたん、と座りこむ。


「おい兄貴!レイが!」
「!」


先に進んでいたヴィスウィルとシヴィルもロリィの声を聞いて戻ってくる。


「レイ?どうしたんですの?」
「分かんな・・・っ・・・吐きそ・・・」


抑えるかのように手を口に当て、ぎゅっと眼を閉じる。
誰かがそばにいてくれていると教えるかのように肩を抱いてくれている。誰だろう、と確かめるまでもなかった。麗より一回り大きく、長い指。白い手の甲には男性特有の筋が入り、ぎゅっと力をこめると骨が動く。


「・・・っヴィス・・・っ」


麗も無意識のうちにその人の名前を呼ぶ。返事はない。だが答えるかのようにまた手に力がこもる。もう二度と、目の前にいるものを失いたくはない、と。


























「ありゃーそりゃ大変だ」
「!」


本当にそう思っているか分からない声が奥から聞こえてきた。近づいてくる度、明かりが照らし、声の主の姿をはっきりさせる。


「早くしないとその子、死ぬよ?」
「!・・・・マリス・・・」


ヴィスウィルに低くつぶやかれた名前の人物は近くにやってきたかと思うと、椅子に座ってお茶を飲み始めた。


「マリス様!お願いです!どうかレイ様を!」
「やだよ。勝手に家に入ってきた奴らの治療すんなんて」
「・・・・・これはお前の仕業か」
「え?」


誰もが思いつかなかった可能性をヴィスウィルは平然と口に出す。マリスはお茶を飲んでいた手を止め、カチャリ、とカップをソーサーの上に置いた。そして、ヴィスウィルを見、にやりと笑う。


「・・・当たりー」
「!!」


穏健派のロリィの頭にまで血が上った。初対面のはずの少女を痛めつけてなにがおもしろいというのか。


「一体、何のために!」


麗のことをあまり良く思っていないリールまでもが声を荒げていた。


「何のため?別に何のためでもないよ。あえていうなら俺のため、だけど。俺が系統を知らない奴がこの家に入ったら徐々にそいつの一番多く占めている要素を抜き取るように魔法をかけている」


そういってマリスはまたお茶を飲み始める。おそらく、麗以外の4人はマリスと顔なじみなのだろう。
そうしている間にも、麗はうめき、だんだん体勢が低くなってくる。


「くそっ!いったん外に出た方がいいんじゃねぇか?」
「そ、そうですわね。レイ、立てます?」
「言っとくけど」


マリスがカップから口を放し、天井の電灯を見上げて言う。


「外に出ても無駄だからね」


また、にやりと笑う。


「王子様が治してあげたらー?あ、プライドが許さないからしないかもねー」


笑い混じりに言うマリスは完全にヴィスウィルをバカにしている。あの医療魔法に関してはカシス最強と謳われたマリスだ。いくらヴィスウィルに魔力やテクニックがあっても治させない自信があるのだろう。


「昔っからそうだもんね、ヴィスウィル君は。無駄にプライドばっかりでかくて・・・」




ブチッ




何処かで何かが切れた音がした。それも、何か太いものが。


「・・・・・・・・・」







ダァァァァァン!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


「?!!!?」


ヴィスウィルまでもが驚いて音がした方を向く。といっても、すぐ横なのだが。


「・・・レ、レイ様?」
「レイ?」


今さっきまで死にそうだった病人の拳は床板を割り、腕の半分あたりまで埋まっている。床下の埃か何かか、煙も上がっていた。


「・・・・・・・あんたねぇ、さっきから黙ってきいてりゃ・・・」
「おいウララ・・・」


下を向いたまま立ちあがる麗。背後には十分暖をとれそうな炎と、鬼。思わずマリスも口に持っていこうとしたカップを途中で止めて固まっている。
ずしりずしり、と麗の足はマリスの方へ進められる。ちらりと前髪の隙間から見える目は座っている。


「ロ、ロリィ?レイはどうしたんですの?」
「い・・・いえ・・・いえ、私にもよく分からな・・・」


ガシッと麗がマリスの首元を締め上げる。


「!?」


自分の目線よし少し高い位置まで縛り上げた。マリスの足はギリギリ宙に浮くくらいだ。


「ふっざけんじゃないわよ!!!!!何にも知りもしないでヴィスをバカにして!!」
「!」
「・・・レイ様・・・」


まさに鬼の形相。元が綺麗なので怒ると余計恐ろしさが伝わってくる。マリスも冷汗ものだ。


「な・・・何お前・・・・」
「ヴィスはねぇ!無駄にプライドばっかりでかいわけじゃない!」


さらにぐっと手に力がこもる。
そして、溜めこんでいた怒りを爆発させた。





































「でかいのは態度もよーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!」
































「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」」


沈黙。


「プライドだけ?!そんなもんだったらどんなにいいか!本当にそれだけだったら今すぐへし折ってやるわよ!それにねぇ!ヴィスは治さないんじゃなくて治せないのよ!!全く、ろくにロリィの言うこと聞かないで魔法の修行しないから!だいたい、あんた何なわけ?!か弱い女の子苦しめて何が楽しいのよ、ばっかみたい!!そんなやつが何ヴィスの性格知ってますみたいなこと言ってんの?!手を焼いてるのはこっちの方だっつーのーーーーーーーーーー!!!!!!」


か弱い女の子はマリスを突き飛ばした。本当は投げ飛ばしてやりたいところだったが、一応弱っているのでそれは無理だった。


「・・・・・・今俺はフォローされたのか?文句を言われたのか?」
「・・・・・どっちも、じゃねぇ?」
「いや、あれは間違いなく今までのうっぷんがたまってましたわ・・・」
「どちらかというとヤツ当たり、ですね」


どうしようもなく4人は冷静に会話を続ける。


「・・・・?!・・・・・・!?」


マリスは何が起こっているか理解できていない。


「・・・・・・・1人に・・・・・・・・・・」


力尽きたのか、麗はへたん、と座りこむ。






































「・・・・・・1人になりたがるくせに、何も失いたくはないっていう・・・・・・わがままなヤツなんだから・・・・・」






































「・・・・・・・・・・・・・!!」


そのまま、ばたん、と床に倒れた。


「ウララ!」
「レイ!」


4人が慌てて駆け寄る中、マリスは立ちあがり、埃を叩く。


「おいレイ!」
「レイ!」


みんなが呼びかけるが、返事はない。荒い息を繰り返すばかりだ。


「おい」


一番冷静な声がした。


「こっちへ連れて来い。早くしねーとそいつ本気で死ぬぞ」


さっきの彼とは別人のようなマリス。表情、声色、喋り方、雰囲気まで同じ人のものとは思えない。
ヴィスウィルは黙って麗を抱きかかえ、マリスの案内する方へ連れていった。




後書き
激しくおもしろかった。書くのが。
やっぱ麗がキレてるとこ書くの好きだわ。
そしてヴィスにつっこませるのも好き。
20080510