08





















「ただ今帰りました。父上」


室内なのにどれくらい歩けばいいんだろうというほど歩き、他にも増して豪華そうな扉を開けるとファンタジー物語にもでてきそうな部屋だった。縦横奥行き全て無駄に広い。家来らしき兵士が数人、同じ格好をして立っている。疲れないのだろうか。一番奥の中央には少し高い位置に玉座があり、そこには1人の男性が座っていた。
部屋の装飾に似合った眩しい服装、深く皺の刻まれた顔、深い海のような色の双眸。口を開いてもいないのにこの絶対的な存在。男はヴィスウィルが話しかけるとすっと顔を上げ、やっと口を開く。


「・・・あぁ、どうだ?少しは上達していっているのか?」
「はい、早く父上に追いつけるよう、日々全力を尽くしております」


嘘つけと思いながらもヴィスウィルの父親を見ているとふと目が合う。


「あ・・・・こ・・・んにちは」
「君は?」
「あ・・・えと」
「修行に出かけていた際、近くの森をさまよっていたいた者です。異世界から来たと意味不明なことを申しておるのですが、行くところもないようなのでここへ連れてきました。どうかお許しを」
「・・・ほう、異世界から・・・興味深いな。名前は?」
「あ、紅漣・・・いえ、レイです。ち、地球ってところから来ました」
「あの伝説の?おもしろいな。今度詳しく聞かせてくれ」
「は、はいっ!」


正直信じてもらえるとは思っていなかった。なんだかんだ言いながら、こんな話をしたらヴィスウィルの反応が1番普通なのだ。自分だって相手の立場だったら信じないだろう。なのにこの城の者はもう3人目だ。麗にとっては喜ばしいことだが、逆に裏がありそうでこわい。
ヴィスウィルの父、シヴァナ=フィス=アスティルスは麗から目を離さない。珍しい顔立ち、瞳や髪の色に興味があるのだろう。麗は国王という圧力に圧されて固まってしまっている。ヴィスウィルはその様子をみるとすっと前に1歩踏み出す。


「世話はロリィが致します。部屋は空部屋を与えてもよろしいでしょうか」
「もちろんだ。なんならお前の部屋で一緒にしてもいいぞ」


シヴァナはニタリと笑う。


「・・・ふざけん・・・いえ、おふざけにならないでいただきたい、父上」


ヴィスウィルはその美しく窺わしい微笑みを保ったまま額に青筋を浮かべている。


「偽善の敬語もうまくなったものだな」


シヴァナはさらにバカにしたように笑う。


「おかげ様で。クソジジ・・・失礼、父上」
「ヴィ、ヴィス?」
「では、私はこれで失礼します」


ヴィスはシヴァナの返事を聞く前に麗の手を取り、出口へ向かう。ヴィスウィルが足早でいくので麗は走らなければならない。
















「ちょっ・・・ヴィス?」
「・・・っくそおやじ・・・っ」


ヴィスは麗の手を引いたまま廊下をずんずん歩いていく。麗は半ば引っ張られている状態だ。通りすがった兵士やメイドが面白いように青ざめていく。麗の位置からでは見えないが、きっとヴィスはものすごい形相をしているのだろう。右手を握る手に痛いほど力がこもっている。というか、こんな偉い人がお父さんに向かってクソオヤジなんて言っていいのか?なんだかカルチャーショックだ。あくまで地球の考えだが。


「ちょっ・・・と!!ヴィス!痛い痛いーーーーーー!!!!」
「あ?」


興味なさそうに振り返る。振りかえった表情は鬼だ。思った以上に恐ろしい。元々が美しいので機嫌が悪い時の顔は一層凄みを増す。


「何が?」
「何がって・・・手も足も!私怪我人!けーがーにーんーーーっ!!」
「忘れてた」
「忘れるわけあるか」


大声は出しているものの、痛みに耐えられなくなったのか、壁に体重を預ける。ドレスが汚れるので座るのだけはやめといた。ただでさえ慣れないヒールの高い靴なのに、その靴でこんなに早く歩かれてはロリィの手当ても意味をなさない。


「・・・っていうかいいの?お父さんにそんな口利いちゃって。尊敬してるんじゃなかったっけ?」
「・・・・・・誰がいつそんなふざけたことを?」
「え、だってさっき、父上に追いつけるよう頑張りますみたいなこと言ってたじゃない」
「あほかお前」


鼻で笑われる。


「な、何でよ?!」
「俺があのくそおやじを尊敬してる?天地がひっくり返ってもありえない」


異世界からやって来たってのと天地がひっくり返るのってどっちが珍しいことなんだろう。どっちにしろ、めったにはないことだ。そこまで嫌っているのかこいつは。


「じゃあなんでさっきあんなにかしこまってたのよ?」
「周りの目があるだろうが。といっても俺とオヤジの関係くらいこの城の者なら誰でも知っているが。それでもああいう人が集まった中ではそれらしい態度をとるのが常識だ。国民の前とかは特にな」


証拠に、個人の用事の時は思いっきりクソ息子だとカティに後で聞いた。また、それはカティに対する態度とて同じことだ。公の場ではきちんと敬語だが、そうでなければ生意気な弟らしい。
これはロリィにあとで聞いた話だが、国民の前では"良い息子""良い弟""良い王子"で通っているのでそれに惚れている国民も少なくないらしい。というか、殆どは惚れているらしい。顔が無駄にいいので無理もない。だが本当のヴィスを知ったときのことを考えるとかわいそうで仕方ない。なのにヴィスウィルはそれに対して"勝手に勘違いしているほうが悪い"と無責任なことを言っている。確かにヴィスウィルは隠しているわけではなかった。王族の形式上、そうせざるを得ないだけだ。


「まぁそれも大変だろうけど・・・そんなに嫌わなくてもいいじゃない」


天地がひっくり返るほど。


「あれが嫌わずにいられるか。俺が抵抗できないことをいいことに思いっきりバカにしやがって・・・っ」


小さく舌打ちする。そういえばさっきシヴァナは息子をいじるのを楽しいかのようにヴィスウィルと話していた。


「そ・・・それはかわいそう・・・ね」


麗もそうとしか言いようがない。他に言葉が思いつかない。


後書き
ちょっと短めです。
表は礼儀正しい、裏はグチグチ言ってる子が書きたかったのです。
腹黒いの大好き。
20070605