02
「――――――っくっそ・・・お前強ーな!バスケ部だったのか?」
「寝言は寝て言え。あんたと同じ空手部だっつってんでしょうが」
麗がいくら運動神経がいいからといってワンオンワンを男子とするとなると咲哉が勝ちそうだが、意外にも今のところ10対9で麗が勝っていた。といっても取り取られの平行線だったが。
確かに力量は咲哉の方が上だったが、麗の方が身体が小さいのですばしっこく、咲哉は止めることができないのだ。
「咲哉こそうまいじゃん。何か変なものでも食べた?」
「食ってねーよ。つか男子は皆こんなもんだよ」
「ふぅん」
2人とも割と本気でやっているので額にうっすらと汗が浮かぶ。咲哉はそれをTシャツで拭う。
「っしゃ!!も1回!!」
気合いを入れなおすとダム、とボールをつく。徐々にボールが床につく音が早くなっていき、麗が構えたのを見ると彼女の向こう側にあるゴールをちら、と見る。
そしてもう1度麗を見、そのままゴールに向かってドリブルしていく。麗のディフェンスが入る。2人は向かい合い、対峙する。
数秒そんな時間が続くと、咲哉はくるっと身を翻し、1回転した。そのまま麗の右側を抜けようとする。
「っしゃ、もら・・・いっ・・・!!」
「何がもらいって?」
だが麗はそれを止め、ボールを奪った。すぐさま反対側のゴールまで走る。
「くそっ・・・!!」
咲哉は麗のボールを奪い返そうと追いかける。だが麗にここまでこられたら最後、多分咲哉じゃなくとも追いつかない。
あと1mくらいというところで麗はシュートを決めようと少し膝を曲げ、そのままふわっととんだ。
50m強は跳んでいるだろうか。滞空時間が長く、その瞬間が妙に遅く流れる。
左手で支え、右手のスナップでボールを押す。それは麗の手を離れた後、綺麗な弧を描いてゴールへ向かう。
「やべっ!!」
おそらくそれはゴールへ入るだろう。ここまでディフェンスなしに綺麗なフォームをつくらせたら入るに決まっている。
だが、その本当の結果が分かる前に世界が闇へと変わった。
「え・・・・・・」
「麗!!!!」
まだ空中にいた麗は急に何も見えなくなり、着地点が分からなくなった。このままでは妙な体制で着地してしまい、怪我してしまうかもしれない。
無事綺麗に着地できることを自分の運動神経に祈った。だがこういうときに限って悪いことは続くものである。
シュートする際にゴールに近づきすぎたのか、暗闇の中で急に目の前にきたゴールの紐に驚いてそのままバランスを崩してしまう。この体制では床に背中から激突だ。
「・・・うっそ・・・・・・っ!!」
そのまま強く目をつぶった。
床まであと40cm
30cm
20cm
10cm―――――――――――――
ドサッ!!!!
「・・・いった・・・」
大きな音はしたものの、床に落ちたはずなのに、その衝撃は一行に襲ってこない。
「――――――――…あ・・・れ・・・」
自分の下になにか体温を感じる。
「・・・って・・・」
「・・・ちょっ・・・・・・咲哉?!ななな何してんの?!」
「何ってお前命の恩人に何言うんだよ。それより、頭打ってねぇか?」
命の恩人は飛躍しすぎだ。
咲哉は麗が落ちる瞬間、暗闇で何も見えない中、殆ど勘を頼りに麗と床の間に入りこみ、見事麗が怪我するのを防いだのだ。
「咲哉が怪我するって!!」」
「大丈夫だから頭打ってねぇかって訊いてるんだけど」
「あ、うん・・・大丈夫。ありがと・・・・・・」
「なら良かった。多分停電だな。暫くすれば治るだろ」
「ちょっ・・・こ、この体制で・・・?結構辛いんですけど・・・」
「動くなって!変に動くと俺だってどんな体制になってんのか分かんねぇんだから!」
多分2人は相当近い。咲哉の胸のあたりに麗の小さな頭がきて、それを彼の右手が包んでいる。気休めだろうが、そうしてもらっているとパニックにならずにすむ。
麗の頭をつかめるほど大きな手。彼のぬくもりが伝わる。
そのまま、数分がすぎた。
周りも落ち着いたのか、騒ぎの声が小さくなっている。その代わり、教師などの声が響く。まだ復旧しないようだ。
「もう20分くらい経ったかなー・・・あー腰痛くなってきた・・・」
「・・・・・・・・・っ」
「・・・咲哉・・・?」
触れていて、そこにいるのは分かるのに返事がない。無視するようなやつでもない。
そこで初めて麗は咲哉の異変に気がついた。
「ちょ・・・咲哉、どうしたの、大丈夫?」
「・・・っなんでもない・・・」
「何でもないわけないじゃない!そんな辛そうなのに。どうしたの?もしかしてさっきどこか怪我した?!」
「いや、よく分かんねぇし、さっきまで本当にどうもなかったんだけど。多分腰打ったらしくて・・・急に痛み出した」
自分たちは理解していないものの、麗は咲哉の上に乗っている状態だ。腰にも負担がかかるだろう。
「なんで早く言わないのよ!待って、私どいたほうがいいよね」
「あーバカ!だから動くなって!いてーいてー!!」
「あ、ごめん」
「大丈夫だから、電気戻るまでじっとしてろ」
「う、うん」
いつもは麗が権力を握っているが、こういう状況になるとやはり咲哉の方が上のようだ。
咲哉は相当辛そうで、麗がどけばいくらか楽になるだろう。だがこの暗闇の中を動いたら麗の方が怪我するかもしれない。咲哉はそれを恐れているのだ。
麗も咲哉がそういう性格だと知っているから逆らってでも動こうかどうか迷っている。
「先生達の声も聞こえなくなったし、もうすぐつ・・・・・・あ、ついた」
体育館中の蛍光灯がつき、水銀灯が薄く光ってくる。急に明るくなったので目が慣れず、痛くて思わず閉じてしまう。
「やっとついたー・・・ごめん咲哉。すぐどくか・・・・・・・・・ら?」
次に目を開けたとき、目の前には咲哉がいて、周りは体育用具が並んでいる体育館である・・・・・・はずだった。だが何故か体育館に木が生えていて、床には土があり、電気がついたはずなのに薄暗かった。さらには窓が開いているのか、風まで吹いている。
「・・・・・・・・ちょっと待て。ここ・・・・・・どこ?」
違う。ここは今まで自分がいた所ではない。体育館ではない。
もしかして本当はさっき頭を打っていて、どこかおかしくなっているのだろうか。
触れていたはずの咲哉もいない。状況が判断できず、パニックにさえならない。
体育館だったはずの周りは木が生い茂り、やわらかい土の上に草が生え、少しだけ花や実なっていた。
「じゃ・・・じゃんぐる・・・・・・学校の体育館・・・てか私の町にジャングルなんてあったっけ?」」
確認しておくがここは東京のど真ん中。都市の中心、日本の首都だ。ビルや住宅地が建ち並び、車が幾度となく走っている。"緑を増やそう会"が頑張って道路沿いに木を植えていたものの、まさかジャングルになるまで植えたりしないだろう。しかも体育館の中まで。
「何なのよここ・・・咲哉どこよ」
とりあえず麗は立って歩き出す。そこに座っていても仕方ないし、地面が少し湿っていたので服が濡れてしまうと考えたのだ。それに何処かに行ってしまった咲哉を捜さなければならない。
「咲哉ーーーーーーーー!!!!!どこーーーーーー?!いたら返事してーーーーー!!つかここどこーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
やっと状況を把握したのか、急にパニックになる。
ありったけの大声で咲哉を呼ぶ。だが咲哉はここにはいない、そう麗は頭の片隅で思っている気がした。何故だかは分からない。呼んでも無駄なような感じがするのだ。
それでもそれは信じ難いので咲哉を呼び続ける。
「さぁーーーくぅーーーやぁぁぁぁ!!!返事しろボケーーーーー!!!」
「おい」
「咲哉?!」
返事はないものと思っていたので、悪態つきで呼んだのにも関わらず、後ろからの声にびっくりする。
慌てて後ろを振り返るとそこには1人の咲哉でない青年が立っていた。
灰色の混ざった銀色の光る細い髪。麗ほどではないが白いさらさらした肌。なめらかな輪郭、細く大きい碧眼が光を宿して余計綺麗に見える。明らかに日本人ではない恐ろしく整った顔立ち。民間人とは思えないどこか貴族を思わせる白い服に身を包み、ところどころに高そうな宝石らしきものをつけている。彼の異常なくらいなバランスのよいスタイルがまたそれを際立たせる。
右腕を麗の方に差し出し、その手には何かを握っている。振り返った瞬間は近すぎてそれが何か分からなかったが、焦点を合わせていくと形がはっきりしてくる。
「・・・・・・あの・・・?今私に何向けてます・・・・・・?」
「剣」
「へぇー剣!・・・・・・・・・・・剣じゃない!!あっぶないでしょそんなもの向けちゃ!第一女の子に向けるものじゃないわよ!!下ろして、早く!」
剣を持っていることよりも麗にとってこっちの方が最初に言っておきたかったことらしい。
「・・・・・・?何者だお前。見かけない顔だな。種族は…リル族にも似てるが、少し違う。系統は?」
青年は剣を下ろそうとはしない。切っ先は麗の目の前に突きつけられている。麗も動こうにも動けない。下手して動くと顔が切れるか殺される勢いだ。
「はあ?あんたこそ何言ってんの。種族って・・・わたしは日本人!種族も何もない。系統・・・?系統・・・えーっと・・・学科のこと?だったら普通科!」
「・・・ニホン・・・・・・フツウカ・・・・・・?」
宇宙人みたいになってるぞおい。イントネーションが微妙に違う。
「そう!分かったらさっさと剣下ろしてよ。てか何でこんな物騒なもの持ってんの?何、あんた貴族趣味?」
「何者か名乗れ。剣を下ろすのはそれからだ」
「・・・・・・っ分っかんないやつね。だから私は紅漣麗17歳高校2年純日本人ちなみに家系も外国人はいないし何とか族ってのも知らない東京で生まれて東京で育ってまだ1回も外国に出たことなし!これでいい?」
麗はそこまで一気に喋る。つきつけられている剣も手で押しのけて青年の目の前に来る。さすがにその行動にはびっくりしたのか、相手も1歩しろに下がってしまう。
何秒かの間があってやっと青年は剣を鞘に収める。敵という認識を改めたらしい。
だがその眼からは不審そうな感じはまじまじと窺える。
「それであなたは何なの?留学生?」
「何だそれは。俺はヴィスウィル=フィス=アスティルス」
「ヴィ・・・?」
「リル族でここラグシール国王族家系のアスティルス家のものだ。系統はフィス、氷だ」
「・・・・・・」
「何とか言え」
「ちょっ・・・・待て。今何て言った・・・?」
「だからヴィスウィル=フィス=アス・・・・・」
「もうちょい後!」
「リル族でここラグシール国王族家・・・」
「ラグシ・・・?何国って・・・?」
「何度も言わせるな。切るぞ」
何て短気な奴だ。こいつは本気で切りそうだから本当に怖い。
「・・・す、少なくとも日本国とは言ってないよね。"に"って言ってないし。"ラ"って・・・・・・外国?!名前まで外国っぽいんですけ・・・」
もしかして自分は意識がないところで飛行機に乗って海を渡ったというのか。き、危険だ。簡単にそんなことそしてしまってはいつか戦争地に足を踏み入れかねない。
「・・・おい。お前何を言っている?さっきから意味の分からない単語を・・・」
「え?いくら外国だからって日本くらいは知っててよ!ジャパンよジャパン!島国!地球の経度135度が兵庫県の明石市を通ってて・・・」
「だから何だそのチキュウってのは」
「は?あんたいくら何でも星くらいの名前は知っててよ。知らない国は私もあるし、まぁ日本知らなくてもしょうがないかもしれないけど、さすがに地球は全国共通でしょ?」
本当にこいつは何を言っているんだという顔でヴィスウィルは怪訝そうな表情をする。言葉こそ通じているが、単語が全く聞き覚えのないものばかりのようだ。
「星・・・?ここはカシオという星だが?地球という星は・・・聞いたことはあるが、伝説の中の世界だ。そんなものを信じているのかお前は」
「で、伝説・・・?!私達伝説の中の生き物だったの?!――――・・・じゃなかった。ここは地球じゃないの?!」
「さっきから言ってるだろ。ここはカシオのラグシール国だ」
「・・・・・・っは――――――――――――――――――――?!??!?!?!」
後書き
中途半端な始まり方と中途半端な終わり方ですいません・・・・・・
次回ぐらいからテンション高くなってきます。
20070330
|