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「ヴィスウィル様ーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」


これ以上ないくらいの猫なで声が聞こえた。人ごみの中からではない。もっと離れた所からヴィスウィルの名前を連呼する声がする。何かの機械が壊れたのか。


「ヴィスウィル様ヴィスウィル様ヴィスウィル様ーーーーー!!!!!!!!!!!」


声がする方を見ると、埃が立つほど誰かが爆走してくる姿が見えた。最初は点ほど小さかったのにあっという間に大きくなってくる。姿がはっきりしてくると、麗の後ろでヴィスウィルが息を呑むのが分かった。顔見知りだろうか。


「来てらっしゃったんですね、ヴィスウィル様ーーーーーーーー!!!!!!!!!!」


人を押しのけ、ヴィスウィルに飛びかかる。勢いでヴィスウィルも麗も馬から落ちてしまった。


「連絡くださればよかったのにヴィスウィル様!」
「―――――・・・っ離れろっ・・・・リール!」


魚釣り好きそうな名前を呼ばれた少女はしぶしぶヴィスウィルを離す。
白に限りなく近い水色の髪。いや、もう白と言っても違わないだろう。グリーンの瞳、瑠璃色のドレス、幼い顔。この顔の綺麗さはリル族に違いない。
シヴィルもロリィも何故か頭を抱えている。面倒なことになった、と。


「あいたたたた・・・・・一体何・・・」
「ほら」


シヴィルが馬を降りて麗に手を差し出す。


「ありがと」
「!」
「・・・え、何?」
「・・・・・いや・・・・」


麗が手をシヴィルの手に重ねた瞬間、シヴィルは何かに気付き、目を見開いたが、何も答えなかった。


「えっと・・・?この人は?」


ふと、ヴィスウィルに意地でもくっつこうとする少女を向くと、目が合ってしまった。キッ、と敵対心剥き出しの目をされる。


「それはこっちの台詞ですわ!ヴィスウィル様、この薄汚い女は何ですの?!」
「うすぎた・・・・!」
「いて!」


握っていたシヴィルの手がめき、といった。だが麗はそれどころではない。
ヴィスウィルが盛大にため息をついて口を開く。


「ちょっと事情があって一緒に旅をしている。変な奴だが怪しい者じゃない」
「あんたも何言ってんのよ」
「まぁ!ヴィスウィル様になんて口をきくのかしら!身分知らずな女ね!」


麗の我慢も限界にきている。隣でシヴィルが悲鳴をあげているのにも気付いていないほどに。手離してやれ。


「あ・・・・んたねぇ、さっきから何なのよ。初対面に薄汚いとか身分知らずとか言われる筋合いないんだけど!」


少女は不敵に笑った。


「わたくしはリール=フィス=クレア。この氷の国の王族で、ヴィスウィル様の許婚ですわ・・・・!!」


勝ち誇ったように高笑いをするリール。完全に麗に勝ったと思っている。ヴィスウィルは興味なさげにあらぬ方向を見ていた。ついていけないらしい。
落胆している麗を確かめるために高笑いをやめて見る。


「・・・・・・・・・・・・・・・あそ、お幸せにね」
「・・・?!は?!あなた、くやしくないの?!もっとくやしがりなさいよ!」
「何でよ?!」


何のために悔しがるのか分からない。確かに、リールに侮辱されたのは気に食わないが、許婚だと自慢されてもだから何、としか麗には思えなかった。


「別にヴィスの許婚が誰であろうと私には関係ないし」
「・・・―――――――っ!」


リールは怒りからか、恥からか、顔を赤くした。ヴィスウィルの服を掴む手に力がこもる。
リールを後目に、麗は馬に乗ろうと近づいた。だが、ぱしっと手を握られ、止められた。白い、小さな冷たい手。


「ちょっとあなた、このままで終わらせる気?」
「だから何をよ?」
「何をって・・・・」
「リール、悪いが今は急いでいる」


ヴィスウィルが後ろから麗の手を握るリールの手を掴んだ。


「ヴィスウィル様・・・・」


真っ直ぐにヴィスウィルに見つめられ、リールは黙ってしまった。
だが、手を放し、少し考え込むとぱっと顔をあげた。その顔は笑顔で輝いている。


「?」
「私もついて行きますわ、ヴィスウィル様!」
「は?」


ヴィスウィルまでもが目を丸くした。


「源玉を取りに行かれるんでしょ?私もついて行ってお手伝いいたしますわ!」
「何言って・・・・人数が多いと動きづらい。ここに残れ」
「いいえ!たとえヴィスウィル様が何を言おうと私は行きます!」


あまりの強引っぷりにもう誰も何も言えない。仕舞いには馬まで調達してきて、結局ついてくることになった。ヴィスウィルも何度もねばったが、折れてしまったのだ。だんだん面倒になってきたようにも思えたが。

























































雪山に入り、時刻も夕方になると本当に吹雪いてきた。雲は濁り、唸るように風が吹いている。


「・・・思ったよりも風が強いな。・・・おいリール、離れんなよ」
「分かってますわ。・・・・・・それにしても、どうしてあのレイという女はヴィスウィル様と一緒に乗っているの?おこがましい!1人で馬も・・・」
「・・・・・・・・頭いた・・・・・」


麗がヴィスウィルの前で眉間に皺を寄せた。


「・・・・・・リール」
「1人で乗れないくらいならついてこなければ・・・・」
「リール!!」
「!」


珍しくヴィスウィルが口調を強くしたのでリールどころか、シヴィルやロリィまで振り向く。


「少し黙れ」
「・・・・・・・・はい・・・・・・」


次に口を開いたときには元に戻っていたが、それでも何か押し込めたような話し方にリールは口をつぐんだ。


「リール、あのな、レイは・・・・」
「シヴィル、いいから・・・・」


シヴィルがリールに麗の状態を話す前に止められた。熱があるなんて言って同情を買うのはまっぴらだ。
リールは不思議そうな顔をするが、すぐに麗を睨む。自分がヴィスウィルに怒られたのは麗のせいだとばかりに。麗も見返すが、数秒も経たぬうちに前を向いた。


しだいに前方も見えなくなってきた。ゴーグルがあるわけでもないので目を開けていられない。


「・・・・これ以上は無理か」


そう判断したヴィスウィルによって、ここで一端休憩を取ることになった。この雪山には洞窟なんかが多く、風を凌げるところも多かったので場所には困らなかったが、気温ばかりは思うようにいかなかった。火を焚くが、酸素の薄い洞窟の中ではあまりよく燃えてくれない。
確実に麗の口数は少なくなっていった。ヴィスウィルもシヴィルもリールもフィス系で、エイス系のロリィは寒さには強い。東京の真ん中で育った麗には耐えられない寒さにまでなってきているのだ。


「・・・・・・・・・・・ごめんヴィス。横になりたい・・・・」


なんとか壁に寄りかかっていたが、寒さと高熱で耐えられなくなった。
ヴィスウィルが立ち、場所をあける。そのまま麗の横に座り、上着を脱いでそっと彼女にかけた。


「・・・・・寒・・・・」


リールも麗の様子がおかしいのに気がついたのか、不服そうな顔はするが、何も言わない。


「昼の時点ですでにレイの手、すげー熱かった。大分我慢してたらしいな」
「・・・・・・・・・・・大丈夫か?」
「・・・・・うん・・・・・・・・・ははっ・・・」
「?何を笑っている?」
「・・・ううん。ヴィスもねぎらいの言葉知ってんだなーって思って・・・」


弱々しく笑う麗を見ると、普段の彼女は想像もできない。


「・・・・・・っ!!」


突然、リールが立ちあがり、暗い奥の方へ歩いていった。


「!」
「リール様?どこへ・・・っ」


それを視界の端にとらえると、麗はがばっと起きあがった。そしてふらつく足でリールを追う。


「ウララ・・・・?」
「・・・・だめ・・・そっちは・・・・・!!!!!」



後書き
魚釣り好きのリール、登場です。(嘘です)
お決まりですね!定番です!
だって、麗に少しは嫉妬してほしかった!
してくれなかったけど。キャラ的にしないタイプだとは思ってましたけど;;
これからですこれから!きっと!
20080331