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「結局野宿じゃない・・・」
「お前がちんたらしてるからだろうが」
「先頭切ってたのあんたじゃない」


これではわざわざ麗に合わせて馬を歩かせていたヴィスウィルが報われない。
特に気にしていないのか、ヴィスウィルは黙って星空を見上げている。このどこかに麗の住んでいた地球があるのだろうか。この世界以外に世界が存在するなんて麗と同様、ヴィスウィルも考えたことなどなかった。この麗がくるまでは。
最初は本当に信じてなかった。異世界から来たなんて。だが流されて気がつけば何故か麗はこの世界の者とは思わなくなっていた。
綺麗な、だが近寄りがたいほどではない整った顔、リル族に似ているのだから麗の住む地球というところでは綺麗のレベルに入るのだろう。
夜の暗闇に少し浮く白い肌を見ていると身体を震わせた。


「・・・寒・・・結構冷えるのね。昼間はそんなになかっ・・・・・・わふっ!!」


少しでも熱を逃がさないように両腕で身体を抱えていると、元々暗かった視界がさらに暗くなった。顔に投げつけられたそれを取って見るとヴィスウィルの暖かさが少し残る黒いコートだった。


「着てろ」
「でも、それじゃヴィスが寒いじゃん」
「俺を誰だと思っている?」
「ヴィスウィル」
「・・・・・・・・」


基本的に氷の系統の者は寒さに強い。強いというだけで平気なわけではないが。また、他の系統の者もそれぞれ自分の系統のものに強い。むしろその環境の方が調子のいいときもある。


「じゃあ・・・ありがたく使わせてもらうよ?」
「ああ」


麗は大きなコートを背中から羽織る。こうしてみると随分体格の差があるのが分かる。麗の身体は決して小さすぎず、標準的ともいえるのにヴィスウィルのコートにすっぽり収まってしまう。


「ねないのか?」


シヴィルもロリィもすっかり寝入っている。並みの声量では起きそうもない。


「寝れないのよバカっ!!こっちは野宿なんて初めてなんだから!」
「ずいぶんと幸せな生活してたんだな」
「・・・あんたに言われたくない。ヴィスをこ寝ないの?」


戦って疲れたのではないかと考えるが、すぐにその考えを退ける。ここは地球ではない。戦いなんて多分日常茶飯事で、あれくらいのことは疲れも何も、軽い運動くらいにしかなってないのかもしれない。


「寝れるかボケ」
「は?何、喧嘩売ってんの?」
「別に寝てもいいけどな。人食いウサギの餌食にでもなってろ」
「遠慮します」


知らなかった、人食いウサギは夜も行動するのか。
ヴィスウィルが寝てしまったら見張りがいなくなり、自分の身を守れるヴィスウィルは別として他はみんながぶりだ。想像しただけで寒気がする。


「だったらさっさと寝ろ。代わりに見張りしてくれるわけじゃねーんだろ」
「まさか」


していてもウサギに食われるのがオチだ。


「じゃ寝るけどよろしくね?」
「ああ」
「おやすみ」
「ああ」


無感動な返答にため息をつき、冴えている目を無理矢理閉じた。睡眠を欲していなくとも身体は疲れていたのか、眼を閉じると数分で眠りについてしまった。
















――――――――夢を見た






地球ともカシオとも分からない場所に麗は立っていた。


右にはヴィスウィル、左には咲哉が遠く離れてたっていた。


だがいずれ、咲哉の姿は薄らんでいき、やがて消えてしまう。


麗はただ、それを何も言わずに見ていた。


何を言っても咲哉に届かないことは分かっていた。


そう、今は。


でもきっと、届く日がくる。


そう信じていたから何も言わなかった。





待ってて、きっと戻るから。


































「レイ様、起きてください。レイ様っ」
「んー」
「朝食の準備ができております」
「んー・・・ロリィ・・・?」


目を開けると寝ているのは麗だけで、他の皆はすでに朝食を食べていた。
麗が体を起こすと、ロリィが暖かいスープを注いでくれた。


「ありがと」
「なぁレイ、お前・・・」
「言っとくけどこの顔色は元々」
「―――あ、そう」


朝の麗をはじめて見たシヴィルは質問をする前に返答され、やむなく口をつぐんだ。


「ねぇヴィス」
「・・・・・・・」


麗はヴィスウィルを呼ぶが、ヴィスウィルは中にスプーンをいれた皿を手に持ち、それを眺めたまま反応しない。


「?・・・ヴィス?ヴィースーウィ―ルーーー」


麗はヴィスウィルの前まで来て、目の前で手を振ってみせる。はっと気がついたようにヴィスウィルが顔を上げた。


「っ・・・・何・・・」
「風の国まであとどれくらいかなーって思ったんだけど・・・どうかした?ぼーっとしてたけど」
「・・・何でもない。風の国はあと・・・・2qくらいだ」
「なんだ、意外と近くまで来てるのね」


ヴィスウィルはそのあとは何事もなかったように普通だった。
この森を抜ければすぐ風の国につくらしい。麗たちは朝食を食べ終わると再び出発し始めた。




「お上手になられましたね、レイ様」
「へ?何が?」
「馬乗りです。普通この短期間でそこまで上手には乗れませんよ」
「えへへ、そうかな?」


やっぱりあれか。小さいころ動物園で乗馬体験をしたのが効いたのだろうか。小さいころは吸収がいいというが、まさか異世界で役に立つとは思っていなかった。
とりあえず、麗は典型的な体育会系でよかった、とあらためて思う。ここでは地球の知識は通用しない。


「ねぇロリィ」
「はい?」


麗はロリィに話しかける。前を向いたまま、いや、ヴィスウィルを向いたまま。


「ヴィス、どうかしたの?全然喋んないけど」


元々無口な奴だとは思っていたが、今日は異常に口を開かない。それも朝麗へ返答して以来ずっと喋っていないのだ。


「・・・そうですね・・・多分、お疲れなのかなーって思います」
「え?あれで?」


麗の見る限り、そんな素振りは一切見せていない。


「当たり前だろ。要素の激減した中で戦い、高度な魔法、治癒魔法を使って・・・ただでさえ弱りきった身体なんだ。たとえ兄貴であろうと辛いに決まってんだろ」


シヴィルが横から口を挟む。それに、と続けた。


「言ってただろ、昨日のキル族のスルクが。"血を一番濃く受け継いだ"って」
「あ、あー・・・そういえば」


つまりはヴィスウィルは代々の家系の中で一番血を濃く受け継いだ稀な存在なのだ。純系だといっても、血の濃い薄いはある。ヴィスウィルはアスティルス家の中で一番天才的な血を受け継いでいるらしい。とはいってもまだ未熟なため、ちゃんと使いこなしてはいないが。やがて開花する日がくるだろう。だが、それほどに氷の要素もヴィスウィルを多く占めている。おそらくこの国で一番辛いのはヴィスウィルだろう。


「昨日の夜から朝にかけて、つらかったようです。私が起きたときにはすでに起きていらして・・・あまり眠れなかったようです」


ロリィも心配そうにヴィスウィルを見つめる。
昨日の夜、麗が眠ってしまった後シヴィルと見張りを交代したらしい。だがシヴィルが言うにはヴィスウィルはずっとうなされていて、寝ているようには見えなかった、と言う。


「レイ様」
「ん?」


ロリィが静かに呼ぶ。


「ヴィスウィル様は不器用な方ですので、レイ様が・・・・支えてあげて下さい」
「へ?どういう・・・」
「・・・いえ、なんでもありません」


きっとこの人ならできる、ロリィはそう思って止まなかった。



後書き
夜の風景が好きです。
咲乃が恋愛っぽい話を書くときはいつも夜です。何故か。
さぁ、おまけ書こうかしら。
20080319