07






















城は近くで見るとさらに迫力があった。近くといっても城門と広すぎる庭のその向こうに、だが。
城門は人の手では動かなそうな大きく重い鉄でできている。上下左右に見るのに首を回さなければならない。両端に門番が1人ずつ立っており、真っ直ぐ前を見ている。右手には槍を持ち、帽子を深くかぶっている。視界の端にヴィスウィルたちを見つけると中に向かって声を張り上げる。


「カティ=アスティルス様、ヴィスウィル=アスティルス様がお帰りだ!門をあけろ!」


よく下を噛まないなと感心していると大きな音がして門が重そうにゆっくりと開く。麗たちが門を通る頃には丁度人が通れるほど門が開いていた。
麗は珍しそうに周りを見回しながら門を通る。


「すごー・・・本当に偉い人なん・・・・・うひょっ!!」


ヴィスウィルに続いて門を通ろうとすると急に目の前に2つのやりが交差される。


「なななな何?!」
「誰だ貴様は!ここはリル族王族アスティルス家の城であるぞ!許可は得てあるのか!」
「許可って・・・うんー・・・あれは許可だったの・・・?」


ヴィスウィルは気づいていても振りかえりもせずにどんどん中に入っていく。


「ちょちょちょっとヴィス!何かフォローしてよ!」
「貴様!ヴィスウィル様をそのように馴れ馴れしく呼ぶなど・・・!極刑に値するぞ!」
「え?!それだけで?!」


ただの刑じゃなくて極刑って・・・


「待って、大丈夫よ。この子は私を助けてくれたの。お礼がしたくて私が誘ったの。だから許して?」
「カティ様・・・」
「ほら入って。私が許すから大丈夫よ」
「あ・・・はい。ありがとうございます」


カティは門番の答えも聞かずに麗の背中を押す。麗もここまできて引き返すわけにもいかないし、極刑なんてもってのほかだ。素直にカティに従った。

























中に入ると緑が溢れる庭が見えた。麗たちの通っている道から見るとシンメトリーで寸分の狂いもない。どんだけ完璧主義者なんだろうか。そういえば目の前に見える白い城も完全なるシンメトリー、左右対称だ。これを設計した人は間違いなくA型だろう。
誰かが掃除でもしているのか、白い壁は少しの汚れもない。太陽の光を反射して綺麗に輝いているほどだ。中央にそびえる大きな扉は黒にも近いこげ茶で壁とのコントラストが強い。所々に金の装飾もされている。その扉に行くまでは10段ほど階段がある。


「・・・か、階段・・・くそ・・・」


麗はなんとか左足だけでのぼっている。ロリィとカティに支えてもらいながらケンケンしている。


「大丈夫ですか?麗様」
「うん、ごめんね。ありがとう。カティさんも・・・」
「いいのよ。お礼のほんの一部だと思って。最も、あとでちゃんとしたお礼はさせてもらうつもりだけどね」
「本当、そんなのいいで・・・あたっ・・・」


油断して思わず右足で次の段を踏んでしまった。


「大丈夫?えっと、ウララちゃんっていったっけ?」
「あ、はい」
「珍しい名前ね。リル族?」
「・・・いえ・・・実は・・・」


麗はカティに全てを話した。地球のこと、いつのまにかこの世界にきていたこと、ヴィスウィルに出遭い、助けられ、ここに来るまでの経緯。カティはびっくりするでも笑うでもなく、ただ黙って麗の話を聞いていた。麗もその方が話しやすかった。


「それで、麗ってのは地球での名前で、その、地球では漢字ってのがあって、麗っていう漢字はレイとも読めるからよくレイと読み間違えられてて・・・」


どちらかというと"うらら"と読んでくれる人より、"レイ"と読む人のほうが多い。大体、優も累も音読みなのにどうして麗だけ訓読みなのだろう。どうせなら音読みにしてもらった方がよかった、と"レイ"と呼ばれても訂正しないことが多かった。せめてもの反抗だ。


「素敵じゃない!異世界!」
「へ?」
「私も小さい頃は夢見てたけど本当にあるのねー、そういうの」
「え、信じてくれるんですか?」


信じてくれるのはロリィが最初で最後だと思っていたので思わず聞き返してしまう。


「当たり前じゃない!きゃー!異世界!行ってみたぁい!!」


現実逃避でもしそうだ。


「それじゃあレイ、って呼んでいいかしら?"うらら"だとこの世界じゃ浮いてしまうけど、レイならいないこともないから」
「あ、はい」


カティが笑顔を向けるので麗は思わず笑ってしまう。


「では私もレイ様の方がいいですね」


ロリィもやわらかな笑顔を向ける。こんな可愛い子と美人に両端から微笑まれるとなんだが得した気分だ。
2人の笑顔に魅入っていると、すでにもう階段をのぼり終えて城の扉まできていた。ヴィスウィルが片手で開けていたのでそこまで重くはなさそうだが、大きい。片方が麗の家のドアの2倍はありそうだ。


「うわ・・・すご・・」


中に入ると、テレビでしか見たことのないような神殿造り、天井は目を細めるほど遠く、床は足元が反射するほどピカピカだ。周りはガラス張りで、それも間違って突っ込みそうなほど綺麗に磨き上げられている。上の方にもいくつか窓があるようで、そこから太陽の光が差し込まれている。所々に兵士らしき人が立っており、ヴィスウィルやカティが通ると伸ばしていた背筋をさらに伸ばし、敬礼をする。メイドらしき人もすれ違うたびに深々と礼をする。カティはそういう人達ににっこりと微笑みかけているが、ヴィスウィルは無視同然だ。たまに"おかえりなさいませ"と言われるのに対し、"あぁ"と短く返事をするだけだ。愛想のかけらもない。



















カティは一度自室に戻ると途中で別れた。そして数m歩くとロリィが足を止める。


「ではヴィスウィル様、麗さ・・・レイ様の手当ては私の部屋でいたしますね」
「ああ頼む」


ヴィスウィルは少し振り返りそうつぶやくとさらに奥まで歩いていった。
ロリィは一礼してその姿を見送ると麗をすぐ横の部屋に促す。


「どうぞ、ここが私の部屋です。手当ての準備をするので椅子に座ってお待ち下さい」
「あ、うん。ありがとう」


麗はドアを通りちょこちょこと中に入ると一番近く似合った椅子に座った。周りを見回すとそりゃあもう麗の家くらいの広さがある。結構大きなベッドがあるのにも関わらず、走り回れそうなほどの広さだ。置いてあるものは部屋の装飾に比べると質素だがかわいらしく、ロリィの性格を思わせる。


「はい、ここに足を置いてください」


麗がやらずともロリィはそっと麗の右足を持ってきた台の上に置く。なんだが、王子様がお姫様にガラスの靴をはかせてあげているシルエットになってしまった。


「シンデレラってこんなかんじだったのかな」
「え?」
「あ、いや何でも・・・それより、さ。カティさんってなんか本当、いい人だね」
「ええ・・・カティ様はいつもああやって身分などこだわらないひらけたお方で、どんな人にも笑ってくださいます。とても高貴なお方だというのに」


ロリィは麗の足に湿布を貼りながらそれを話すのをさも楽しいかのような表情をする。尊敬しているのだろう。
その後に、見ての通り綺麗な方なのに、力が強くて怒らせたら怖い、と付け足した。たしかにさっきもひったくりの犯人をボコボコにしてたっけ。


「はい!終了です。これで少しは楽になると思います」


ロリィは包帯を巻き終えると立ち上がる。


「うん!全然痛くないよ。すごいのねロリィ。ありがと!」
「いえ、慣れてますので。えーと次は服ですね」


慣れていると誤魔化したがやはり誉められると恥ずかしいのか、少し頬を染めて隠れるようにクローゼットに向かう。その可愛らしい姿に麗はくすっと笑った。


「えーと・・・レイ様に似合う服ーー・・・」
「何でもいいよ!ていうか私、別にこれでもいいんだけど・・・」
「いいえ!レイ様にその・・・ドレスを着てもらいたいので・・・」
「私に?またなんで・・・」
「きっとドレスと着たらカティ様にも負けず劣らずの方だと私は確信してます!」
「私が?カティさんに?あーりえないからーーっ!」


あのフランス人形にしか見えないカティ=アスティルスに、と麗は思っていたが、傍目から見ると麗も顔つきは綺麗だ。ただ口を開かなければ。
ロリィはやっとドレスを見つけたのか、1つの瑠璃色のドレスを麗の方へ持ってくる。


「これ、カティ様から頂いたものなんですけれど、私着る機会とかなくて・・・是非着てください」
「え?いいの?そんなの着ちゃって・・・なんか悪い気が・・・」
「いいえ、きっとカティ様も喜んでくださいます!」
「んー、じゃあお言葉に甘えて・・・」


静かに差し出されたドレスを受け取る。瑠璃色と、白のレースの入った美しいドレスだった。左胸には白の薔薇をかたどったリボンが流れる様に服全体に巻かれてある。


「こんなん似合うかなー私に・・・明らかに服負けしてるんだけど・・・」


自信なさげにそう言いながら麗は借りていたロリィの服を脱ぐ。


「そんなことないですよ!きっとお似合いです!」
「んーそうだといいんだけどね」










コンコン










そこにノックの音が聞こえた。


「入るぞ」


一言声がしてガチャッと扉が開く。その向こうからは白い青年、ヴィスウィルが入ってきた。


「・・・・・・・・・ヴィスウィル様・・・・・」
「・・・・・・何?何か用?」


言っておくが麗の今の状態は下こそはいているものの、上は下着1枚だ。だが取り乱すどころか平常心にも入ってきたヴィスウィルに対して話を投げかけている。ヴィスウィルもヴィスウィルで大して驚くでもなく、またドアを閉めて引き返すのではなくずかずかと中に入って扉を閉め、そこに背中を預ける。一番慌てているのは第3者のはずのロリィだ。


「・・・っヴィ、ヴィスウィル様!今レイ様はお着替え中で・・・!」
「今更そんな薄っぺらい身体なんぞ見てどうするというんだ」
「・・・・・・・・・誰が貧乳ですって・・・・?」


ドレスに袖を通そうとした手が止まる。突っ込むポイントはそこじゃないだろうとどこからか声が聞こえてきそうだ。


「つーか用ないんなら出てってよー。仮にも女の子のお着替え中ーー」


だったらお前も女の子らしく嫌がれ。


「・・・父上に挨拶に行くぞ。ちゃんと父上を通しとかないとさっきみたいな目に遭う」


さっきは城門のでのことを指しているのだろう。


「あーーー・・・そっか。じゃあちょっと待って。もうすぐ終わる・・・っとよいしょ」


着慣れていないドレスを着るのは一苦労だ。
しっかり着終わるとロリィに髪をセットしてもらい、化粧をして靴を履き替える。













「わあ・・・・・・!!とても、とても綺麗ですレイ様!」


ロリィは目をキラキラさせて麗を見ている。


「そうかなぁ・・・?でも嬉しい、ありがと!」


本当に、誰が見ても綺麗だというだろう。
緩くウェーブのかかった髪を一房とって横で結び、あとは流れるように露になった肩へかかっている。白い肌とその瑠璃色が絶妙に合い、また麗のスタイルがそれを際立たせる。


「・・・でもこの靴ちょっと今の足にはきつ・・・・・・・っわっ・・・!!」


思わずドレスの裾をふんでしまい、前のめりになる。やばい、と思ったのはドレスが汚れてしまうからだ。


「わふっ・・・!」


急に視界が暗くなったかと思えばヴィスウィルの腕によって支えられていた。


「準備が出来たんならいくぞ」
「あ、うん。ありがと・・・」


さっきはドアの所にいたのにいつの間にこの窓側まできたのだろう。






後書き
ちょっと長すぎましたかね?
今回は書いてて楽しかった。
なんか麗とヴィスのバカな会話を書くのは楽しいです。
いつか番外編とかやりたいな(おこがましい)
20070527