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「・・・っ何よ何よ、ヴィスウィル様。あんなどこの馬の骨とも分からない女・・・っ私の方が絶対、絶対好きな・・・・・・・・っ!!」
足をついた地面が崩れた。最近そんなに太っただろうか。
つくところを失った右足は暗い闇に吸いこまれ、身体ごとのみ込まれていく。
「――――っきゃああああああああああああああああああーーーーー!!!!」
「―――――――っ!!」
肩が脱臼するんじゃないかというほどの衝撃がきた。
熱い、誰かの手に手首を掴まれている。
「・・・っは・・・はぁっ・・・・」
足元は下が見えないほどのがけだ。少しずつ崩れていく壁からおちる破片も、底につく音がしない。
「は・・・やく・・・つかまって・・・今全然力入らな・・・・・・」
「・・・レイ・・・」
顔は真っ赤だ。手首を握る手もお湯でも沸騰しそうなほど熱い。それでも必死にリールを引き上げようとしている。もしかしたら、自分も落ちるかもしれないのに。
「・・・っはなして!あなたまで落ちるわよ!」
「ふざけないで!なんであんたに指図されなきゃなんないのよ!そんな簡単にあきらめていい命なんてない!何のために神様はあなたを存在させたの!」
「・・・・・っ!」
「・・・・・ヴィスが、大好きなんでしょ・・・・?」
「・・・・・・っ」
思わず涙が出た。
まさかこんな奴にここまで知られていて、助けられて。いや、それよりも・・・・
「だから早く・・・!」
「レイ!」
麗の力も尽きようとしたころ、シヴィル、ヴィスウィル、ロリィが駆けつけた。すぐにヴィスウィルがリールを引き上げ、倒れこむ麗を支える。
「・・・・・お前、何でこっちが崖だって知って・・・・」
「・・・・・・そ、んなのわかんないよ。なんとなく、そんな感じがして・・・・」
「・・・・・・」
自分に予知能力の才能なんてあっただろうか。何故かリールが向かう先は危険な感じがした。それも、どこかに落ちるような感じがしたのだ。
「大丈夫か、リール」
シヴィルが息の上がるリールの背中をさする。
「・・・・とにかく、向こうへ行きましょう。ここはまだ何処か崖があるかもしれません」
「そうだな」
「・・・・・・・・レイ!」
リールがヴィスウィルに抱きかかえられる麗をキッと見る。
「何・・・・」
「・・・・・・・あ・・・・りが・・・・と」
せっかく見上げたのに、わざわざ目をそらしてから聞こえるか聞こえないかの声量で言う。それでも、麗にはちゃんと伝わったらしい。
「・・・・ん・・・・」
笑う余裕などないくせに、無理して笑顔を作る。
白い肌、澄み切った黒い真珠のような瞳、溶けてしまいそうななめらかな髪。敵わないと思った。最初見たときからリル族とは似て非なる美しさに息を呑んだ。それから、きっとこの人は人の心を確実に掴んでしまう。そうでなければあのヴィスウィルがこんなにも心配そうな目でこの人を見るわけがない。
気持ちで負けるつもりなどない。でもきっと現実は・・・・
「横になるか?」
ヴィスウィルが下ろす前に麗に訊ねる。
「ううん、いいや。地面冷たいし、火の近くで座っていたほうがいい」
それを聞くと、麗をそっと下ろした。
麗は最初は自力で座っていたのだが、しだいにヴィスウィルに寄りかかる形になった。
自分の首元に熱い吐息がかかる。ふと、肩に身体を寄せる少女を見た。
小さな頭、なめらかな四肢、ふせている目にかかる長い睫毛。きっと、どこをとっても美しいのだろう。
この美しい少女を自分は守りきることができるのだろうか。現に、こんなに苦しめているのに。この先、どうやって守ったらいい?どうやって扱えばいい?
今にも壊れそうなのに。
「・・・・・ヴィスウィル様・・・・」
麗を見るヴィスウィルに気がついたロリィが思わず彼の名前をつぶやいてしまったが、本人には聞こえていなかったらしい。ぴくりともしない。
時々、この人にはこんなときがある。空を見上げているときなど特にそうだ。近くまで行って、肩を叩かないと気付きはしない。普段なら鳥が羽ばたく音にさえも敏感なのに。
こんな時は決まってあの人のことを考えているときだ。
あの、空のような人のことを・・・・・
「明日の昼くらいまで止みそうにねーな、この吹雪」
沈黙に負けたのか、シヴィルが口を開く。
「どうする?その時は結界張ってでも行くか?」
「・・・・・・・いや、結界の中ではウララの体力がもたない」
「・・・そうか・・・」
結界の中は外気より気温が低くなる。この寒さの中、結界を張ったら風からはまぬがれるが、気温が低すぎてとてもじゃないが常人は10分も持たない。もっとも、フィス系やエイス系はある程度大丈夫だが。
「・・・・じゃ、じゃあさ、全部結界張らなくてもいいんじゃない?」
起きていたのか、麗がヴィスウィルの肩から頭を離しながら言う。
「どういうこと?」
ずっと口をつぐんでいたリールだが、やっと口を開いた。
「だから、風上にだけ結界を張ればいいんじゃないのってこと。そんな器用なことできれば、だけど」
「そっか。それなら完全に気温が下がることもありませんね」
「まあ本当に吹雪が止まなければ、だが。もしそうなればそれで行くしかねーな」
シヴィルが洞窟の入り口を見つめながらつぶやいた。ヴィスウィルは何も言わないが、大抵こういうときは異論はないということだ。
「まぁどっちにしても・・・・・」
シヴィルはその後の言葉はつぐんだが、4人揃って麗を見る。
「大丈夫だよ。体力には自信あるし、余計な心配必要なし!」
「だれが心配するかぼけ」
「ちょっとヴィス、何それ」
「別に」
「なんっかむかつく・・・・」
睨む麗にヴィスウィルは目を合わせようとしない。合わせてしまったら多分、こんな冗談も言えない。
「ちょっとはいたわる気持ちくらい持ちなさいよー」
「大丈夫か」
棒読み。
「大丈夫なわけないでしょばーか」
こっちもこっちで最悪だ。
だがそれでもヴィスウィルはふ、と笑った、ように見えた。確かに笑ったと思ったが、あまりに珍しいので定かではない。
「よかった・・・・」
「?」
「最近ヴィスしかめっ面ばっかりだったし、いろいろ疲れてそうだったから」
「・・・・・・」
「またそうやって無礼なことばっかり!身分をわきまえなさいって言ってるでしょレイ!」
決して嫌味とかではなく、素直になれないリールの精一杯のねぎらいの言葉だった。
「あーはいはい。ヴィスの右手が右肘に付いたらね」
「・・・・・・・・・・・・・・・さあ、ヴィスウィル様・・・・・・!」
お試しあれとでもいうような目つき。反応しないヴィスウィルの手を掴み、これもヴィスウィル様のため、と右手を右肘に付けようといろいろと曲げてみる。
「できたらサーカスにでも売りとばしてやるわ」
そう言い残して、す、と眠る麗。それを見て、シヴィルはロリィにこそっと耳打ちする。
「・・・・・なぁ、レイって絶対リールを操ってるよな・・・・?」
「・・・・・・・・・・・私もそう思ってました」
後書き
崖って・・・・!!爆笑
洞窟の中に崖ってあるのかよ。
いや、自分でもびっくらこいた。
どうでもいいですけど右手は右肘にはつきません。
骨でも折らない限り。もしくはそうとう手がでかくない限り。
20080401
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