18
麗はロウ達が繋がれている木の横に座っていた。いろんなことを考えていたので後ろからロリィが来たのにも気がつかなかった。
「ここにいたんですね、レイ様」
「・・・ロリィ」
泣いてはいなかった。ロリィも麗は泣いていない、と妙な確信があった。
ロリィは麗の横に来ると同じように座った。
「・・・・ヴィスウィル様、お休みになられたようです」
「え?」
「座ったまま、ですけどね。少しは落ちついたんだと思います。ここは敵という敵もいませんし、気を張り詰めておく必要もないので」
麗はそれを聞き、少し笑った。
「そう、よかった・・・」
「・・・・あの方は意外とお優しいので私達に辛い姿を見せたくないんですね」
意外とって・・・結構言うな、ロリィ。
「優しい?あれが?ただの意地っ張りじゃないの?」
はは、と笑う。
「・・・・そうですね。大半はそっちですね」
ロリィもまた笑った。お互いに笑い、それが止んだ後、麗がロリィを呼ぶ。
「ねぇロリィ」
「はい?」
「ロリィはどうしてアスティルス家に仕えるようになったの?それもヴィスウィルの侍女って・・・・」
「・・・・・それは・・・・・・・」
数年前の話だった
「ちょっと!!どうしてくれんの?!」
「あっはい?!ど、どうかされたんですか?!」
ロリィはラグシールの城下町で薬を売っていた。そこに薬を持った地球の人間でいう40代くらいの女性が怒鳴り込んできた。女性が言うにはロリィのところから買った薬を自分の喉を痛めているだけの息子に服用したら次の日高熱が出た、という。
「え、でもこれはうちの薬じゃ・・・」
「お黙りなさい!私は確かにこれをここで買ったのよ!」
実際、女性の持ってきた薬は明らかにロリィの調合したものではなかった。包んでいる袋も違ければ、この女性の買った薬を覚えていたのでそれとも違うと説明したが、女性は聞く耳を持たなかった。
「どうしてくれるの!おかげでうちのかわいいビースちゃんは今頃うなされているのよ?!」
「・・・でも・・・それでは、これを飲ませてあげてください。きっと・・・」
「誰がそんなもの・・・!!」
「きゃっ!」
女性はロリィが差し出した薬を手で強く払った。本当はそれはとても貴重な高い薬だったのだが、ロリィの手を離れ、近くに来ていた人の服にふりかかった。
「えっあっ・・・!すみませ・・・!ごめんなさい!!」
ロリィはすぐさまその人の元へ行き、粉をはたく。だが、途中で手首を掴まれ、やめさせられてしまった。
「っえ・・・」
「かまわない」
初めて顔を上げ、その人を見た。
透明な碧眼、白い肌、銀髪に長身。美しい青年であった。これがこの国の王子、ヴィスウィルだとはロリィはまだ知らなかった。なんせ、まだ風の国からこちらへ来たばっかりだったのだ。
「・・・でも・・・」
「・・・・これがお前の息子が悪化したという薬か?」
「え・・・あ、はい」
女性はヴィスウィルを知っていたのでさすがにびっくりしていた。
ヴィスウィルは女性が持っていた薬を取り上げ、そのまま飲んだ。
「ちょ・・・何して・・・!」
「・・・うっわ、粉っぽ・・・・・・これで、俺に明日変化がなければこの薬は異常じゃなかったということになる。そうだったらもうここには来るな」
「それで?どうなったの?」
「結果、次の日ヴィスウィル様は平然として女性の前に現れました」
「勝ったのね!いい気味ー!・・・って、でもあれ?どうして?その女の人の息子の悪化の原因は薬じゃなかったってこと?」
「いいえ、その薬でしたよ」
あとでロリィが調べた結果、ロリィの店の近くで売っていたやぶ医者の薬で、調合を誤って毒草の割合が異常だったという。毒草は適切に調合すれば良い薬だが、誤れば死をも招きかねない。
「じゃなんで・・・」
「ヴィスウィル様はその次の日、ちゃんと倒れられました」
「ちゃんとって・・・」
何ともヴィスウィルらしかった。きっと女性の前に顔を出したその日も熱があったに違いない。ロリィを助けようにも他にもいろいろやり方があっただろうに、本当にロリィが言ったように不器用でしかない。
「実際、ヴィスウィル様が口で言えば女性はおとなしく引き下がったんでしょうけど・・・私はその時この方に仕えようって思ったんです」
それがアスティルス家の人だとは思いもよらなかった、と苦笑いで話した。
最初はヴィスウィルと会話するだけでも一苦労だった。全く意図が読めないし、口数は少ないし、どうしていいのか分からなかった。だがそのうちそれにも慣れてきて、ヴィスウィルの性格も読めてきた。それが、"意外と優しい"なのだ。
「へぇ・・・まぁ、優しいところもあるんだろうけどね」
麗はこの世界に来た時のことを思い出した。何だかんだ言いながら森を抜けるまで着いてきてくれたこと、変な輩から助けてくれたこと、手当てしてくれたこと。
「ははっ」
自然と笑いが込み上げた。
「ロリィ、レイちゃん、お茶入れたわよ」
ロリィ母が呼び、2人とも中へ入る。
麗達が戻ってくると、ヴィスウィルは少し顔色が戻っていたので2人とも安心した。
「おいしー!ロリィがいれてくれるお茶と同じ味!」
「私は母から習ったので」
ロリィの母親は満足そうにうなずき、今度レイちゃんにも教えてあげる、とキッチンへ戻りながらいう。
「もうすぐしたら出るぞ」
他愛ない会話にくすりともしないヴィスウィルがやっと口を開いた。
「えー・・・もう?つーかあんた、だからもう少し楽しそうにできないの?」
「別に楽しくない」
「・・・なんかわかんないけどムカつく・・・」
「いちいち怒っているとハゲるぞ」
「黙れ根暗王子」
「病人に言われたくない」
「・・・っ!!ムッカつくーーーー!!」
お前の方が病人だとは言えなかった。ヴィスウィルはそれを狙ったわけではないが、結果麗が何も言えなくなる。
だが、こんな会話は久しぶりだったのでそれでも嬉しかった。
何も言えなくなった麗は思わず立ちあがってしまっていたことに気づき、座ると、ぶすっとしたままお茶を飲む。
そこにお菓子を持ったロリィの母親がきた。
「ずいぶんと仲がいいんだね、2人は。何かい?恋人同士とか何か・・・」
「「ありえません」」
声が見事に揃う。
「こんなのと付き合ったらオヤジが泣いて喜ぶ」
「こっち見て言え」
「ああ確かにオフクロも大喜びだな」
「だからこっち見て言え、何その遠い目」
ヴィスウィルもシヴィルもあらぬ方向を見ている。想像でもしたのだろうか。ロリィだけが笑って見ている。
「でも珍しいね、このヴィスウィル王子にここまで立てつく子なんてはじめて見たよ」
「へ?」
「・・・そーいや失礼極まりないな、この女・・・」
今頃シヴィルが気づいたように言う。
「何のメリットがあってあんたたちに敬意をはらわなきゃなんないのよ。年だって高々2歳くらいしか離れてないし、シヴィルに至っては年下だってのに」
この世界の住人でではないのだから、アスティルス家の支配下にいるわけでもないとは口には出さなかった。出してしまってはロリィの母親が混乱する。
「・・・・・・・・」
ヴィスウィルも言われて気がついたらここまで誰かと言い争ったことは数える程しかない。親やカティとなど、肉親となら毎日のようにしているが。
他人と話さないわけでもなかったが、麗とのようにお互い罵り合うなんて何年ぶりだろう。
第一、ヴィスウィル自体が他人に興味を示さなかったし、相手もヴィスウィルという高い身分に気おとりしてしまうからだ。だが何故か、麗とはこんな風に言い争う。少なからず、麗に興味を持ったということなのだろうか。
「あっはははは!面白い子だね、レイちゃんは。ところで、どうするんだい?もう出発するのかい?」
ヴィスウィルによればもう出るとのことだったが、この計画も何も立っていない状態で出発できるのだろうか。それに、キル族のことも気がかりだ。
「・・・そうだな。キル族に邪魔されないうちに源玉を取りにいかねーと」
「ではとりあえず必要な荷物だけ持ってあとはここに置いて行きましょう」
「そうだね。ここからオレジンまでは遠いの?」
ロリィがはい、と答える。
オレジンはどこの国でも極地にあり、風のオレジンに至ってはラグシールからここに来るときよりも遠いそうだ。ラグシールからここまでが比較的近かったのでオレジンまで遠く感じるだろうが、風のオレジンはまだ近いほうだ。氷のオレジンなど気が遠くなるほどの距離らしい。
「キル族がすでに動いているはずだ。ぐずぐずしている暇はない」
「そりゃいいけど、あんた大丈夫なの?」
「何が」
剣を肩に担ぎ、立ちあがったヴィスウィルを見てお茶を飲み干し、準備をし始める。
「何がって・・・さっきまで死んでたじゃない。ちょっとは休んだんだろうけどそんくらいで回復するの?」
「・・・・回復してなかろうが行くしかねーだろ」
「そりゃそうだけど・・・」
きっと止めても行くだろう。思いのほか、国想いの王子様だから。
「シヴィルは?大丈夫なの?あんたも一応アスティルス家系でしょ?」
「一応ってなんだよ。まぁ平気・・・じゃねーけど、兄貴よか大分ましだろ」
気がついてみれば万全なのは戦力外の麗とロリィだけだった。ヴィスウィルよりましだとは言っても、シヴィルもラグシールの国民、それもアスティルス家系だ。それなりにつらいに違いない。
自分よりもつらい思いをしているヴィスウィルの見える所で倒れるわけにはいかない、とシヴィルなりに気を使っているのだろう。
後書き
やっと普通の長さです・・・
次回やっと出発です・・・
20080321
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