27


















「ヴィス・・・?どうかした?」


次の日、麗が目を覚ますとヴィスウィルやシヴィルが外を眺めていつも以上に深刻そうな顔をしていた。そばによって訊ねてみるが、しばらく返事は返ってこなかった。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・出れそうにない」
「え?」


やっと奥の方に戻ってシヴィルがつぶやいた言葉はそれだった。
外は予想以上に吹雪が強く、結界でどーのこーのできるほどではないと言う。たとえ、全面に結界を張っても、だ。
この世界は均衡を保ちながら営まれている。どこかの国の要素の割合が少なくなったら、その要素の国の要素が増えるのだ。ラグシールの氷の要素が少なくなったため、この氷の国の氷の要素が増え、この異常なまでの吹雪を生み出している。


「明日には弱くなりそうだが、今日は無理だな」
「そんな・・・でもそれじゃ間に合わないって・・・」
「ああ・・・もう少しオヤジにねばってもらうしかねーな」


リル族総元締め、フィス系総代という肩書きをもったヴィスウィル達の父、シヴァナ=フィス=アスティルスは要素の激減のため、崩れていく土地を防ぐために国に自分の要素を提供している。そんなことをできるのは強大な魔力をもつ、この人しかいない。


「大丈夫なの?」
「さあな。強大な魔力を持つとはいえ、限りがあるからな」


他人事のように言うヴィスウィルだが、ちゃんと確信がある喋り方だ。


「レイが心配することじゃねぇよ。あいつもあれでラグシール国王だ。すぐにへばったりしねーよ」


親子というよりは友達関係に近いその雰囲気に麗は自然と頬が緩んだ。


「レイ様、お薬の用意が出来ました」
「あ、ありがと」


ロリィが呼ぶと、麗はそちらへぱたぱたと行った。




「・・・・・・・・・・・・長引くな、あいつの風邪も・・・・・・・・・・・・ただの風邪か?」
「・・・・・・・・・・・・・・」


一向によくならない麗を見、不安がよぎる。この環境のせいもあるのだろうか。


































「あれ?ところでリールは?まだ寝てるの?」
「ああ、リール様は朝が苦手でいらっしゃるので用もないのに起こすと大変なことになりますので・・・」


いつかの日を思い出したのか、3人が苦い顔をする。ロリィによると、昼過ぎになると機嫌よく起きるらしい。確かに、ヴィスウィルや麗と同様、低血圧そうな顔をしている。


「本当、自由奔放なお姫様ねー」
「こいつだけは昔から変わんねーからな・・・」


シヴィルがため息をつきながら言う。口振りからいって、昔から知っているのだろう。


「そんなに前から知り合いなの?」
「まあ、氷の国国王の娘ととフィス系を司るアスティルス家の関係にある限りそうもなるだろうな」


ヴィスウィルだけでな。もちろんシヴィルも、侍女のロリィもそうだ。
麗はリールって王女様だったんだ、と心の中で思いながら哀れみの目で3人を見る。


「大変そうね、そんなに昔から・・・」


自分の身に起きかえるととてもじゃないが精神力が持たなそうだ。会うたびに飛びつかれ、名前を連呼され、1日中つきまとわれる。麗だったら午前中に絞め殺しそうだ。


「でも、すごくわがままで、破天荒な方ですけど、とても一途な方ですよ」
「・・・・うん。それは分かる」


そんなに長く付き合っていなくても、それは様子を見ていれば分かる。リールは本当はシヴィルと同い年なのだ。シヴィルもヴィスウィルと負けず劣らずの綺麗な顔をしている。にも関わらずシヴィル似はその様子をこれっぽっちも見せないのだ。それに、リール自身も顔はとても綺麗だし、王族なのだ。言い寄る男も1人や2人ではないだろう。


「普通お前が寝とくべきだろ」
「いーのいーの。寝とくのつまんないし!それよりロリィとシヴィルこそもう少し寝てたら?どーせ今日はずっとここにいるんでしょ?」


昨日ロリィはずっと麗の看病をし、シヴィルは交代もせずに見張りをしていたのを知っていた。あまり深く寝れないから夜中も度々目を覚ますのだ。


「でも・・・」
「大丈夫だって。何かあったらちゃんと起こすし、敵はヴィスがどうにかするから!」


決して本人の意思は聞いていない。
めったなことでは自分の欲望を表に出さないロリィも、相当疲れていたのか、お言葉に甘えて、とシヴィルと一緒に休息をとることにした。
それを確かめると、麗は入り口で見張りをしているヴィスウィルのところへ駆け寄った。


「ひっこんでろ。熱が上がるぞ」
「大丈夫だよ。これ以上上がらないところまできてるから」
「・・・・・・」


本当か、という声色だが、顔色を見ればすぐ分かる。


「・・・・・やまないね、雪」
「・・・・・・ああ」


雪は止むどころか強くなりつつある。ヴィスウィルもシヴィルも明日には弱くなると言うが、それも信じがたい。


「ヴィスってさ、意外と国思いだよね」
「は?」


クールで、何にも興味をもたず、どうにでもよさそうな性格をしているくせに、国を救おうと必死だ。そうでなければヴィスウィルは今ここにはおらず、シヴァナからの要求を断っているはずだ。今までの言動からそれが窺える。


「・・・・・・・約束、したからな」
「約束?誰と?」




























































「――――――・・・・・・・・一番、大切で、失ってはいけなかった人・・・・・・」




























































ヴィスウィルは何かを思い出すように遠くを見つめた。何の感情も読めない目。だが、今回ばかりは少し悲しさのような、寂しさのようなものが見えた気がする。確かではない。


「大切な人って、リールじゃないの?許婚だし」
「あれはあいつが勝手に言ってることだ。許婚にした覚えはないし、契約で交わしたこともない」
「それじゃあ・・・」


麗は内心少しほっとしているのに自分では気づいていなかった。気付いたとしてもそれが何故だかまで考えはしないだろう。
ヴィスウィルはちら、と麗を見る。麗はついその瞳に魅入ってしまった。ガラス玉を思わせる碧眼、まるで水に青い絵の具を落としたように澄み渡った輝きだ。


「・・・・・・ヴィス・・・・・・・?」


もう一度、遠くを見つめる。


















































「・・・・・・・・・ルティ・・・・・・・・・・・・」






























































「ルティ・・・・・?って?」


しまった、と思った。聞かない方が良かった。
一瞬、ヴィスウィルの表情が翳った気がしたからだ。


「あっ・・・いいや。別に話さなくても!それより手かして手!」
「・・・・・・手?」
「うん、ほら!」


麗が掌を反してヴィスウィルの前に出す。ヴィスウィルは怪訝そうな顔をしながらもしぶしぶ麗の手に自分の手を重ねる。
その瞬間、思った以上の彼女の手の熱さにびっくりする。


「!・・・・・・・お前、手熱・・・・」
「当たり前でしょ、熱あるんだから。それに、あんたの手も冷たすぎるのよ。あーきもちぃ」


きっと麗はこの冷たさに触れるためにヴィスウィルに手を出させた。


「・・・・・・綺麗な手してるのね」
「?」
「・・・・なんていうか、色っぽいっつーか・・・・」


それは問題発言だろう。
だが、ヴィスウィルの手はその表現が一番合っていたのかもしれない。長い指、桜貝のような爪、角張った骨、白い肌。誰がどう見ても手タレにいそうだ。


「別に、普通だろ」
「かっわいくないわね」
「かわいくなくていい」
「性格ひん曲がってるって言ってんのよ」
「お前ほどじゃないけどな」
「・・・・・・っ!むっかつく・・・私は結構素な・・・・お・・・けほっ・・・ごほっごほっ・・・」
「!」


かすれ気味だった声を無理して荒げると喉がつまって咳き込む。


「ばか、大きな声出すな」


多分、ヴィスウィルも麗の声が掠れてきていたことは気付いていたのだろう。まあ、大きな声を出させた原因はヴィスウィルにあるとも言えるのだが。


「・・・ごめ・・・ロリィ達起きちゃうね・・・けほっ」
「そうじゃなくて・・・」
「?」


それから先は言わなかった。お互いどこまでニブければ済むのだろう。

































途端、地面が揺れた。
























地震とか、そんなレベルではない。もっと大きな・・・・






































「・・・・・!」


ヴィスウィルが外に走りだし、10秒も立たぬうちに中に戻ってきた。いつになく慌てている。




















「シヴィル!!!起きろ!!!雪崩だ!!!!!」










「――――っ!んあ?!雪崩っ・・・・・・って!!!」
「すぐそこまで来ている!リールとロリィを頼む!」
「ヴィス・・・・?!雪崩って・・・!」
「てめぇもふせろ!!」
「わふっ・・・・!」


ヴィスウィルが上からかぶさり、すぐに冷たい雪で周りを囲まれた。勢いで洞窟の中まで押しやられる。
何度も壁にぶつかった。でもきっと、麗に覆い被さっているヴィスウィルなんか、もっとぶつかっているに違いない。




あれだけ高かった体温も徐々に奪われていき、そしていずれ、白い闇に包まれ、意識も手放していく。


























誰かが自分の名前を呼んでいた










後書き
何処いった崖・・・!
雪崩に押しやられたら崖に落ちちまうじゃねぇか!
まあその辺はご自由にご想像ください。
もういっそ落としちゃってもいいです(話が続かない)
20080402