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「シヴィル起きて!出発の準備して!」
「んー・・・あー・・・っ・・・ってお前レイ!もうよくなったのか?!」


昨日まで隣の部屋でうなされていた少女は盛大にシヴィルの布団を取り上げる。驚くべき回復力だ、と思った。


「んな訳ないでしょ。まだ38度あるわよ。今にもぶっ倒れそう!」


うそつけ。
今にもぶっ倒れそうな奴が布団をパタパタするな。だが、強ちうそでもないようだ。強気に言う麗の顔色は間違ってもいいとは言えず、熱が高いせいか、少し赤い。


「じっとしているのは性に会わないし、つらいつらいって思うとさらにつらくなっちゃうでしょ」
「だからってお前・・・」


何も布団叩きまですることはないだろうに。
ロリィが慌てて麗をとめている。


「レイ様!座っててください!熱が上がります!」
「大丈夫よ!座ってた方が上がるってもんだから!」


何者だお前、と思いながらシヴィルはしぶしぶ仕度をする。リビングではヴィスウィルがお茶を飲んでいた。シヴィルの朝食ももう用意してある。


「いいのか?あいつ」
「?」


椅子に座りながら外を見つめる兄に話かける。いつも思うが、この兄が空を見上げない日はない。雲の形を何かに例えたりしているのだろうか。


「38度もあってあんなことしてたら本当に倒れんだろ」
「・・・・・あいつが止めて聞くようなやつだとでも?」
「いや」


即答だ。嘘でも考えて欲しかった。


「そういうことだ」
「はぁ・・・」
「早く食え。もう少しで出るぞ」
「あ、あぁ」


「ねぇヴィスーーー!!」


とうとうロリィから布団叩きを奪われてしまった麗がリビングへ戻ってくる。その声色は健康そのものだ。


「氷の国って遠いの?」
「ここからは近いな。ほら、ここから見えるだろ」
「へ?」


ヴィスウィルの視線の先を追うと、窓の外に白い山らしきものが見えた。冬でもなく、周りは晴れているというのにそこだけ雪をかぶっている。あの向こう側に氷の国があるようだ。


「あれ?むちゃくちゃ近いじゃない」
「氷の国自体はな。オレジンまで300qくらいある」
「さ・・・・さんびゃ・・・」


だから今朝でないと間に合わないと言ったのだ。
今回は馬は3頭で行くことにした。麗がいずれ1人で馬に乗れなくなることを予想してでのことだ。それに、麗1人では寒さが凌げない。ヴィスウィルが一緒に乗り、雪から守ることになった。






























「じゃあお母さん、氷の国に行った後、そのまま戻って来れないから元気でね!」
「ロリィこそね。レイちゃんは?大丈夫?」
「はい!元気マンマンで――――・・・うっひゃ!」
「じっとしてろ」


後ろから冷たい手が首筋に触れる。脈を測っているのだろうが、ヴィスウィルなんかに触れられたら余計速くなるだろう。


「一応ロリィに薬渡しておいたから」
「ありがとうございます!あっでは!」
「気をつけてね」


ヴィスウィルが何も言わずに馬を進めたので慌てて別れを言う。先ほど窓から見えた山はすぐそこだ。30分程で着くだろう。そう、最低でも30分はかかるはずだった。













「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ふざけてんの?」
「何が」
「あんた病人乗せてるって自覚あんの?何、殺す気?」


かかった時間はわずか半分、15分だった。ロリィ家を出るなり、馬をかっ飛ばしたのだ。それも、馬に同情したくなるくらい。時速80qくらいはあっただろうか。高速道路をオープンカーで走ったらこんな感じなのかもしれない。
氷の国に近づくにつれて寒くなるし、風がすごいので目は乾くし、あまりのスピードに馬から落ちそうになるし、散々だった。


「仕方ねーだろ。お前のせいで昨日の出発が今日になったんだ。我慢しろ」
「く・・・」


確かに麗のせいなので何も言えない。


「でも昨日の分は取り戻したぜ、ほら」


シヴィルに言われて周りに目を向けてみるとまさに銀世界だった。北海道ってもんじゃない、南極ってもんじゃない。いや、行った事などないが。
キラキラと宝石を散りばめたように輝く粉雪、影が黒や灰色でない青。光が強いわけではないのに思わず目を細めてしまう。


「綺麗・・・・・!」


民家の屋根には雪が積もっているが、そこまで多くはない。雪がさらさらしすぎて落ちてしまうのだ。



















「もしかしてヴィスウィル様?!」


突然声がしてすかさずわっと歓声があがる。あっという間に馬の周りには人だかりができてしまった。


「ヴィスウィル様!どうしてここに?!」
「きゃあ!素敵ーー!!シヴィル様もいらっしゃるわー!!」


確認しておくが、代々フィス系を統べるのはアスティルス家。その次期統主となるものが氷の国に来たらこうなることは火を見るよりも明らかだ。ましてやヴィスウィルの容姿だ。人目を惹くのも無理はない。やじ馬の中には黄色やピンクの声があがっている。


「要素が少なくなってきたので源玉を取りに行くだけだ」


そう冷たく答えたはずなのに、女性はきゃー!!と頬を赤らめている。何が叫ぶことなどあろうか、分からない。


「何よ、嫌に素直じゃない。氷の国の国民には優しくすんの?」


麗がそっと耳打ちする。いつもなら無視して通りすぎるヴィスウィルを変に思ったのだ。


「寝言は寝て言え。オヤジの存在を忘れたのか」
「・・・・・・・・・・なるほどね」


つまり、ラグシールでなら無視して通りすぎてもヴィスウィルはクールでそういう性格だと知られているから問題ない。(それでも好かれているのが気にくわないが)が、ここではあまりヴィスウィルの性格のことは知られていないのだ。無視して通りすぎたらすぐにシヴァナの元へ連絡がいくだろう。ヴィスウィルは無視する冷たい奴、だと。そうなったらヴィスウィルの命は危うくなる。


「ばらしちゃおっかなー。本当はこの人答えるの面倒くさがってますーって」


嫌味ったらしく笑う麗。


「はっ。そんなことしてみろ、今すぐここに置いてってやる」
「へー・・・そんなことしていいんだ?源玉はヴィスには触れられないんじゃなかったのー?」
「そうだな、それじゃあ要素を入れた後オレジンに残していくか。あそこは−30度はあったと思うが」
「あんたこそそんなことしてみなさいよ。自力で這ってでもラグシールに戻ってパパに言いつけてやるわよふふふ」
「やってみろ」
「やってやるわよ」


2人からはどす黒いオーラが渦巻いていて、野次馬も一歩後ろに下がっていた。一番かわいそうなのは2人に乗られているヴィスの馬、ルイだ。どうでもいいから降りてからやってくれとヒヒン、と鳴く。


「終わったかー?いこーぜー」


シヴィルが前から声をかける。どうやら2人の口喧嘩が終わるのを待っていたようだ。


「それで?どうするんだよ今夜は?」
「行ける所まで行って野宿するしかねーだろ」
「でもこの様子じゃ吹雪きそうだぜ?」


シヴィルはそう言うが、今は晴天で、太陽が雪を照らしている。吹雪く様子など全く見えないように思える。


「吹雪くの?晴れてるよ?」
「99%吹雪くな」
「何その自信。天気予報士の免許でも持ってんの?」
「何だそれ?」
「あぁごめん、私が悪かった」


シヴィルやヴィスウィルはフィス系を統べる王族。吹雪くかどうかくらいは風の匂いなんかで分かるのだ。雪国での天気予報なら大助かりだが、南国ではただの給料泥棒になりかねない。


「それでも少しでも前に進んどかなければ間に合わなくなる」


国も、国民も。




あの美しい国が崩れてしまう前に。




全てはこの手に託されている。




全ては。













決して立ち戻れない





後書き
氷の国編です。
300qという恐ろしく長い距離なのでいくつかにわけたいと思います。
次回は新たな登場人物が。
20080329