20


















黒というよりは紺に近い空に星が散りばめられ、月は半分しか見えないが、十分明るい。依然として風は強いままだった。それどころか少し強くなった気もする。オレジンに近づいている証拠だが、喜んでいいものなのだろうか。
一晩中結界を張り続けておくのは弱っているヴィスウィルでなくとも無理なので、途中見つけた洞窟のようなところで風を凌ぎ、眠ることにした。魔法をやめたためか、ヴィスウィルの顔色も少し戻るが、今度はシヴィルがダウンし気味になってきた。


「シヴィル、ここにお茶おいとくね」
「ん・・・あぁ」


麗は横になっているシヴィルの枕元にロリィの入れたお茶をそっと置く。シヴィルはかぶせていた腕を少し上げ、それを確認するが、すぐにまた腕を戻した。今飲む気はないらしい。そしてそのまま口を開く。話す元気はあるようだ。


「この分じゃ姉貴やオヤジ、オフクロも・・・・国民もやばいだろうな」


少なくとも、シヴィルより魔力の強いアスティルス家は。


「その、どんな感じなの?気分悪いとか?」
「まぁ、な。酷い貧血みたいなもんだよ」
「・・・・・・」


簡単に言えば風邪の初期症状だ。四肢がダルく、動かすことさえしたくない。酷いというほど気分が悪いわけではないが、軽い吐き気が波になって押し寄せてくるときもある。それくらいならまだ我慢できるのだが、一番辛いのは眩暈だ。視界が歪み、ずっと蜃気楼を見ているようだ。目を開けておきたくもない。


「ヴィスウィルも、これ、お茶おいとくね」
「――――あぁ」


ヴィスウィルは一番入り口側に座り、背中を預けて剣をかかえていた。いつキル族が襲ってきても対応できるように。
絶対に、シヴィルより、誰より辛いはずだった。


「・・・・バカヴィス」
「・・・は?何・・・」
「何でもない、バカヴィス」
「だから何・・・・・・――――!」


瞬間、ヴィスウィルの目つきが鋭くなる。


「どうかした?」
「・・・・・・・声が、聞こえる」
「は?こんな強風の中外に出る人なんて・・・・・本当だ」


シヴィルにもロリィにも聞こえた。
ヴィスウィルとシヴィルは剣を手に取り、麗とロリィを奥に引っ込めた。


「・・・泣き声・・・」
「え?」
「泣き声だよ、これ」


せっかく中の方へ入ったのに麗はヴィスウィルたちのいる入り口のところまで戻ってきた。


「子供の・・・まだ小さい・・・」


ヴィスウィルも言われて耳をすます。確かに子供の泣き声だ。それも、声を殺したように断続的に聞こえてくる。途切れるのは風のせいかもしれないが、この泣き声は確かに人ものだ。


「一体どこで・・・」
「あれ・・・」


ロリィも気になったのか、出てくると、少し先の草むらを指差す。
最初は何か分からなかったが、目を凝らすと小さな女の子がうずくまって泣いていた。


「何であんなところに・・・・・・・・・私ちょっと行ってくる!」
「お、おい!」


ヴィスウィルが手を伸ばしたが、麗はすでにヴィスウィルの腕のリーチを越えていた。


「あいつ・・・何考えて・・・」


今すぐにでも追いかけようと思ったが、この身体でこの風の中を動き回れるとは到底思えない。元気な麗だからこそ行けるのだ。それを麗自身分かって飛び出したのだ。


「レイ様・・・」


勢いよく駆け出した麗だが、実際外に出てみると思ったよりも風の抵抗が大きく、なかなか前に進めない。油断でもすれば吹き飛ばされてしまうだろう。そうならないように、一歩一歩確実に踏みしめながら泣き声に近づく。


「ね、ねぇ!大丈夫?!とにかくこっちきて!」


風音にかき消されそうになりながら声を張り上げる。聞こえたのか、子供は泣き止み、麗を見上げる。見るとエメラルドグリーンの瞳を持つ少女だった。少し癖のついた髪がよく似合っていて、とてもかわいい。リル族に違いない。


「おいで!ここは危ないから!」


麗が手を伸ばすと、少女はこくりとうなずき、手を伸ばす。麗はその手をしっかりと掴むと引っ張り、自分の身体の内側へ入れた。少女は恐怖か寒さで震えているようだ。


「大丈夫、すぐつくからね」


もしかしたら自分に言い聞かせていたのかもしれない。正直、今にも吹き飛ばされそうだし、頼りとなるものはなにもない。しかも今はこの子供まで守っている。恐怖で震えているのは自分の方か。
と、シヴィルが何かに気づき、声を張り上げた。


「レイ!!!!!危ない!!!!」
「え・・・・・?」


言われてシヴィルの目線を追うと、どこからか流れてきた流木がこちら目掛けてとんでくる。今から避けても間に合わない。いや、この風ではよけきれないだろう。


「ウララ・・・!!」


ヴィスウィルは疲れきって動きもできない。
どうにか子供だけでも守ろうと、麗は飛んでくる木を背に少女に覆い被さり、強く眼を閉じた。
































































ドン、と鈍い音がして木ははねかえり、再び風下へ流れていった。




























「いった・・・・・・・・・・・・・・・くない・・・・あれ?」


絶対にあたると思っていたのに、ぶつかった感触はなく、何処も痛くない。


「・・・・・・・・・・・ロリィか?」
「レイ様!それは1分ほどしか持ちません!急いでください!」
「う、うん!」


ちょうど洞窟の入り口についた所で魔法が切れた。


「ありがとう、ロリィ。助かった」
「いえ、レイ様をお守りするのは当然のことです」


そういって花のついた笑顔で笑う。この暗い穴の中も一瞬で明るくなりそうだ。そんなロリィの笑顔に目をくらませながら麗は連れてきた少女を見る。少女は"お姉ちゃん"と言いながら涙を目いっぱいに溜めている。


「お姉ちゃん?あなたのお姉ちゃんがどうかしたの?」


麗は少女の目線にあわせ、しゃがみこみ、頭を優しく撫でてあげながら静かに訊いた。少女はそんな麗に少しずつ話し出した。


「・・・・お・・・お姉ちゃんが・・・さら・・・さらわれちゃったの・・・っ」
「皿割れた?・・いやいや・・・攫われた?誰に?」
「わかんない・・・知らない人・・・アーナはお姉ちゃんが庇ってくれて・・・それで、大人の人に助けてもらおうと思って帰ろうと思ったんだけど・・・み、道がわかんなくなっちゃっ・・・!」


少女は再び泣きじゃくる。相当不安で、心細かったのだろう。普通の大人だってこの風の中1人で道に迷ってしまっては平常心でいられるはずがない。ましてやこんな小さな女の子に耐えられるはずもないのだ。


「もう大丈夫だから。ね?名前はアーナでいいかな?お姉ちゃんの名前はなんていうの?」
「ペリシャ・・・」
「ペリシャね!じゃあその攫っていった人の顔とか覚えてない?」


麗はあくまで笑顔で訊ねる。
そんな麗をみて落ちついたのか、アーナも泣き止んだ。


「えっと・・・目と髪がキラキラしてて・・・・王子様捜してた!」
「!!!」


アーナの無邪気な言葉に、一瞬にして緊張が走る。


「王子様・・・・ってヴィス・・・!」
「スルクか・・・」


スルク。森であったあのキル族だ。確かに瞳も髪も金色に近い。
ヴィスウィルはいつも以上に不機嫌、シヴィルは悪態をつき、ロリィも不安を隠しきれない。


「お姉ちゃん?」


何も知らないアーナは麗を呼ぶ。この子にこれ以上不安を与えてはいけないと、麗は無理矢理笑顔をつくった。


「大丈夫、ペリシャお姉ちゃんは必ず私たちが助けてあげるからね」
「本当?!」


アーナの顔がぱっと輝く。


「うん、必ず」






後書き
シヴィルの出番があまりにもかわいそうなことになってるので次回はちょっと多いです。
でも短いです。
かわいそうに、シヴィル
20080326