09















「レイちゃん!」


短い沈黙の後、突然後ろから声がする。パタパタと足音がこちらに向かってくる。


「ちょっと、大丈夫?足、痛いんじゃないの?」
「カティさん・・・」


声の主であるカティは麗に駆け寄り、心配そうに覗き込んだ後、ヴィスを見る。


「ヴィスウィル!ダメじゃない、レイちゃんに無理させちゃ。男は女を守らなくちゃいけないのよ?」
「知るか」


ヴィスウィルはそう言い放って向こうへ行ってしまった。自分の部屋に行ったのだろう。愛想の欠片もない。


「―――・・・まったく。ごめんね、レイちゃん、あんなひねくれてて・・・」
「いえ、大丈夫です。知ってます」


満面の笑みで返す。実の姉ということも忘れて即答してしまった。


「あら、そのドレス・・・」
「あっ・・・ロリィに貸してもらったんです。その、カティさんにもらったんだけど自分は着る機会がないから着て欲しいって・・・その、なんかごめんなさい」
「え?どうして謝るの?」


元々はカティがロリィの為にあげたドレスだ。カティの許可なしに着てしまっては気を悪くするのではないかと麗は思った。だがカティはそんなことはこれっぽっちも思わなかったらしい。そもそも、カティの性格からいってもそんなことで機嫌を損ねる奴でもないだろう。


「とっても素敵よ!そうね、レイちゃんは元がいいから何でも似合いそうだわ。これはロリィに似合いそうだと思ってあげたんだけど」


確かにあのふんわりと言ったのが一番合いそうなロリィにこの瑠璃色がとても似合いそうだ。もしかしたら麗以上に似合うかもしれない。


「あの子恥ずかしがって着ないのよ。充分かわいいと思うんだけど」
「そうですよね。私も初めて見たときからかわいいなぁって思ってたんで・・・私もこのドレス、ロリィに着て欲しいです。きっとすごく似合います!」
「でしょ?いつか絶対無理にでも着せなきゃ!」


燃えている。怖い。


「そうだ!」


カティは思い立ったように手を合わせる。ロリィにドレスを着せるいい案でも思いついたのだろうか。気をつけろ、ロリィ。


「私の部屋、すぐそこだから良かったら来て?お礼の品用意してるから!」


カティはすぐ目の前の大きな扉を指差す。白い壁にこげ茶のドア、デザインはいたってシンプルなのに両開きのためか、異様に豪華そうに見える。造られている素材が違うとか・・・?
カティは麗の返事も聞かないままその扉の方へ向かう。麗もどうしようもなくとりあえずカティに続き部屋に入る。


「・・・わあ・・・」


入った途端、思わず声をあげてしまうほどそこは明るさ、豪華さに満ちていた。全体的に白を基調として造られている。大きな窓から淡い太陽の光が差し込み、床の大理石に当たってははねかえる。派手な装飾もなければ目立った家具もないのに何故かすべてが高そうに見える。実際高いのだろうが、麗の目からは判断できない。ロリィの部屋とはまた違った清潔さがある。広さはロリィの部屋の1.5倍はありそうだが、同じくらいに見えるのはカティの部屋の方が少し物が多いからだろうか。


「どうしたの?」
「いや、その、あんまりすごい部屋なもんだから・・・」
「んー・・・そうよねぇ・・・こんなに城にお金かけるんなら募金すればいいのにね」
「ぼ、募金・・・」


この国には募金まであるのか。なんて地球的な異世界なんだ。もはやここは地球なのではないかと疑いもしたくなる。だがそうなるとこの世界にもそういうのを必要としている人達がいるということだ。何処へいっても貧富の差はあるのか。


「そこ座ってて!今用意するから」
「いえ、本当そんなに・・・」


一応断るが既にカティは聞く耳を持たない。ここはもう素直に受け取るしかない。麗は座るのがもったいないような豪華な椅子に座る。心なしかあまり深くは座っていない。気が引けるのだ。座るだけでどれくらいの価値があるのだろうと思うとそうなるのは無理もない。
カティは奥のほうへ入ると何やらガサゴソとし始めた。それを見ているだけでどうしようもない麗はとりあえず周りの物に目を向ける。カティの性格を思わせる花や置物が飾られている。それから、写真。


(これ・・・)


ベッドの脇に立て掛けてあった写真立ての中には1枚の写真が入っていた。手にとって見てみる。どうやら家族写真のようでシヴァナの若い頃、その横には奥さんであろう綺麗な女性が映っていた。どこかしらカティに似ている。2人の親の前には10歳くらいのカティとそれより小さいヴィスウィル。カティは今の姿をそのまま小さくしただけのようだった。ヴィスウィルは相変わらずの無愛想。恐らくこの写真も無理矢理とらされたような顔だった。


「かわいくないでしょ、ヴィスウィル」
「え、あっ・・・すいません、勝手に見て!」
「いいのよ。見せて悪いものじゃないわ」


ヴィスウィルは小さい頃から性格が変わってなさそうだと想像して少し笑っていると、カティが戻ってきた。手には何か持っている。


「その時も嫌がるヴィスウィルを無理矢理撮らせてね」


やっぱり。昔から性格は変わってないようだ。容姿も、今のヴィスウィルをそのまま小さくしたような感じだった。子供なのにも関わらず、何処か高貴な、綺麗な顔をしている。小さい頃のヴィスウィルが容易に想像できて麗は忍び笑った。


「それでね、これ、どうかしら。レイちゃんに似合うと思うんだけど」


そう言って手に持っていたものを差し出す。どうやら服のようだった。
見た目はオランダの民族衣装にも似ていた。黒とクリーム色のワンピース。膝丈のスカートがひらひらしている。麗は渡されたそれを広げてカティと服を交互に見る。


「これ・・・」
「ドレスをあげようかとも思ったんだけど、普段着る服がないでしょ?だったらそっちの方がいいと思って」
「こんな素敵なものいただいて・・・いいんですか?」
「もちろんよ!是非貰って!」


麗はもう一度貰った服を見る。クリーム色のふわりとした生地に黒いワンピースが重ねられ、その上からまた胸にギャザーの入ったチューブトップのようなものが重ねられて黒いワンピースと縫い付けられている。半そでで、袖が絞られていた。
どちらかといえばこういうのはロリィの方が似合いそうだが、麗にも充分似合うだろう。カティはもちろん、そのことも考えて選んだのであろう。


「あとね!食事会も頼んでおいたから楽しみにしててね!」
「え、そんな、本当そこまで・・・」


ひったくりをつかまえただけなのになんだがえらいことになってしまった。


「大丈夫よ、心配しなくても。食事会って言ってもお父様、お母様、私とヴィスウィル、弟のシヴァルとこの城に仕えてる者くらいよ」
「え、弟さんいるんですか?」
「ええ、ヴィスウィルに負けず劣らずの生意気な奴がね。まだ14歳だっていうのに蹴り飛ばしたくなるくらい口が達者よ」


いたって柔らかい笑顔だ。恐ろしい。強ち冗談でなさそうに聞こえるので余計恐ろしい。
今考えるとあのシヴァナから想像するとヴィスウィルもその生意気であろう弟さんもその性格になるのは目に見えてそうなものだ。そうすると母親はどんな人なんだろう。カティを見ると少なくとも並の力の持ち主ではなさそうだが。それも超絶美形の。想像すると寒気がするのでやめた。


「へぇ・・・見てみたいです」
「今はなんか出かけてるみたいだから食事会のときにみるといいわ」






後書き
次回辺り弟さん登場・・・かな?
パパと弟、一字違いでややこしい。
そんなつもりはなかったんだけど。
20070722