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「はぁっ・・・はぁっ・・・」


いよいよ麗は呼吸さえもまともに整えることはできなくなっていた。これ以上熱が上がれば多分、死ぬ。


「ウララ」
「ヴィス・・・だめ・・・私もう気遠くなって・・・きた・・・」


高熱、慣れない環境からくる疲れ、極度の寒さ。どれも麗の体力を削るものばっかりだった。


「おいレイ!寝るなって!もう少しだから!」


シヴィルも必死に呼びかけるが、麗はうなずきもしない。


「ヴィスウィル様。本当にレイ様はただの風邪でしょうか・・・?」
「分からん。とにかくマリスの所に行ってみねーと」


マリスは優秀な医術があった。今までに治せない病気はないと聞いているが、相当な人間嫌いのため、気に入った者しか治療しないらしい。だが、腕は一流だ。若干20歳にして全国にその名を轟かせているのだから。


「あの山を越えたらすぐですわ!急ぎましょう!」


一番この土地に詳しいリールが先頭をきる。さらにスピードをあげようと、手綱を強く持ち、振り下ろそうと手を高くあげるが、リールは一瞬止まり、そのままゆっくりと手を下ろしてしまった。


「リール?」


馬の足は速くなるどころか、どんどん遅くなっていき、しまいには止まってしまった。他の3頭も何回か円を描くようにしてとまった。


「リール様?どうし・・・」


リールは山の頂を見つめたまま、瞳孔を開ききり、恐ろしいものを見たような目で静止していた。


「・・・・・あ・・・・・・あ・・・・・・・・・あれ・・・・・」


やっと口に出した言葉と同時にリールの右手は山の頂上を指した。


「は?一体何が・・・・・・・・・・――――――!!!」
「!!」


それを見た途端、全身の血の気が引いた。誰がいた訳でもない。何かいたわけでもない。
山にかぶる白い雪は頂上からだんだん動き、アリの大群が動くようにおりてくる。





































「雪崩・・・・・・・・・・・!!!!!!!!!」





































「くそっ!またかよ!どうなってんだ!!」


ラグシールの氷の要素が少なくなったせいでオレジンの要素がいつも以上に濃くなり、暴走しているのだった。


「は、早く何処かに避難しませんと!!」


氷の国に住むリールでさえこんなに大きな雪崩は見たことがない。大波のように規模がでかく、人間なんてちっぽけな生き物はすぐに生き埋めにされてしまうだろう。


「・・・・いや・・・・・・・もう遅い」


ヴィスウィルが淡々と言った。だが麗を抱くその手はぎゅっと強くされた。


「でも!じゃあどうすれば!!」
「・・・・・っ!」


こんなに大きな雪崩では結界を張ろうとも吹き飛ばされてしまうだろう。まさに絶体絶命だ。


「おい兄貴!」


ヴィスウィルの歯がギリ、となった。手にも力がこもる。






































「――――――――――、・・・、・・・・・・・ヴィス」







































雪崩の轟音の中で小さな声を聞いた。























「・・・・大、丈夫。できることをやればいいんだよ」


力をこめた手に熱を持った手がかぶさる。








































瞬間、周りの音は何もかもかき消された。


ただ、小さな少女の声だけが響く世界。























「大丈夫、きっと何かできる・・・・・何でもいい。何かやれば必ず何か、変わるから。・・・・良くも悪くもなるよ。でも何か・・・・何かしないと」
「・・・・・・ウララ・・・・・」


直前で見た答えはテストで出るものだ。あきらめた、と思っても、それでも何かするべきなのだ。


「自分であきらめたって思うほどあきらめてないものなんだよ」


麗はにこりと笑う。


「どうなってもヴィスは1人じゃないから。隣を見たら必ず誰かいる。何も恐れなくていいんだよ。少なくともリールは大丈夫だって。あいつは地獄の果てまでついてくるはずよ」


そう言ってくすくす笑う。およそ状況に合わない笑い声だ。






















「お前は・・・?」
「え?」


ヴィスウィルの長い指がそっと麗の髪をすくう。とどまりきらない髪は指を伝い、再び麗の肩に落ちる。






白い雪、染まることなく輝く黒い瞳。



















「お前は、どこにいるんだ・・・?」



























隣?うしろ?それとも上にあるもっと遠くの、碧いホシ?







































「ばーか」





























麗の白い指がヴィスウィルの銀の髪をとかした。じれったいほどゆっくりと、どこにもひっかかることなく。









































「何言ってんの。あんたの目の前にいるじゃない」


誰よりも見える位置に。













































































雪の波はすぐそこまで迫っていた。あと20秒もすれば5人は海のもず・・・もくずならぬ雪のもくずだ。


「ダメだ!間に合わな・・・」
「壁だ!!氷でできるだけ暑い壁をつくれ!!!!」


ヴィスウィルが轟音に負けずと叫んだ。


「な・・・何?!」
「説明している暇はない!いいから早く!」
「分かった!」


シヴィル、リール、ロリィの3人はヴィスウィルの横に並んだ。目の前に雪崩が迫っているとは思えない据えた目で前を見つめた。
今ある現実を受け止めて、できることをする。良くなろうと悪くなろうと、関係ない。何かすれば必ず何か変わる。


全ては、信じること。







「「「「イス」」」」






4人の声が寸分たりともずれず響いた。
















途端、襲ってくる雪崩と5人の間に氷がめきめきと出来あがってくる。かなり分厚い。5mほどの厚さはあるだろう。
どんどんそれは高さを成してくるが、4人は氷が積み重なる度に息が上がってくる。たとえ氷の国、オレジンの近くであろうと、これだけの魔力を使うと、体力も削られるのだ。ロリィなんかは系統の違う魔法を使うためにルーン魔法であるのだ。このままでは雪崩を止めるほどの高さになる前に余人の体力が尽きてしまう。


「・・・・・っ・・・くそ・・・っ!!やばい・・・・限界が・・・」


ヴィスウィル以外の3人が膝をつく。それでも魔法は使い続けているが。












「・・・・ヴィ・・・・ス・・・・・・」
「・・・・・っ・・・・」


ヴィスウィルも必死で麗と、自分の身体を支える。
だめだ、ここで自分が膝を折ってしまっては、誰も、何も救えなくなる。























「ヴィス・・・・・大丈夫・・・・・・・あんた1人で・・・・・・背負わせ・・・・ない」






麗の手がゆっくり、ゆっくりとヴィスウィルの手に重ねられた。

















「くそ!ダメだ!!!上を越すぞ!!!!!!!」












































大丈夫、ほら












すぐ目の前にいるんだから











後書き
久々の更新ー。
なんかヴィスのキャラがものっそい変わってる気がする・・・
20080420