12


















「―――――ラ・・・ララ・・おい起きろ、ウララ」
「んーー何ー・・・まだ夜は明けてな・・・」
「明けてる」
「あー・・・おはよ、ヴィス」


おそらくこの世界の地球はほぼ1日は24時間単位で数えていいはずだ。おかげで時差ボケにも悩まされず、夜も普通に寝れた。この世界の時の単位が"時"でいいのなら今はまだ5時ごろだ。夜が明けているといっても明けたばかりである。


「何よもうーーーあと2時間寝ても学校間に合――――――・・・」


自分で言って麗は気がついた。


「・・・・・学校じゃない」


起きたら元の世界に戻っていることを願って昨晩目をつぶったのだが、その願いもむなしく、目を開けたその真ん前に異世界の象徴ともいわれるべき異常に整った顔が機嫌悪そうに覗いている。相変わらず周りはシンプルかつ豪華なもので囲まれている。


「今日から乗馬の練習するって言っただろうが。早く起きろ」
「んーーあーーーー・・・そうだったねーーー」


そんなこともあった、としぶしぶ起き上がるが、まだ頭が働かない。ボーっとしていると、綺麗な顔が覗きこんできて少し遅れてびっくりする。


「・・・何」
「・・・体調でも悪いのか」
「・・・・・・違うわよバカ。元からこんな顔色だっつってんでしょ。朝だから今は特にね」


酷くはないが、少し低血圧の麗はどうしても朝顔色がない。元から白いのでなおさらだ。ヴィスウィルもヴィスウィルでこいつが低血圧じゃないわけがない。典型的な低血圧なので麗の気持ちが分からないでもない。だがヴィスウィルが麗の気持ちなど考えるはずもない。










麗はベッドからでると、ヴィスウィルがいるのにも関わらず、前の日にロリィから借りておいた服に着替える。動きやすい軽装だ。


「あー・・・乗馬なんて私にできんのかなー」
「出来ないと困る。朝飯済ましたら外に来い」
「わかったー・・・って着替えてんだから早く出てけ」


だからお前もヴィスウィルがいなくなるまで着替えるな。
麗はヴィスウィルがいなくなると着替えの続きをして、カティから借りたファンデで白い肌に少し暗い色の粉を塗る。目がまだ半目だ。時々うとうとしている。
髪を適当にとかして緩く1つに結ぶ。
もう治ってしまった足を確認し、食堂へ向かった。


























「ヴィス?ヴィー――――ス?」


朝ご飯を食べ終えて庭にやってきたが、そこには誰もいなかった。どうやら乗馬用の庭で、柵が周りにある。
こぼれ日がすこし顔に当たった。その光をたどり、葉と葉の間を覗くと青い空が見える。うすく月が見える。
あの近くに地球があるのだろうか。
今はこの青空と同化して見えないだけなんだと信じたい。




ヴィスウィルは馬小屋から2頭馬を連れてきた。1頭は自分の、もう1頭は茶色い、普通の馬だ。
ヴィスウィルの馬は純白だった。血統書でもついているんじゃないかというほど美しい。毛並みが流れるようにはえ、たてがみは羽のようだ。まさにヴィスウィルのような人の為に産まれてきたようだった。白馬の王子様とはこんな感じなのだろうか。


ヴィスウィルは木の下に麗を名乗る少女を見つけた。木に背中をあずけ、座って眼を閉じている。眠っているのだろうか。
シルクのような髪、陶器を思わせる白いなめらかな肌、長い睫はふせるとよりいっそうその長さを際立たせる。この世界でリル族は一番美しいと言われるが、そのリル族が見ても美しい顔立ち。自分はりル族ではないと言い張るが。確かにリル族にもこんなに綺麗な奴はいない。
ヴィスウィルは何故自分がこんなにこの女に執着しているのか分からなかった。ただ、こんな女は初めてだった。今までは大抵自分の態度に傷つき、離れていく奴ばっかりだった。元々それが狙いだったし、傷つけようとは思っていなくてもくっついてくるのはお断りだった。それが麗はどんなに冷たくしても傷ついて泣いたりなどしない。口こそ酷いとは言っているが、それを気にしている様子は全くない。どんなことを言っても跳ね返してくる。こんな女は初めてだ。腹が立つ。
ヴィスウィルは思い通りにならないことに疑問を抱きながらも麗の元へ行く。


「どんだけ寝れば気が済むんだてめーは」
「・・・・んー・・・あ、ヴィス」
「始めるぞ、立て」
「うん・・・・・――――って・・・ねぇヴィス!これヴィスの馬?綺麗――――!」


麗はヴィスの右手の手綱の先にいる白い馬に近寄る。何のためらいもなくたてがみから背中をすっとなでる。だが馬は興味なさそうにしれっとしている。そう、これはまるで―――――――
麗はくすっと笑った。


「何笑っている?」
「はははっ・・・・いや、なんかヴィスに似てるなって思って。この馬」
「・・・・俺?」
「うん、似てるよ」


麗は笑いながらも馬を撫でる。
白いシルエット、聡明な双眸、その態度。これほど似ているものなどあるだろうか。だが本人は何処が似ているのかなんて気がついていない。態度だけはなぜか親近感が沸いたが。


「名前は?」
「―――・・・ルイ・・・」
「ルイ、か。綺麗な名前。ぴったりだね。よろしくね、ルイ。ヴィスみたいになっちゃダメだよ?」
「どういう意味だ」
「そういう意味よ」


ヴィスウィルは軽くため息をつくと、連れてきたもう1頭の馬を麗の横に立たせる。特に目立った特徴もない、普通の馬だ。馬特有の整った、賢そうな顔立ち、美しい毛並み。どの馬もをれは変わらない。だが麗は馬をこれほど綺麗だと思ったのは初めてだった。確かにヴィスウィルの馬、ルイよりかは劣るが、動物をテーマとして絵に描けといわれたらきっとこんな馬を描く人が圧倒的なのだと思う。


「とにかく乗ってみろ」
「うん」


麗は左足を鐙にかけ、手綱を持って引き、勢いで馬の背中に乗る。意外と簡単に乗れた。それは麗の運動神経による所もあるのだろう。
麗が乗ると馬はヒヒン、と鳴き、少し足踏みをして止まった。何度か首を振るが、ヴィスウィルが横から手綱を引き、また元通りおとなしくさせる。いくらおとなしい動物だとはいえ、知らない人間を乗せ、馬もとまどっているのだろう。


「この馬はお前にやる。勝手に名前でもつけろ」
「え?!いいの?」
「・・・いいけどちゃんと乗れるようになれよ」
「うん!えーとじゃあ・・・」


麗は少し考え、思いつく。


「ロウ!ロウにしよ!よろしくね、ロウ!」


馬は名前をつけられたのが嬉しいかのようにまたヒヒンと鳴く。ヴィスウィルもルイに乗り、麗の横に並ぶ。


「いいか、歩かせるときは手綱を軽く叩け。当てる程度でいい。あまり強いと走り出してしまう。まぁその馬は中でもおとなしい方だからある程度は大丈夫だけどな」


麗は言われた通りに手綱を軽く叩く。少し強いかな、とも思ったが、ロウは走らず、ゆっくりと歩き出した。ヴィスウィルはそれに合わせて後からついてくる。ヴィスウィルのように何年も馬に乗っていれば自然と馬の歩くスピードも自分で調節することもできるのだ。もちろん、ヴィスウィルだけではない。シヴァナはもちろん、カティやシヴィル、ロリィまでもがプロの馬乗りだ。この国では息をするのと同じ位乗馬は常識なのだ。きっと乗れないのは麗くらいなのだろう。赤ちゃんは除いて。
だが実際乗ってみると意外と簡単だ。これで競馬でもしろといわれたら当然無理だが、旅をするくらいならできるだろう。一応走るときもあるだろうとヴィスウィルは走り方まで練習させた。さすがというべきか、麗は飲みこみが早く、大して長い時間はかからなかった。
















1時間は経っただろうか。
麗は先程の木に背中を預けて座り、その反対側に同じようにヴィスウィルが座っていた。もう太陽も一番高い所を昇るころだ。決して暑くなく、春のような日差し、風が吹いている。


「ね、ヴィス」
「あ?」
「私、この国好きだよ。すっごい綺麗だし、みんないい人ばっかりだし」
「当たり前だ。俺の国だから」


お前のじゃない。


「でも・・・」


すっと視線を落とす。
もう目の前のものが信じられないわけではない。ただ、そうでもしないと周りの風景が幻想的すぎて地球のことが思い浮かびそうにはなかったから。
しかしそれは必要なかったのかもしれない。次から次へと想い出が溢れてくる。


「でもね、やっぱり帰りたいよ。お母さんお父さんやお兄ちゃん弟にも、友達にも会いたいし、それから・・・・・・咲哉にも」


身を呈して庇ってくれた咲哉。
今頃どうしているのだろう。病院には行けただろうか。


「あるかな、帰る方法」
「―――――・・・さあな」







強く、風が吹いた。


それを草や葉が知らせる。






「でも、きっと見つかる――――――――――・・・・」







これほど納得させられた言葉はない。




後書き
結構書くの楽しかった。
ほのぼのしたの書くの楽しいです。
おもしろいかどうかは別にして、ギャグっぽいのを書くのも好きです。
次回ぐらいから話が少しずつ動いてきます。
20080315