15



















買い物をすませ、街を出た。


「ところで、どこに向かってるの?」


なんとなく先頭を行くヴィスウィルについてきたが、具体的な行き先はまだ聞いていなかった。


「風のオレジンだ」
「・・・・・・・・・・・・・ねぇロリィ」
「何ですか?」


麗はヴィスウィルに気づかれないよう、そっとロリィに耳打ちする。


「なんかヴィス怒ってる?」
「え?何でですか?」
「いや、その、なんとなく。気のせいかな?」


なんとなく、と入ったが、半ば確信していた。いつも以上に口数が少ないし、さっきからあまり相手にしてくれない。買い物をするときも殆どロリィと麗にまかせ、外で待っていた。まあ、後者は怒っていなくともすると思うが。


「さあ・・・私には分かりかねますが・・・」
「そか・・・わかんないよね、ヴィスが怒っているかなんて」


いつも無表情で感情を表に表さないのに。
気を取り直してヴィスウィルの横に並ぶ。


「それで、その風のオレジンってどこにあるの?」
「風の国」


絶対に怒っている。証拠に返答が単語だ。それでもめげずに会話を続ける。


「風の国って?」
「自分で調べろ」
「どうやってよ?!」


そのままヴィスウィルがだまってしまったのであとをロリィが続ける。そういえばロリィの系統は風だったはずだ。もしかしたらヴィスウィルより詳しい事を知っているかもしれない。


「この世界には各国以外に特別に氷の国、水の国、火の国、木の国、風の国、光の国、土の国、明の国があります。その国の極地にそれぞれのオレジンがあるんです」
「へぇ・・・その風の国に向かってるのね。遠いの?」
「いえ、そこまで遠くはありません。私が時々帰っているくらいですから」


あとから聞いた話だが、ロリィは元々風の国の住人だったらしい。別に系統が風だから風の国の住人というわけでもなく、また風の国の住人だがら系統が風ということでもないらしい。ただやはり系統と同じオレジンがある国に人々は集まる傾向があるらしい。自分の系統のオレジンが近いので住みやすいのだ。
ロリィの場合、偶然にも生まれた所も育った所も風の国だっただけだ。


「ねぇシヴィル・・・なんでヴィス怒ってんのかな?」
「オレが知るかっつーの。自分で訊けよ」


ヴィスウィルが2人いるようで余計落ちこむ。訊けるんだったらとっくに訊いている。
そのまま麗とヴィスウィルの間には沈黙が流れた。
















しばらくすると、例の森まできた。もう一度確認しておくが、麗が地球からこの森へ落ちてきて(?)から1週間も経っていない。"この前"と言えるほど最近のことなのだ。いろんなことがありすぎて長く感じる。
この前と同じ森だ。肉食植物がおいしそうに昆虫を食べていて、かわいらしいうさぎが遠くにいるが、あれは多分人食いウサギだ。


「この森、全てのものが恐ろしく見えてくる・・・見た目は綺麗なのに」
「この森では綺麗なものほど危ないので気をつけてください。下手すると死ぬものもありますので」


さらりというロリィも恐ろしい。


「あー・・・そういや毒蜂もいるってヴィスが・・・・・・・っ・・・・・げほっ・・・・ごほごほっげほっ・・・っごほ・・・っ!!」
「レイ様?!」


急に喉をつまらせた麗にロリィが慌てて近づく。


「!」


それに気づいたヴィスウィルも前を行っていたが、麗の所まで戻ってきた。それに続いてシヴィルもついてくる。


「レイ様!しっかりしてください!」
「げほっ・・・ごほっごほっ・・・・大・・・丈・・・・げほっごほっ・・・っ」
「ちょ、おい、どうしたんだよ!」


シヴィルも何が起こっているか分からず、いつになく慌てている。
そのうち麗の身体はぐらりと傾き、馬から落ちる。


「――――っレイ様!」
「!」


すんでのところでヴィスウィルが受けとめ、麗の背中を支える。慌てた様子はなく、いたって冷静だ。だからといって麗がどうしたのか理解しているわけではないらしい。
麗はなおも咳き込み続け、ヴィスウィルの服を無意識のうちにきゅっと掴んでいる。


「何があった?」


静かにヴィスウィルがロリィに状況を訊く。


「そ、それが・・・よく分からなくて!・・・急に・・・!」


ロリィのせいではないのにまるで自分のせいであるかのように涙ぐむ。


「大・・・げほっごほごほっ・・・丈夫・・・ごほっ・・・っごほ・・・っ」
「水はあるか?」
「は、はい!」


ロリィはすぐさま水を用意し、小さな器に注ぐ。ヴィスウィルはそれを受け取ると、少し自分で飲んだ。さっき買った水だ。恐らく毒味をしたのだろう。
そして麗の口元へもっていき、少しずつ飲ませる。


「ごほっ・・・・ん・・・・」


徐々に落ちついてきた。入っている水を全部のみ終えたころには殆ど咳は止まっていた。


「けほっ・・・――――あーびっくりした・・・ごめん、なんかむせちゃったみたい」
「大丈夫かよ?」
「うん、ありがと。シヴィル」


ヴィスウィルの腕の中で疲れ切った顔で笑顔を作る。だが一番ほっとしているのはロリィだった。


「・・・よかった・・・」
「ロリィもありがと」
「・・・どうした?」


ヴィスウィルだけが何かに疑問を持ち、自分の腕の中にいる少女に訊ねる。


「むせちゃっただけだって。大丈夫だよ」


そう言って何事もなかったかのように立ち上がる。ヴィスウィルは何か不毛な点があるようだったが、麗が元気そうに立ち上がるのを見ると自分も立ち上がり、ルイの元へ向かう。
実際、むせただけとは言ったものの、麗自身もそれだけではないような気もした。よく分からないが、何か、一瞬呼吸が止まったような。いや、止められたような。だからといって他に何処も身体の異常はなく、持病ももっていない。むしろ健康そのものだ。今は咳のしすぎで少し疲れてはいるが。


(どうしたんだろ・・・)


それからは何もなかった。本当にむせただけなのかもしれない。
それに、どうしてヴィスウィルが怒っているのにも関わらず心配なんてしてくれるのだろう。死ぬかもしれないのに毒味までしてくれて。


「ねぇヴィス」


麗はヴィスウィルの隣まで来てそっと話しかける。当然のように返事はない。だがおそらく聞いてはいる。


「ありがとね。その、毒味までしてくれて・・・」
「・・・・・何の用だ」


いくら何でもそりゃないよな返答に逆ギレしそうな麗だったが、それが麗に向けて言った言葉ではないと分かると、さっと後ろを振り返る。
シヴィルも馬を降り、気を張り詰めている。ヴィスウィルもさっと馬から飛び降りると手綱を麗に任せ、来た道を少し戻る。そしてゆっくりと歩きながらもう一度口を開いた。


「もう一度訊く。何の用だ」
「ヴィス・・・?何かいるの・・・?」


麗がそう言い終わるか終わらないかのうちにヴィスウィルの視線の先から人型をしたものが1人でてきた。
リル族が殆どを占めるラグシール国内では見かけない顔。だがマヤル族でもハロイ族でもない。あえていうのならリル族によったところがある。つまり顔立ちは整っているということだ。
出てきた男はにたりと笑い、口を開く。


「これはこれは。りル族王族氷現統治者アスティルス家嫡男、ヴィスウィル=フィス=アスティルス様。代々のアスティルス家の血を一番濃く受け継いだと言われ、多大稀なる才能をお持ち・・・」
「御託はいい。てめーは誰だ」


麗の聞いたことのないようなことをたくさん知っていたのでヴィスウィルの知り合いか何かと思ったがそうでもないらしい。麗としてはもう少し聞いていたかったが、ヴィスウィルが止める。


「俺はてめーと知り合った覚えはない」
「これはすみません、申し遅れました。私、キルス国キル族のスルク=ツェス=セントバードと申します。以後お見知りおきを」


そう言って男は深深と礼をする。だが彼の名前を聞いた途端、麗以外、そう、ヴィスウィルまでもが一瞬にして警戒を強め、剣を握りなおす。


「キルス国・・・・だと・・・?」
「おや、ご存知だとは・・・身に余る光栄でございます」


スルクと名乗る男は人のいいような笑みを浮かべる。逆にヴィスウィルはじり、とかまえ、今にも襲いかかりそうな勢いだ。
ロリィは何も言わず、麗のそばによって見ているだけだが、手綱を握るその手はじっとりと汗をかいている。あせりを隠しきれない。ただヴィスウィルだけがあまり変わらない表情で淡々と話す。


「キル族の者が何の用だ」


今はこうして挨拶を交わしているが、それまではヴィスウィル達の後をつけてきたのだ。国交だとは思いにくい。


「いえ、私は別に用はありません。上からの命令ですので」
「命令?」


とするとスルクは国家に仕えるものだ。
スルクは今まで笑っていた目をすこしすっと開く。笑っているのに殺意に満ちた目だ。
一瞬の間があると音もなく姿を消した。


「・・・・・っ!!!」
「源玉は渡せません」


キィンッと音がした。
次にスルクが姿を現した時にはすでにもうヴィスウィルの目の前で剣を抜き、ヴィスウィルに斬りかかっていた。見えていたのかいないのかは分からないが、ヴィスウィルはそれをきちんとふせいでいる。


「・・・っちょっ・・・ちょっと!!」
「下がってろ!」


ヴィスウィルのいつにない緊迫した声に麗は前に出そうとした足を止めた。
シヴィルが麗の前に来て背中を向ける。


「ほう・・・見慣れない顔ですね・・・」
「何の・・・まねだ・・・っ」


スルクとヴィスウィルはお互い剣の押し合いをしながらどちらもいつ引こうかタイミングを見計らっている。
スルクは余裕の表情で麗に興味を示すとにっこりと笑う。思わず微笑み返してしまいそうな笑みだ。


「言ったでしょう?上からの命令です。あなた方に源玉を渡すわけにはいきません」
「・・・・・・・」
「・・・・・っ!」


スルクは自分の剣がヴィスウィルの剣にあてたところからみるみるうちに凍っていくのを見てとっさに後ろに引く。
離れた瞬間に凍結は止まり、スルクがすっと剣をなでると氷はとけ、元通りの姿となった。どちらも魔法を使ったのだ。


「さすがですね。油断も隙もない」
「俺達が源玉を取りに行くことなどお前らには関係ないことだろうが」
「ふふふ・・・さあ?私には分かりかねます。詳しいことはヒール様にお聞き下さい。・・・おや・・・」


すっと自分の剣を見ると、凍っていた部分だけが直したにもかかわらずボロボロになっていた。


「繊維まで全て凍らせた。土の魔法じゃ修正は不可能だ」
「・・・・やられましたね。では、今日のところは引きます。でもヴィスウィル様も早く処置したほうがいいですよ?それでは、失礼します」
「・・・・・・・」


言い終わるとすぐに消えた。麗の目ではとても追いきれない。


「くそ・・・・キル族・・・っ」


シヴィルが麗達の目の前でぼそっとつぶやいた。
3人が深刻になる中、麗だけが1人何のことだか分かっていなかった。


「ヴィス、大丈夫?」
「・・・・肺に土を入れられた・・ロリィ、治癒魔法を頼む」
「あっはい!」
「は?!土?!」


ヴィスウィルは剣を収めながら淡々とそんなことを言う。


「けほっ・・・さっきの離れ際に・・・油断した・・・・けほっ・・・こほっ・・・」


収めた剣を地面につき、杖代わりにして木のそばに寄り、背中を預けて座る。麗はそれを支え、ヴィスウィルの横に座った。


「げほっ・・・ごほっ・・・」
「ヴィス、しっかりして。大丈夫?」


ロリィがヴィスウィルの前に跪き、彼の胸に手をかざす。すっと眼を閉じるとロリィの手に黄緑色の光が現れ、しだいにヴィスウィルが咳き込むのもとまった。
治癒魔法というのは自分自身にはできないらしい。その上、高度な技のため、出来る者も限られている。ヴィスウィルもシヴィルもできるが、ヴィスウィルは自分自身にはできないし、治癒魔法に関してはシヴィルよりロリィのほうが断然上だ。


「・・・おい、もしかしてさっきこいつが咳き込んだのって・・」


シヴィルがヴィスウィルに麗を指して言う。


「ああ・・」


それだけ言うとヴィスウィルは麗の胸に手を当てる。


「変態、触んな」
「誰が喜んで貧乳なんか触るか」
「・・・・っ!!」


どうあっても一発殴ってやろうと拳を作っているとヴィスウィルの手にロリィと同じような光が現れる。しばらくしたら消えた。


「おそらく・・・けほっ・・・あいつの仕業だ。何故ウララだけにしたのか目的はわからねーが」
「別に私じゃなくてもよかったんじゃない?偶然私が目に入っただけとか」
「お前1人だけっていうのが気になんだよ」


シヴィルが嫌に深刻な顔をする。見ればさっきから3人とも口をあまり開かない。だがしばらくその状況が続くとやがてヴィスウィルが重々しく口を開く。


「キルス国だ」
「・・・へ?キル・・・?何て・・・?」
「さっきのやつ、スルクが言ってただろ、キルス国のキル族だって」


シヴィルも面倒なことになった、とため息を大きくつく。


「キルス国にはキル族しかいません。また、キル族はキルス国にしかいません。確かに、本当に小さくて、それだけなら特に目立たない国なんです」
「・・・?何かあるの?」
「・・・・―――・・・小さな国ながらもその絶大な存在があるのはキル族という種族のせいです」


ロリィはだんだん青ざめ、少し震え出す。それを見たのかシヴィルが後を続けた。


「―――・・・キル族はいわば"殺し族"なんだよ」
「・・・!」


いつもより落とした声に鳥肌が立った。


「詳しいことはあまり知られていない。国交のない国だからな」
「"殺し族"って・・・」
「そのまんまだ。何の罪もない人をその時の気分によって殺す。通りすがっただけでも急に殺されることだってある。それを周りも不思議と思わない」
「な・・・・んで・・・」
「理由なんてねーよ。キル族がそういう種族だってことなだけだ。オレ達が飯食ったりするようにあいつらにとってはそれが普通なんだ」


地球で普通に学校に行くように、遊ぶように普通のこととして人を殺す。だからといって裁かれるわけでもない。普通のことなんだから。


「ラグシール国、いや、この星全ての国の敵だ」


ヴィスウィルが低くつぶやいたためか、恐ろしく寒気を覚えた。
この星全ての国の敵。全ての国対キルス国一国だ。それで国を保っているのなら相当な力があるのだろう。その国に関わるということはどういうことなのか麗でも分かった。だからこそこのヴィスウィルでさえ焦っているのだ。
ヴィスウィルはちら、と麗を見、すっと立った。


「な、何よ」
「何でもない。行くぞ。日が暮れる前までに風の国に着きたい」


馬に飛び乗りながら言う。シヴィルとロリィもならって馬に乗った。シヴィルなら分かるが、意外にロリィも馬に乗り慣れている。麗より断然速い。


「ちょっ・・・待ってよ・・・!」


事の重大さは十分理解した。



でもまだ全然足りない。






後書き
もしかしてそこまで長くないですか?
咲乃的には長かったんですけれども・・・
時間的に長かっただけかしら・・・
麗とヴィスをもうちょっといちゃいちゃさせたいけれども話の流れ的にまだできない・・・!
20080318